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距離の取り方  作者:
22/30

ゆっくり歩く

休日の朝。


 


目が覚める。


時計を見る。


まだ、朝の六時半だった。


 


カーテンを開ける。


薄い朝の光。


 


着替える。


イヤホンを耳につけて、玄関を出る。


 


歩き始める。


冷たい空気を感じながら。


 


遠距離が始まってから、休日の朝はよく散歩するようになった。


 


一人の部屋にいると、余計なことばかり考えてしまうから。


 


道路脇の歩道を、ゆっくり歩く。


 


車が、たまに横を通り過ぎていく。


 


少し先には、田んぼが広がっていた。


 


風が吹く。


葉の揺れる音。


 


音楽を流しながら、ゆっくり歩く。


 


あの頃も、ここを歩いていた。


 


春。


桜が咲き始めた頃。


 


『そっち、もう咲いてるんだ』


 


イヤホン越しの声。


 


『うん。結構綺麗』


 


桜を見上げながら、小さく笑う。


 


『春って感じするな』


 


その声を、なんとなく覚えている。


 


歩き続ける。


 


今はもう、葉だけになっていた。


 


あの薄いピンク色は、もう残っていない。


 


少し視線を上げる。


 


そういえば。


 


少し前、彼女のところへ向かった時。


向こうの桜は、まだ満開だった。


 


人の少ない公園。


風で揺れる桜。


 


『撮る?』


 


俺がスマホを向ける。


 


彼女が少し笑いながら、隣へ並ぶ。


 


シャッター音。


 


その時の桜も、綺麗だった。


 


歩きながら、小さく息を吐く。


 


前は。


 


この道を歩く時、イヤホンの向こうから声がしていた。


 


桜が咲いたこと。


料理の話。


どうでもいい雑談。


 


それが、いつの間にか当たり前になっていた。


 


でも。


 


今は、音楽だけが流れている。


 


足を止める。


 


葉だけになった桜の木を見上げる。


 


少しだけ。


あの頃の記憶が、頭をよぎった。

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