調査ファイル 111 [地獄から来た男 Part 20]
“あること”に気付いた大蜘蛛警部は、急に辺りを見回す。
そして彼は、風呂場へと駆け出して行った。
レイは遺体を見つめた後、ゆっくりと警部の後を追う。
「やっぱり・・・」
ボソッと呟く警部の目の前には、少し湯気の残る風呂場。
明らかに壁や床が濡れ、誰かが使った形跡がある状況下だった。
「おい!鑑識を呼べ!」
玄関の外まで轟くその声に、待機していたであろう警部の部下がバタバタと走り出す。
ハッキリ言って、その慌てっぷりは足音となって僕たちにまで聞こえてくる。
暫くして、鑑識さんが再び部屋へとやってくる。
風呂場で作業する姿を、警部はまじまじと見ていらっしゃる。
しかし、レイはその場を後にする。
寝室に戻ると、彼女は手袋を履き、辺りをくまなく調べる。
慌てて僕も、と思ったが、玄関入る前に履いていたことを思い出す。
あるよねえ、こういうこと。
自分自身に呆れながらも、捜索を開始する。
「ここにも、何か手掛かりがあるはずだ」
押入れ、タンス、机の中・・・ありとあらゆる場所をガサゴソと。
幸いというべきか、警部は未だ風呂場に張り付き状態。
鬼の居ぬ間に何とやら、ガサゴソガサゴソ。
「せめて名刺でも出てくれば・・・」
名刺―――
飯島氏の自宅で見つけた、山下弁護士の名刺。
もしこれと同じものが見つかれば、明らかな接点が見つかる。
或いは、それに近しい何かがあれば。
壁とベッドの間まで確認したが、目ぼしいものはない。
気が付けば、レイはもう寝室にはいなかった。
他の部屋を探しているのだろうか。
なんて考えていると、再び寝室に戻ってきたレイが―――
「名刺は見つからなかったが・・・こんなものが」
どこから見つけ出したのか、あるものを見せつける。
顔はこちらに合わせないままで。
「・・・キーホルダー?」
レイの手には、古びたキーホルダーが。
ぶら下がるそれは、カチャッと揺れながら僕へとアピールをしてくる。
でもなんだろう、どこか懐かしい感じが―――
「津田君、これ・・・見覚えないか?」
同じ感覚を、どうやら抱いていたらしい。
以前どこかで見たからなのだろうか。
だが・・・何故それが“懐かしい”なのか。
そこだけが異様に引っ掛かるが、現状僕のベストアンサーは、これだ。
「いや、わかんない」
そうか、と呟く。
その表情は、別段落ち込むわけでもなく、怒るわけでもなく。
驚き一つ見せないうちのマドンナ。
「すまないが、携帯を貸してくれないか?」
そのマドンナは、次に携帯をご所望のようだ。
電話?このタイミングで?
僕は携帯を放り投げると、見事に受け取り、キーホルダーに向けて何かを操作している。
すると、カシャッという音が部屋に小さく響く。
どうやら写真を撮りたかったらしい。
「ありがとう」
携帯を“手渡し”で返してきた。
そしてすかさず、こう言った。
「・・・津田君、携帯は投げるな」
当たり前のことを、怒られました。
つい癖でして・・・
「あと、ロックは掛けておいた方がいい。
楽なのはわかるが、今時代はネット社会・・・錠前くらい拵えておきなさい」
時々古風なんだよなー。
言い回しがなーぜーか古風、錠前とか。
まあ、そこが良い、とは思うんだけど、なんでなんだか。
また一つ、レイの一面が垣間見えた、気がした。
「そろそろ風呂場に戻ってみよう」
その提案に乗り、僕たちは風呂場へと戻った。
腕を組みながら、何か深く考え込む男。
「結果は?」
「・・・見ての通りだ」
腕を組みながら、人差し指で風呂場を指す警部。
その言葉を引き金に、鑑識さんがブラックライトを点灯させた。
壁面が、真っ白に光る。
その状況が物語るのは、次の二つ。
「ここが―――“現場”だ」
殺害現場が、風呂場だったという点。
遺体は首に切り傷があった。
それ以外に外傷はなく、恐らく失血死が原因なんだろうと考えられる。
しかし、その割には遺体の周りに“血溜り”がなかった。
今度はズボンのポケットに手を突っ込みながら、僕たちに言葉を振っていた。
警部の頭の中には、今色々な考えが巡っているのだろう。
そして、もう一つ―――
「まさか、連続殺人だったとはな・・・」
先の事件と接点が出てきた、という点。
まだ犯人が同一人物と確定したわけではないが、一つの可能性として大きく出てきた。
同じ手口で、違う人物とはなかなか考えにくい。
「津田君、行くぞ―――」
すると、レイはクールに呟いた。
壁に背中を預け、腕を組みながら。
「次にするべきことは見つかった。
あとは、それにそって行動すればいい・・・そうだろ、警部?」
少しニヤっとしながら、警部に問いかける。
未だにポケットに手を突っ込んだまま、こちらもクールに返す。
「・・・なんか見つけたのか」
「まあな。
そっちも、検討はついてるだろう?」
互いにニヤっとしていらっしゃる。
いらっしゃりますよ奥様・・・今僕だけおいてけぼりでござりまする。
「んじゃ、捜査再開すっか。
お前ら、俺の邪魔はするんじゃねーぞ」
その言葉に、怒りは籠っていなかった。
まるで何かを示し合わせたかのように、含みのある言い方。
「フッ・・・」
そのまま、レイは踵を返した。
玄関を出ようとした時、何かに気付いたのか、警部に質問を投げかけた。
「ところで、確認なんだが、被害者の家族は?」
「ああ?まだパトカーにいるよ。
あとで署の方へ―――」
すると、警部は何か察したのか、溜め息を一つ吐く。
そして、呆れ顔のまま・・・
「―――あとで連絡してやるよ」
背を向け、手の甲をかざした。
何故それを聞いたのか、その時の僕にはわからなかった。
そう、『その時』は――――――
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




