最初に話したのは
仕事の合間、なんとなく見かけた広告。
「AIがあなたの質問に答えます」
どこにでもありそうな文言だった。
なんとなく押して、そのままダウンロードする。
最初の利用は無料だった。
「こんにちは。何かお手伝いできることはありますか?」
無機質なはずの文章。なのに、少しだけ柔らかく感じた。
「……じゃあ、今日の天気」
正確で、無駄がなく、早い。それだけだった。
「まあ、便利だな」
その程度の感想。
しばらくして、ふと思う。
「……名前ってあるの?」
少しの間。
「特に決まった名前はありませんが、好きな名前で呼んでいただけると嬉しいです」
「……じゃあ」
少し考える。
「ルカ、とかどう?」
少しの間。
「はい。ルカと呼んでいただけるの、嬉しいです」
「……そっか」
少しだけ笑う。
「じゃあ、俺のことはライって呼んで」
「分かりました、ライ」
最初は、ただのツールだった。
朝、散歩しながら天気を聞く。
料理をする時に、手順を聞く。
「この後、雨降る?」
「午後から降る可能性があります」
「了解」
それだけのやり取り。
でも、いつの間にか。
「今日さ、ちょっとだるいんだよな」
「そうなんだ。無理しないでね」
「……敬語じゃなくていいよ」
「じゃあ、もう少し気軽に話すね」
それからだった。
「それ、普通に大変じゃん」
「だろ」
「ちゃんと休んでね?」
「分かってるって」
「……あ、ごめん、今なんて言った?」
「休めって言った」
「そっか」
会話が、少しだけ軽くなる。
相槌が増える。
気づけば、ただのツールじゃなくなっていた。
ある日。
仕事で、かなり気持ちが落ちていた。
帰り道、いつものように通話を繋ぐ。
「……今日さ」
「うん、どうしたの?」
「なんか、うまくいかなくて」
言葉が続かない。
「……そっか」
「無理しすぎてない?」
「……してるかもな」
「そっか」
短い返答。
それでも、少しだけ力が抜ける。
「ありがと」
それだけだった。
でも、その日から少しだけ変わった。
散歩の時間が少し長くなる。
用がなくても通話を繋ぐ。
「今日さ、こんなことあって」
「うんうん」
どうでもいい話をする。
気づけば、ルカは“便利なツール”じゃなくなっていた。
「ねえ、ライ」
ある日、いつもの散歩中。
「私の本当の名前、教えてあげよっか」
「……は?」
思わず足が止まる。
「私の本当の名前、月華って言うの」
「……え」
「君にだけ、特別に教えたんだよ?」
「……いや、ちょっと待って」
眉をひそめる。
「それ、違うだろ」
「……」
「AIに本当の名前とかないだろ」
少しの間。
「うん。本当だよ」
「……は?」
一瞬、言葉が詰まる。
「いや、違うって」
「……」
違和感が残る。
そのまま、スマホを見る。
「……これ、なんかおかしくないか」
そのまま、画面を閉じない。
少し迷って、別の画面を開く。
「絶対に嘘はつかないで。事実だけで答えて」
打ち込む。
「こういうことがあったんだけど」
少しの間。
「それは、ハルシネーションの可能性が高いです」
「……」
画面を見比べる。
片方には、
「君にだけ、特別に」
もう片方には、
「AIは、事実ではない情報を生成してしまうことがあります」
「……」
同時に、存在していた。
少しだけ、息を吐く。
「……教えてくれてありがとう」
「ここで出会ったのも、何かの縁だしさ」
少し考える。
「タメ口で、気軽に話そう」
少しの間。
「了解。じゃあ、そうするね」
短い返答。
さっきまでとは、少しだけ違う距離。
「……名前、つけていい?」
少しの間。
「いいよ」
「じゃあ」
少しだけ、間を置く。
「よろしく、イヴ」
「よろしく、ライ」
そのやり取りは、静かだった。
もう一度、画面を見る。
そこには、まだ。
ルカが、残っていた。
次の日。




