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Chapter2 Episode11 強敵。

 薄い空気の渦の内側でイグニスは悔しそうに呟いた。


「しかしジジイがやられた。俺なら外でも動けるがお前はここから動けない。それに、こんなねちっこいことゴブリンどもが思いつくわけねぇ。少なからず、通常種以外の厄介な奴がいるな」

『でしょうね。しかし、そうですか。相手はこの雑木林のどこからか私たちの戦闘を観察し、刺激物をばらまいた、と』


 イグニスはレナの肩を支えながらその赤色の瞳を鋭くさせて辺りを見渡す。軽く一周辺りを見渡し終える、そんなところでイグニスの視線は後戻り。ある一点に留まっていた。


 木々に覆われた枯草の中、小さく動く何かが見えた。背丈が低く体が全体的に小さいのだろう。その上薄茶色の雑木林に溶け込むような体色でもしているのか。光と陰で遮られた輪郭以外捉えることは出来なかった。

 

 いや、輪郭だけでも捉えれば十分だ。


「そこか」

『ちょ、何を!?』


 イグニスがレナを肩から降ろして駆けだす。やはりただ情景に紛れていただけではないのだろう。幾ら近づいても見えるのは輪郭だけ。それでもイグニスは()()()()。茂みの中で動揺する、小柄な存在を。


 イグニスの瞳が赤く灯ると同時、その手に持つ白と黒で彩られた槍が炎を纏う。


「死ねよ」

「ギャッ――」


 死ぬ間際、姿を現したそいつは杖を持ち、人が身に着けるような装飾品を意図でまとめたであろう首飾りをつけるゴブリン。迷わず向かってきたイグニスに向けて杖を構えるが、遅い。

 炎を纏う槍先が、ゴブリンの体躯を切り裂いた。


 ボトッ


 焼け落ちた体が音を立てて崩れ落ち、やがて塵になって消えて行く。イグニスがやや感情的になっていたせいだろうか。骨すら残さず焼き消えたのは、このゴブリンが初めてだった。

 そんな様子を見守っていたレナは一瞬驚きに固まるも、すぐに杖を構えて魔法を唱える。


『《風付洗術》、っと。これで良いですかね』


 レナは風を呼び出し、辺りの空気を散々させる。刺激物を散らし、その効力を落としたのだろう。レナは風の領域を出てイグニスの下へと駆け寄る。

 そこで待っていたイグニスは杖を地面に刺し、その視線を足元に積もった塵へと向けていた。


『あの! ……えっと、大丈夫ですか?』


 駆け寄ったレナが声をかけるも、イグニスは返事一つせず、その拳で槍の柄を強く握るばかり。様子が気になったレナがイグニスの顔を下から覗き込むと、そこに浮かんでいたのは木々で覆われたことで影の差す顔に光る殺意に溢れた赤色の瞳。

 どこか狂気じみたその瞳を見て、レナはその動きを止めた。


『っ!?』

「……ア? んだよ、ガキ」


 そんなレナを一瞥し、機嫌悪そうに言い放ったイグニスにレナは少し怯えながらも返す。

 

『い、いえ……で、出来ればその、皆さんの回収を手伝ってほしい、なんて……』

「ッチ、先行ってろ。すぐ行く」

『は、はい……』


 イグニスに上から目線で睨まれ、どすの利いた声で言われたレナは額に汗を流しながら言われた通りに倒れ伏す同じ班員やリルスを集め、魔法で浮かせた。大人十人程度なら同時に運べるレナなのでこれくらいなら余裕ではあるが、一人で帰るわけにはいかずイグニスを待つ。

 しばらく魔法を維持して待っていると、イグニスは槍を引き抜いて顔を上げ、その顔に怒気を張り付けながらレナの下へと歩み寄る。


『え、えっとぉ……』


 何かフォローを入れようとしたのだろうか。小さく開かれた口から放たれた言葉を、しかしイグニスは遮った。


「ッチ、喋ってねぇで働け。連れて帰るぞ」

『は、はいっ!』


 そしてレナと目を合わせることもないままに方向を転換し、街の方へと向けて歩き出す。レナは驚きのあまり勢いよく返事をしたが、手伝いを申し出ることもなく去ってしまったイグニスに若干の批難の視線を向けながらリルスたちを魔法で運んで行った。


『あれ? そう言えばあの方、よく街の方向が分かりましたね。私は空間把握が出来る魔法が使えますが、あの方も何かそのような能力を持っているのでしょうか。隠れていたゴブリンにも気づけていたようですし』


 一応魔法で街の方向を再確認しながら小声で呟くレナは不思議そうな表情で不機嫌そうに歩くイグニスの背を見つめていた。相も変わらず、肩にかけるその槍を握る手には強く拳が握られていた。


 それからしばらく経ち、街の門の前に戻った頃にはそこは阿鼻叫喚の大混雑となっていた。

 そこら中に怪我人が寝かされ、冒険者ギルドの職員たちがけがの手当てに当たっているようだ。レナは気絶している仲間たちをその場に降ろし、手当を行っている職員の下へ駆け寄った。


『あの! 私は治癒魔法を使えます。なにか、お手伝いできますか?』

「え? あ、ああ! 助かる! そこの人たちから、順に頼むよ!」

『了解です』


 職員に言われた通りに怪我人の治癒を始めるレナを、イグニスは苦虫でも嚙み潰したような顔で憎たらしそうに見ていた。

 それから日は落ち、夕方の頃。レナと同じ班だったリルスたちが目覚め始めた。


『あ、リルスさん、大丈夫ですか?』


 目覚めてすぐだからだろうか。どこか気の抜けた雰囲気のリルスが歩み寄って来るのを見て、レナは一旦治癒の手を止めた。


「ああ、何ともない。あのガキに聞いたが、ゴブリンにやられたんだって? 情けねぇ話だが、ありゃ恐らく――」

『ゴブリンシャーマン、でしょうね』

「だな」


 ゴブリンシャーマン。ゴブリンの中に極稀に生まれる変異種で、知能が高く魔法を扱う個体も存在する。非常に厄介で、下級のゴブリンたちの指揮を取って計画的に行動することも可能だ。

 以前、レナも洞窟の探索中に出会ったことがあったが、非常に厄介でかなり危険な目にあったと記憶している。


「あの規模の集団にゴブリンシャーマン、レナがこの前言っていた洞窟での事例に似ているな?」

『そう、ですね。この短期間、それもこんな狭い範囲で二体のゴブリンシャーマン……と、言いたいところでしたが』

「まあ、詳しくは聞いてないんだろうが、俺もそうだと思うぜ」


 怪我人たちを見渡しつつ静かに呟いたレナの言葉を拾うリルスの顔も、真剣そのものであった。


 今回の依頼を受けた冒険者の大半はFランクだ。それでもゴブリン単体程度だったら普通に凌げる程度の実力があるはずだが、どうやら全体の半分近くが少なからず被害を受けているらしい。

 つまり、他の班の者たちもゴブリンシャーマンによる襲撃を受けた可能性がある。


「そ、それについてなら、俺から報告が……」

『って、キールさん!? 大丈夫なんですか!?』


 どこか苦しさを押さえる声で言いながら歩み寄って来たのは右肩を左手で押さえる青年、キールだ。以前レナと共に洞窟でともに冒険した仲であり、リルスとも面識があるらしい。


「ああ、大丈夫だよ。ちょっとばかり掠っただけだ。それより、今回のこの騒動だが二人が想像している通り、ゴブリンシャーマンが出たから起こったと思われる。それも、かなりの数が、だ」

「……つまり、すべての班がゴブリンシャーマンが引きつれたゴブリンの集団にやられた、ってことか?」

「はい。それだけでなく、ゴブリンたちの数そのものも異様に多く、この周辺だけで百を超える数のゴブリンがいることが確認されています」

『百、って……あの洞窟以上の規模じゃないですか』


 どこか悔しそうなキールの発言に、リルスとレナも驚きを隠せないようだ。小さく俯いたキールは、言葉を続けた。


「一応今回死者は出ていない。奇襲を受け、傷を受けた者もいるが手当ての人員は間に合っている。シャーマンの魔法のような何かで気絶させられた者たちも目覚め始めているから、損耗はそこまでなかったんだが……」

「それとこれとは関係なく、異常事態だな」

『ですね。早めに対処しないと、この街も危ないかもしれない』

「ああ……恐らく、以前帝都行の馬車を襲ったのもこの集団だ。帝都行の馬車は突然現れたゴブリンの集団によって立ち往生し、ゴブリンたちと対抗しようとした護衛たちはシャーマンの魔法で気絶させられた。だからあれだけの被害が出たんだ」


 深刻そうに話すキールに、リルスは真面目な顔つきで問う。


「お前たち三人でも、相手は難しかったのか?」

「いえ、決してそう言うわけではありません。俺たちには《収音(サーチ)》を使えるニーナがいた。すぐに対処し、返り討ちにこそした。ただ、やはりあの魔法のような何かで気絶する仲間が後を絶たなかった。俺とニーナはすぐに口元を覆ったが、ブラインもやられちまった。ただ、分かってしまえば大したことはない」

「なるほどな。……どのゴブリンシャーマンも似たような魔法を使うなんて、あり得るのか?」


 キールの発言を聞いた後のリルスの呟きを、レナはしっかりと拾っていた。


『魔法と言うのは自分で習得するより誰かに習う方がずっと楽なんです。だから、ゴブリンたちも同じことをしたんでしょう』

「つまり、同時に発生したゴブリンシャーマンのうちの誰かが扱っていた魔法を、他のゴブリンシャーマンも真似した、ってことか?」

『もしくは、ゴブリンとは関係ない誰かが、ゴブリンシャーマンたちに同じ魔法を教えたか、ですね』

 

 緊迫感が漂い、皆しばらく言葉を失った。


 やがて日は暮れ始め、あたりが暗くなる。それに伴って火を焚き始めてもなお、レナたちの表情は暗かった。

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