Chpater2 Episode10 炎舞。
押しさしぶりです、シファニーです。この作品でのあいさつは珍しいかもですが、これからよろしくお願いします。
後で分かったのだが槍を構える青年の名をイグニスと言うらしい。
二年前に冒険者協会に加入した十九歳で、現在Fランク。槍使いでここ最近どんどんと依頼を熟し、Eランクも視野に入る逸材らしい。
そんな彼の放つ槍術は、美しかった。それはまるで、爛々と輝く太陽のように。
「燃え盛れ、《秀炎の舞》」
炎を纏う槍の先端が、いとも容易くゴブリンの小柄な体躯を切り裂いて行く。たったの一凪で数体纏めて捌くその姿に、レナもリルスも唖然としていた。
「こりゃ、驚きだ……ネイト、だろうな」
『はい。ネイチャーは《炎舞武術》でしょうね。それも、かなり強力な』
魔法のそれとは性質が違う。それに、槍をああも振るいながら魔法を槍に纏わせるなんて高等な芸当をFランク冒険者ができるはずもない。
そしてイグニスがゴブリンの相手をしているうちに、レナは現状を改めて確認する。
この雑木林内部にはかなりの数のゴブリンが潜んでいて、そのゴブリンたちに不意を突かれて同じ班の仲間六人がすでに倒れている。重傷を負っているわけではなく、気絶しているだけのようだが、なぜそうなっているのかはわからない。
目の前にいるゴブリンたちの総数は多くて五十。これだけでも相当な数だが、目に見えているゴブリンたちの大体の数でしかなく、まだ雑木林の奥の方に潜んでいる可能性もある。
ゴブリンたちの一体一体の力は大したことはないがこれだけの数が相手にいるとこちらが三人であることが大きく不利に働くだろう。そのうえ前線で直接切り合えるのはイグニスだけであり、リルスとレナはあくまで支援役。数の優位で押されては厳しいだろう。
『で、どうするんですか?』
「いやぁ、ここはレナの魔法で一掃して……」
『人任せですか……」
「喋ってないで手伝えや!」
小さく言い合いをしているリルスとレナにイグニスが一言突っ込みを入れると、リルスは面倒くさげな、レナは困り気な表情を浮かべながらもそれに応えた。
「しゃっ、そいつら回収しなきゃならんし、いっちょやったるか」
『森の中で炎魔術は使えないので、瞬間火力には期待しないで欲しいですね』
「なんでもいいからさっさとしやがれ! 流石に多勢に無勢なんだよ!」
などと言いながらも槍を片手にゴブリンたちを次々と捌いていくイグニスの背後に立つようにして、リルスが構えをとる。
「さて坊主、全力でサポートしてやるから思う存分暴れな!」
「言われなくともッ!」
リルスの言葉に半ばやけくそになりつつも、ベテラン冒険者がハイドを守ってくれているという安心感は大きいのだろう。先程までよりもさらに激しく、燃え盛る炎のように戦場を舞うイグニスの槍は、ゴブリンたちの肌を撫でるようにして切り裂いていく。
その背後でリルスはイグニスが倒し損ねたゴブリンを確実に処理したり、死角からの攻撃をカバーしたりと完璧な連携を見せていた。
いや、どちらかと言えばイグニスの猪突猛進な攻撃にリルスが的確に合わせていると言ったところか。たった一体も逃すことない二人の戦いっぷりに、レナは手持ち無沙汰に頬を掻いた。
『あ、あれ? これ、私の出番ないんじゃないでしょうか……』
などとレナが呟いているうちにもゴブリンたちは着々とその数を減らし始め、徐々に無謀にもイグニスたちに向かってくる個体は減り、雑木林の奥の方へと逃げていく者たちが増えた。
「おい坊主、深追いはやめろよ。とりあえずそこに倒れてるやつらを回収さえできりゃあいいんだ」
「わぁってるよ、クソジジイ。適当に追い払って、後は逃がしときゃあいんだ、ろッ!」
「わかってるじゃないか」
リルスの言葉に応えながらゴブリンを仕留めて行くイグニスに、リルスも認めるように頷いた。そしてまた一体、また一体とゴブリンを倒し終え、戦場に残る最後のゴブリンがイグニスに切り捨てられる頃には、そこら中にゴブリンの死体が散乱している状態であった。
そのほとんどはイグニスの炎で死体が焦げているが、森に燃え移ることがなかったのはイグニスの緻密なコントロールのおかげなのか、それともネイチャーそのものの権能なのか。
焦げ臭さが残る戦場で、イグニスは手荷物槍を肩に担いで額に汗を流していた。
「流石に、この数はくたびれるな」
「ああ、よくやったぞ坊主。おかげでこいつらも無事そうだ」
そんなイグニスの傍らで倒れ伏す班員たちの安否を確認していたリルスは息の一つも乱れぬままにそう言った。
それを見て不愉快そうに目を細めるイグニスだったが、何を言うでもなく僅かに睨むだけにとどめた。その代わりというわけではないだろうが、今度はレナの方を向いて口を開く。
「と言うか、結局お前は傍観してただけじゃねぇか」
『ぼ、傍観と言いますか、私の出番が回ってこなかったと言いますか……。お手伝いできなかったことは申し訳ないと思いますけど、私が手を貸すまでもなかったように見えたので』
「ッチ、わぁったよ。いいからほれ、あそこに寝てる馬鹿どもを運んでやれ。出来るだろ、お前」
『わ、わかり、ました……』
当たりの強いイグニスに若干怯えながらも、レナは倒れている班員たちの方へと向かって行く。その杖を構え、魔法を詠唱しようとしたその時、リルスがバッ、と臨戦態勢をとったのが目に映る。
レナもすぐに体勢を整え直し、リルスの見ているのとは別の方へと目を向け、リルスと背中合わせのような形をとる。
『何か、いるんですか?』
「いや、わからねぇ。だが、これは確かに生き物の気配だ」
先程までとは違い、緊張感のある声でそう言ったリルス。
帰り支度を始めようとしていたイグニスは、何やら警戒している二人を見て疑問符を浮かべた。
「おい、どうかしたのかよ」
「何か起きそうな気がするんだよ」
「んだそれ。……まだ、敵がいるってか?」
「その可能性があるから、こうして警戒してんだ」
真剣な顔つきで言うリルスに、イグニスもただ事ではないと理解したらしい。すぐに槍を構え、臨戦態勢を整えて――
「ぐっ!? な、何だこれ!?」
『い、痛いっ!?』
「どうした!?」
突如リルスが鼻を押さえて辺りを見渡し、レナが悲鳴を上げて屈みこむ。そんな二人の様子を見て、イグニスは素早く辺りに視線を向ける。鋭い目つきで警戒するように何度も見直して、敵の気配を感じなかったことで改めて二人の様子を確認する。
二人とも鼻を押さえて苦しそうに身をよじっていた。
「クソッ! 毒か何か、か……早く、逃げッ――」
「おい! ジジイ! ッチ、気絶してやがる! おい、そっちのガキ、大丈夫か!?」
苦しそうな表情で膝をつき、逃げるよう訴えたリルスはしかしその場に倒れ伏す。イグニスが駆け寄って抱き抱えれば、その瞼は降ろされ苦しそうに唸っていた。
そんなリルスの様子を見て、流石に現状の危うさを確認したのだろう。唯一残っているであろう仲間の方を見てイグニスは叫ぶ。
『《風付防術》』
するとそこでは口を開かずに魔法を詠唱したレナの姿。
レナを覆う様に風の幕が出来上がり、外界と分離する。その中でレナは杖を支えに何とか立ち上がり、その顔をしかめながらもイグニスの方へと視線を向ける。
『あなたは、大丈夫、ですかっ……?』
「んなことより自分の心配をしやがれ! フラフラじゃねえか!」
イグニスは気絶し、役立たずとなったリルスをその場に捨ててレナに駆け寄り、今にも倒れそうなその幼い体を支えた。
「ったく、手間かけさせやがって」
『あ、ありがとう……ございます。恐らく私たちは何者かが放った毒、もしくは強力な催眠薬のようなものを吸い込んでしまったようです。私は魔法で防いだので免れましたが、一定量取り込むとリルスさんのように倒れてしまうのだと、推測します……』
苦しそうに片目を閉じ、その苦しみを堪えているのであろうレナの説明を、しかしイグニスは否定する。
「ちげぇよ」
『……え?』
「そんなんじゃねぇ。これはきっと、嗅覚を強く刺激する作用を持つ何かが撒かれたんだ」
『で、でも、それならなぜあなたは、無事なんですか?』
もし、レナの言う様に毒や睡眠薬のようなものならば、イグニスは終始炎を纏っていたために取り込まなかった可能性がある。それを踏まえてのレナの考察だったが、イグニスからしてみれば決定的に間違っているらしい。
「俺はネイト。そして、ネイチャーの代わりに失ったもの、それは……」
イグニスは一旦言葉を詰まらせ、苦虫をかみつぶしたような、誰かを憎むような表情を浮かべてから言った。
「嗅覚と味覚、と言うより鼻付近のすべての感覚だ。だから俺には効かなかったんだろうな」
そう、自虐気味に呟いた。
しばらくは更新が続くかも、と言うご報告。期待はしないでくれると嬉しいですが、頑張ります!




