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当時アカデミーの責任者であるウェルザンは50代半ばにして、妻に先立たれてしまっていた。
そして女教師の一人が若い頃の亡き妻にそっくりであったため、こっそり写真を一枚だけ盗撮してしまったのだ。
悪気はなかった。若い頃、極貧教師かつ子宝に恵まれすぎていたため、ウェルザンは妻と一緒に写真を取る経済的余裕が無かった。
─── だから一枚だけ。
時折写真を見て、若い頃の妻に想いを馳せたいだけだった。
しかしその写真を自宅ではなく、アカデミーの私室に置いておいたのが運のつきだった。
一体どうやって忍び込んだのかはわからないが、ヴァネッサはウェルザンが隠し持っていた写真を盗み出していた。
そして「返して欲しければ、あと盗み撮りしたことを公表してほしくなければ退学届けにサインをするな」とウェルザンを脅したのだ。
大馬鹿なことにウェルザンは写真の裏に、直筆で「愛する妻リュセット」と書いていた。言い逃れはできない状況だった。
そんなわけでヴァネッサは、卒業までアカデミーに居座り続けた。
そしてローウィ家はヴァネッサの悪行の尻拭いの為に、本気で没落しかけてしまった。補習を受けたくないが為にヴァネッサが校舎に火を付け、立て替え費用を全額負担したのは相当痛かった。
おかげでローウィ家は何年も極貧生活を強いられた。こころ優しい領民から干し肉や野菜を差し入れてもらった時は、有り難さと情けなさでナラウンドは毎晩一人隠れて泣いた。
そうしてヴァネッサは無事(?)アカデミーを卒業して華々しく社交界へとデビューした。
しかし、現在でも独身であるということは……推して知るべしだろう。
***
─── なぁーんていう姉のこれまでのあれやこれやを、ティスタはお茶を二口飲む間に回想してみた。
(さあて、どうしたら良いのかしら)
三口目のお茶を口に含んだティスタは、頭の中でこの危機をどう回避するか考える。
とはいえ全面戦争など論外。最悪、屋敷が吹っ飛ぶことになる。ようやっと財政難から逃れたのだ。また貧困生活を強いられるのは辛い。
特にこれまで散々苦労してきた両親には、せめて老後は穏やかに過ごしてほしい。
とはいえ、”ちょうだいモード”に突入した姉をどうやって止めたら良いのだろうか。言葉一つで感情を爆発させる姉である。
そしてヴァネッサはこれまでどんな手を使ってでも欲しいものを手に入れてきた実績がある。
無論、これまでのように「どうぞ、お姉さま使ってくださいな」と言って差し出す気は一ミリも無い。
お知り合い期間1年。両片想い期間半年。隠れ交際期間1年。公認交際期間2年。計4年半のウェルドとの時間はティスタにとってかけがえの無いものであり、また、これから先の未来を共に歩んでいきたいのは彼だけだった。
(それに……ハーピー二世の妹を妻にしてくれる奇特な男は、これから先もきっと彼だけしかいないだろうし)
そんなことを心の中でポツリと呟きながら、ティスタは4口目のお茶を口に含んだ。




