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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第四章 人脈作り

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終話 命短し、恋せよ乙女

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 週明けの学園。


 午前の授業が終わり、昼休みを告げる鐘が鳴り響いた。


 教室のあちらこちらで生徒たちが席を立ち、食堂へ向かう準備を始めている。


「セレス様、今日もご一緒してよろしいですか?」


「もちろんよ、ミナ」


「今日は何を食べましょうか」


 サラが楽しそうに呟く。


「サラはどうせ、食後のお菓子のことしか考えていないでしょう?」


「そ、そんなことありません!」


 ステラの指摘に、サラが慌てて反論する。


 しかし、その視線が一瞬だけ食堂の方へ向いたことを、三人は見逃さなかった。


「ふふふ、今日はどんなお菓子があるのかしらね」


「セレス様まで!」


 頬を膨らませるサラを見て、皆が笑った。


 そんな穏やかな昼休み。


 セレスが席を立とうとした、そのときだった。


「失礼いたしますわ」


 教室の入口から、凛とした声が響いた。


 何人かの生徒が振り返り、次の瞬間、教室内が僅かにざわついた。


 そこに立っていたのは、見覚えのある令嬢だった。


 バレシア公爵家の令嬢、クラリス。


 上級生であり、公爵家の娘でもある彼女が下級生の教室を訪れることは珍しい。


 周囲の視線を集めながら、クラリスは真っ直ぐにセレスのもとへ歩いてきた。


「ごきげんよう、セレス様」


「ごきげんよう、クラリス様」


 セレスは優雅に一礼した。


 先日のお茶会では、随分と険しい雰囲気だった相手である。


 しかし、今日のクラリスはどこか様子が違っていた。


 頬がほんのりと赤く、落ち着かない様子で指先を動かしている。


 それでいて、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。


(……あら?)


 セレスは内心で首を傾げる。


 クラリスは周囲を一度見渡すと、少しだけ身を寄せてきた。


「……二人で話せませんこと?」


「私と、ですか?」


「ええ。できれば、人目のないところで」


 その言葉に、隣にいたミナが僅かに身を強張らせた。


 サラも不安そうにセレスを見つめ、ステラはクラリスの表情を注意深く観察している。


 先日のお茶会に招かれたことは知っていても、その場で何が話されたのかまでは知らない。


 公爵令嬢がわざわざ教室まで訪れ、二人きりで話したいと言い出したのだ。


 心配するのも無理はなかった。


 セレスは三人へ視線を向けた。


 大丈夫よ。


 そう伝えるように、柔らかく微笑んで目配せをする。


 ミナはまだ少し不安そうだったが、セレスの表情を見て小さく頷いた。


「……わかりました。私たちは先に食堂へ行っていますね」


「ええ、ありがとう」


 セレスは三人に微笑みかけると、改めてクラリスへ向き直った。


「喜んで」


「ありがとうございます。では、こちらへ」


 クラリスに促され、セレスは教室を後にした。


◇


 案内されたのは、上級生が利用できる個室だった。


 食堂に隣接したその部屋は、落ち着いた調度品で整えられており、外の喧騒もほとんど聞こえない。


 公爵令嬢が誰にも聞かれたくない話をするには、ちょうどよい場所だった。


 セレスが室内へ入り、クラリスが後ろ手に扉を閉める。


 その瞬間。


「き、聞いてくださいませ!」


「……はい?」


 突然、両手を握り締められた。


 驚いて顔を上げると、そこには頬を真っ赤に染めたクラリスがいた。


 先ほどまでの優雅な公爵令嬢の姿は、どこへ行ってしまったのだろう。


 彼女はセレスの両手を握ったまま、嬉しさを抑えきれない様子でぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「せ、先生からお買い物のお誘いを受けましたわ!!」


「…………」


 セレスは一度瞬きをした。


 そして、すぐに事情を理解する。


(……ああ、そういうこと)


 思い浮かぶのは、先日会ったエドガーの姿だった。


 クラリスを買い物に誘うよう背中を押したのは、ほかでもないセレス自身である。


 どうやら、あの先生はきちんと行動に移したらしい。


 セレスは口元を緩めた。


「デートですね、クラリス様」


「~~~っ!!」


 クラリスの顔が、さらに赤くなった。


 耳まで真っ赤に染めた彼女は、セレスの手を離すと、その場にしゃがみ込んでしまう。


 両手で顔を覆い、肩を小刻みに震わせていた。


「で、で、デートだなんて……!」


「あら、違うのですか?」


「ち、違わなくは……ない、ですけれど……!」


 顔を隠したまま、もごもごと答える。


 その姿を見て、セレスは思わず微笑んだ。


(……兎みたいね)


 長い耳こそないものの、恥ずかしさに身を縮める姿は、まるで小さな兎のようだった。


 先日のお茶会で見せた、堂々とした公爵令嬢の姿とは大違いである。


「ふふふ、よかったですね」


「……はい」


 クラリスは顔を隠したまま、小さく頷いた。


 そして、しばらくしてから、ぽつりと呟く。


「……先生が、私を誘ってくださったんですの」


「ええ」


「今度のお休みに、王都のお店を見て回りませんかって……」


「素敵ですね」


「しかも、私が以前お話ししたお店を覚えていてくださって……!」


 クラリスは顔を上げた。


 その瞳は、嬉しそうに輝いている。


「私、ずっと行ってみたいと思っていたんですの。でも、一人で行くようなお店でもありませんし、先生にお話ししたことも随分前でしたから……」


「それを覚えていてくださったのですね」


「そうなんですの!」


 クラリスは勢いよく頷いた。


 そして、再び顔を両手で覆った。


「……もう、どうしましょう。今から楽しみで、昨夜もなかなか眠れませんでしたわ」


「ふふ、当日までお身体を壊さないようにしてくださいね」


「わ、わかっております!」


 そう答えながらも、クラリスの口元には笑みが浮かんでいた。


 セレスは、その様子を穏やかに眺めていた。


 公爵令嬢としての立場も、周囲の視線も、今の彼女には関係ないらしい。


 ただ、好きな人から誘われたことが嬉しくて仕方がない。


 そんな、年相応の少女の姿がそこにあった。


 やがて、クラリスは少しだけ落ち着きを取り戻した。


 しかし、立ち上がることはせず、しゃがみ込んだままセレスを見上げる。


「…………貴女の、おかげですわよね?」


「なんのことでしょう?」


 セレスは、にこりと微笑んだ。


 クラリスは両手で顔を隠しながら、指の隙間からこちらを見つめてくる。


「とぼけないでくださいませ。さすがにわかりますわよ」


「あら、何がでしょう?」


「先生が突然、私をお買い物に誘ってくださるなんて……。しかも、貴女とお話しした直後ですのよ?」


「偶然ということもありますわ」


「もうっ!」


 クラリスは頬を膨らませた。


「先生は、とても慎重な方ですもの。そんな先生が、何のきっかけもなく誘ってくださるとは思えませんわ」


「…………」


「それに、先日のお茶会で貴女が仰ったことも、覚えております」


 クラリスは少しだけ目を伏せた。


「先生のことを、ただ尊敬しているだけだと。そして、私のことを……」


 そこで言葉を止め、再び頬を赤く染める。


 セレスは何も言わず、続きを待った。


 クラリスは意を決したように顔を上げる。


「……貴女が、先生に何か仰ってくださったのでしょう?」


 真っ直ぐな視線だった。


 セレスは、その瞳をしばらく見つめた。


 そして、小さく肩を竦める。


「……ばれてしまいましたか」


「やっぱり!」


 クラリスは立ち上がった。


「……もうっ、勝手なことをして!」


 そう言うなり、セレスへ抱き着いてきた。


「……っ」


 突然のことに、セレスは僅かに目を見開く。


 クラリスは、その小さな身体をぎゅっと抱き締めていた。


 先ほどまでの勢いは消え、今度は静かな声が耳元に届く。


「ありがとうございます、セレス様」


「…………」


 セレスは、少しだけ驚いた。


(……あら)


 そういえば。


 彼女から名前を呼ばれたのは、これが初めてのような気がする。


 これまでは、どこか距離を置かれていた。


 お茶会でも、笑顔の裏には明らかな警戒があった。


 それが今では、こうして自分を抱き締めている。


 しかも、心から嬉しそうに。


(……ふふ)


 セレスはそっと両手を上げた。


 そして、クラリスの背中を優しくさする。


「はい」


 短く答えると、クラリスはさらに強く抱き締めてきた。


「……本当に、ありがとうございます」


 その声は、少しだけ震えていた。


 セレスは何も言わず、彼女の背中を撫で続けた。


 窓の外からは、昼休みを楽しむ生徒たちの声が聞こえてくる。


 穏やかな日差しが差し込む個室で、二人はしばらく、そのままの姿勢でいた。


 やがて、クラリスがゆっくりと身体を離す。


 目元を少し赤くした彼女は、照れくさそうに微笑んだ。


「……あの、セレス様」


「はい、なんでしょう?」


「お買い物が終わりましたら、またお話を聞いていただけますか?」


「もちろんですわ」


「本当ですの?」


「ええ。ぜひ、聞かせてくださいませ」


 クラリスの顔が、ぱっと明るくなった。


「約束ですわよ!」


「ふふふ、約束いたします」


 セレスは微笑みながら頷いた。


 その様子を見て、クラリスはようやく満足したらしい。


 しかし、すぐに何かを思い出したように、慌てて姿勢を正した。


「……こほん。申し訳ありません。少々、取り乱してしまいましたわ」


「あら、そうでしたか?」


「……セレス様」


「ふふふ」


 セレスが楽しそうに笑うと、クラリスは恥ずかしそうに顔を背けた。


 それでも、口元の笑みは隠しきれていなかった。


 先日まで自分を警戒していた公爵令嬢。


 その彼女が、今では恋の報告をするためだけに、わざわざ教室まで迎えに来たのだ。


 セレスは、そんな変化を面白く思った。


 そして何より。


 目の前で幸せそうに笑う少女を見ていると、不思議と自分まで嬉しくなってくる。


「それでは、クラリス様。そろそろ昼食にいたしましょうか」


「あっ……そうでしたわね。すっかり忘れておりました」


「ふふ、お腹が空いてしまいますわ」


「……もう、セレス様ったら」


 クラリスは小さく笑った。


 そして、自然な仕草でセレスの手を取る。


「では、ご一緒いたしましょう」


「喜んで」


 二人は手を取り合い、個室を後にした。


 廊下へ出ると、クラリスはいつもの優雅な公爵令嬢へと戻っていた。


 ただし。


 その頬には、まだほんのりと赤みが残っている。


 セレスはそれを見て、くすりと笑った。


「……クラリス様」


「なんですの?」


「当日、楽しんできてくださいね」


「~~~っ! もうっ、セレス様!」


 再び真っ赤になったクラリスの声が、廊下に響いた。


 セレスは楽しそうに笑いながら、彼女と共に食堂へ向かった。


◇


 そんな二人の姿を、物陰からじっと見つめる人物がいた。


 楽しそうに笑うセレス。


 その隣で、頬を赤らめながら微笑むクラリス。


 二人が廊下の角を曲がり、姿が見えなくなっても、その人物はしばらく動かなかった。


「……セレス・ハワード」


 小さく、その名を呟く。


 声に込められた感情は、誰にもわからない。


 やがて、その人物は静かに踵を返した。


 昼休みの賑やかな声が響く学園で、その存在に気づく者は誰もいなかった。


 こうして、セレスの新しい学園生活は、穏やかに時を刻んでいく。


 しかし、その陰で何が動き始めているのか。


 今のセレスは、まだ知らなかった。


 ――第四章 完。


お読み頂き、ありがとうございます。

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