02
やっぱり、生で彼らを見るのでは創造力が違う。どんどん、イメージが溢れていく。
勢いに任せて、リズム良く筆を動かす。今まで一番の出来上がりだと思う。
「ククッ……できたわ。流石に本人らの名前で物語は書けないけど、私の推しのカプ! 騎士と王子様」
これを出版社に持っていて本にする。きっと売れるはず。なんたって腐女子は世界の共通。
浮き足で出版社に持っていたけど、速駄目だしされた。
「此処に出てくる彼ら、フリードリヒ殿下とレヴィン様ですよね? 首と胴体とさよならしたいのですか?」
げ、一瞬で暴露た。名前は変えているのに。冷や汗がタラタラと流れる。
私、通報される? え、通報されたら不敬罪で斬首刑になる。ウソ、まだ、乙女ゲームも始まっていないのに退場決定?
「分かる人はわかりますよ。分からないのは余程の無関心か、莫迦だけです」
そこまで云う?
変身魔道具で姿を変えているとはいえ、ここまでずたぼろに言わなくても、ガラスのハートが粉々に砕け散った。私のハートは、ガラスよりも弱かった事を知る。
公爵令嬢として此処に来たのならオブラートに包んだ優しい言葉を選んで伝えてくれていたのだろうけど、今の私は平民の恰好をしている。
「……聞いていますか」
「聞いています」
「なら良いのですが」
疑いの目を向けながら駄目だしされたものを受け取る。来た時と違い足取りは鉄よりも重い。
間違いなくヒット作品になると意気込んだものの、一瞬の夢に終わった。そんな簡単に上手くいかないよね。
名前ももう少し頭を捻って、雰囲気も少し変える。確かにフリード殿下とレイヴって、考えなくても気づきそうだ。気づかないで、そのまま出版していたら間違いなくこの世とさよならをしていた。せっかく転生したのに楽しむ前に退場は辛すぎる。
そして、私はもう一度一から書き直して、例のものを持って出版社に出向いた。
「これなら良いでしょう。部数は如何程?」
「500部数程お願いします」
自費なのでお金を先に支払い、売上げの一部を受け取る形になる。
待ちに待った発売日。並ぶ予定のお店へ足を運んでだ。因みにだがハンドルネームは、ノアールで出している。
無名の作家だからか手に持つひとが一人として現れない。誰一人として興味を示す者がいない。ウソ、ショック。
『騎士と王子様の秘密の関係』を手に取って確認してみる。じっくりと見ていたからか背後に居る彼の存在に気づく事ができなかった。
「フルメリンタ嬢ってこんな物が好きなの?」
悲鳴こそ上げなかったものの肩がびっくりと揺れる。
ブラッツ・シュタルケル。魔力量こそ高くはないが全属性の持ち主で筆頭魔術師で、フリードリヒ殿下の側近の一人。攻略対象でもあるからはっきり言って関わりたくないのが本音。だけど、無視することもできない。婚約者のフリードリヒ殿下の家臣でもあるから此処は穏便に彼の問いに答える。
「ちょっとタイトルが気になっただけですわ」
もし、このタイトルの作家者が私でないのなら真っ先に手には取っているからあながち間違いではない。騎士と王子様の禁断の関係はとっても魅力的。騎士は王子様を守る立場だ。その騎士が王子様に迫り乱れさせる姿を想像するとたまらなく魅惑的。鼻血を吹く。
「ふん? 以外だね。破廉恥だわ、言いそうなのにね」
「私が何を好きだとしても、シュタルケル様には関係おありで?」
「ないね」
この男だけは、はっきりと覚えている。サイコパスと言ってもいいくらいにエンディングがヤバかった。筆頭魔術師だけに凡ゆる実験という名のモルモットにする逝かれた奴。顔は童顔で可愛いのに頭が逝かれている。真面な人格ならタイプの顔である。
ゲームをしている最中も思ったけど、攻略対象の全て私が悪役令嬢って可笑しくない?
ブラッツ・シュタルケルには、別の婚約者が居て、私にはまったく関係ない殿方で嫉妬も何もない。私が悪役令嬢になる意味が分からない。たとえば、私の婚約者のフリードリヒ殿下と別の女性が親密な関係になっていたのならヒロインに嫌がらせをするのは百歩譲って分かるとしても、私と何も関係のない第三者の為に悪役令嬢になる意味が分からない。ゲームの中で何か糸があったのではないかと今更ながら疑問がでてきた。
それにしても、必要最低関わらない方が得策ね。
「お暇しますわ」
さっさと立ち去りたくて、手に持っていた本を置いた。流石にブラッツ・シュタルケルの前で買う勇気はない。いくつか購入して、宣伝をしようと思ったのに邪魔が入った。
今度、侍女に頼んで買ってきて貰おうと思ったけど、翌日、私は断念する事になる。
✳︎ ✳︎
「シュタルケル様、な、なななな、これを持っているのですか!?」
「フルメリンタ嬢が物欲しそうにしていたから」
「しておりませんわ」
確かに買うつもりではありましたが、物欲しそうな顔はしていないと断然できる。
「もし、だとしても、シュタルケル様が購入する意味が分かりませんわ」
「こういうのが流行ってるの?」
「知りませんわ」
「アレをケツに挿れるってどんな気持ちなんだろね」
「誰かにお願いして見ては如何しら? ものは試しですよ」
「いや、だね」
チッ。リアルで観れるって思ったのに。覗き見はしないわよ、流石に。話を聞きたいだけ。それを元に次の創作のネタにできたのにと残念に思う。
「変な事、考えていない? 寒気がしただけど」
「気のせいでは」
「ふん? これ、あげる。ぼく、読んだし」
ぽっん、と置かれた本。無意識に受け取ってしまったけど、今、渡されても困るだけど。こんな物持ち歩けるわけないじゃない。渡すにしても場所と時間を考えてよね! なぜ、今なのよ。奮闘していると、タイミングが良いのか、悪いのかレヴィン・テントスゴ様が生徒会室に入ってきた。お兄様と一緒の騎士団で、副隊長を務めているレヴィン・テントスゴ様は私のお兄様とも親しい仲で、こんな物を持っているところを見られたりしたら、お兄様にも晒させる可能性が高い。一旦、教室に戻ろうと思ったのに最悪すぎる。
それにタイトルからして、レヴィン・テントスゴと今鉢合わせするのは気まずすぎる。王子様を守る騎士が、別の意味で王子様を襲う物語の本を持っている姿を見られるなんて最悪。
「最近の令嬢は、……その、……こういうのが、……す、――」
「す?」
「すすすすすっき、なのか?」
何で? 顔が赤いだろう? それにしても、"す"が多すぎるわ。
タイトルはヤバ目だけど、顔を赤くする程ではないと思うけど? と、首を傾げる。
本の表紙を見て、私は悲鳴を上げた。
そうだった。表紙もちょっと、アレだった。前世でいうと逃げ道を塞がられて顎クイされている表紙だったことを忘れていた。服を着ているのならまだしも、下は巻いているものの全裸。私、詰んだ。
私の悲鳴で、フリードリヒ殿下を含めて、殿下の側近全員が集まることになって、はしたないって言われようと構わない。窓から飛び降りて逃げた。
「飛んだね」
と、楽しそうに言うブラッツ。
「2階なんだが……」
驚くようにフリードリヒが囁いた。
私は後になって気づく。一番大事な本を置き去りにしている事に。