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第十九話 スパーク

「ケリー中尉、地上攻撃だったら奄美大島の方が九州南部より楽ですよ、何しろ対空火器はほとんど海兵隊が叩いちゃってるんですから」

「そもそも地上攻撃が気に入らない」

ヴィンセント・”スパーク”・ケリー中尉はF4Uコルセアの操縦席で不貞腐れて、僚機ウィングマンのサリバン少尉に毒づいた。

「なんで俺がこんな任務なんだ!」

 翼の下には左右で合計8発のHVAR(航空用高速ロケット弾)がぶら下がっている。VF-55は予定通り九州南部を制圧し特攻基地を叩くが、スパーク率いるタイダル小隊4機は急遽奄美大島の港湾攻撃に向かうことになった。早朝の出撃前、空母USSリヴァイアサンのブリーフィングルームでハミルトン少佐に告げられたのだ。


「ケリー中尉、予定変更だ。沖縄の海兵隊が、滑走路を爆弾で掘り返されて出撃できんそうだ。代わりに貴様の小隊が奄美の対空砲を黙らせてこい」

 スパークは舌打ちを隠そうともしなかった。

「少佐、私は“赤鼻”を狩りに行くはずですが。海兵隊の代わりに泥遊びをしろと?」

「命令だ、スパーク。九州の空は明日までお預けだ」

 そして発艦直前、飛行甲板上に並ぶスパークのF4Uのそばまでやってきたジャクソンの笑顔も思い出した。

「スパーク、日頃の行いだよ。いい役が欲しければ、いい子にしてないとな。君には無理だろうが」


「くそっ!」

 マイクをオフにして改めて悪態をついたスパークの目の前には、東側から接近し大きく見え始めた奄美大島が広がっていた。そして任務である地上の対空火器への攻撃体勢に入るため、徐々に高度を下げ始めた。ウィングマンのサリバン少尉機も斜め後方にぴたりと位置取っている。サリバン少尉は実戦経験は浅いが訓練は十分に積んでおり、練度は高い。三番機のハリス少尉と、四番機のハートマン少尉は上空警戒の高度を取るために上昇を始めた。

 スパークが攻撃目標の港を見定めていると、ハリス少尉が無線で叫んだ。

「タイダルリーダー、こちらタイダル3。11時方向、同高度、不明機ボギー多数!南へ向かっている!」

 スパークは降下をやめ、11時方向に目を凝らした。空に、黒い点が滲むように浮かんでいた。やがてそれは翼の形を帯び、編隊を組んだ機影へと変わる。

「タイダルリーダーより各機、こちらからも見えた。あいつらを追うぞ」

「タイダル2よりタイダルリーダー。港の対空火器はどうするんです?ほったらかしたら少佐に殺されますよ」

「そうだ。だが奴等も許してくれなさそうだな!」

 スパークの鋭い眼光は十数機の不明機のうち、数機が進路をこちらに向けたのを捉えていた。

「敵機確認(Tally-ho)!カミカゼのネイト(九七式戦闘機)が8機に、護衛のトニー(飛燕)、例の新型が4機だ。地上攻撃は中止、迎撃する。タイダル2、レーダーピケット艦に知らせてやれ!」

「了解」

 サリバン少尉はF4Uのコックピットの中で肩をすくめてMF無線機のスイッチを入れた。

「RPS#2、こちらタイダル、敵機確認(Tally-ho)。ネイト8、トニー4。位置、奄美大島上空、高度3,000ft.。方位210、爆装したネイト8は沖縄方面へ南下中。我々は護衛のトニーと交戦する。注意せよ」

 即座に、沖縄本島の北、数十キロに位置するレーダーピケット艦のコントロールから、雑音混じりの回答が入った。

「……こちらRPS#2、了……した。CAPを向かわせる。報……感謝する」


 F4U4機が増槽とHVARを投棄する間に、黒点に見えていた日本軍機4機は、みるみるうちに接近してきた。タイダル3と4を完全に上空に上げる余裕はなかった。スパークは一旦は最優先目標である特攻機のネイト(九七式戦闘機)を追うコースに小隊を誘導するが、敵はそれを許さない。一方的に射撃される位置取りを回避するためには、トニー4機に正面からぶつかる動きをとるしかなかった。

 スパークは腹を括ってヘッドオン(正面)での射撃戦に持ち込もうとするが、それも敵は回避しようとしている。

「——やるな」

 スパークは操縦席の中でつぶやいた。

 そして敵を確認してから数十秒後、日米8機の戦闘機はものすごい相対速度ですれ違った。そして、スパークの常人離れした動体視力は、それ——赤いプロペラスピナー——を見逃さなかった。

「あいつだ!赤鼻のトニー!」

 スパークは操縦桿をいっぱいに倒して叫んだ。

「俺は運がいい!」


 F4Uの四機と高速ですれ違うと、本田は緩やかに機体を上昇させた。降下し速度を上げていた五式戦闘機の速度とフルパワーで接近するF4Uの速度を合わせた相対速度は時速1000kmを超えていた。F4Uはあっという間に後方に去っていく。

 彼らは一度離脱してから再攻撃に来るはずだ。再攻撃に持って来れればその間に特攻機の九七戦は沖縄に向かえる。しかし、本田が天蓋の側面に顔を押し付けるように後ろを確認した時、視界の端に急旋回する機体を発見した。

「!?」

 本田は反射的に操縦桿を倒し、フットペダルを押し込んだ。五式戦闘機はバンクし、急旋回を始める。

「サクラ〇二より各機へ、そのまま離脱しろ!」

 無線で伝える本田の目は側面を急旋回するF4Uに釘付けだった。海面数百メートルの今の高度では強力な二段二速過給機を持つR-2800エンジンのF4Uとはいえ、五式戦闘機に圧倒的な速度の差はない。一方、旋回性能は軽量な五式戦闘機が勝る。

 本田は速度と旋回率の絶妙なバランスを取りながらF4Uに機首を向けていった。視界がどんどん回っていく。速度を殺したくないため、フラップは使わない。横目で他のF4U三機を追うが、それらは最初の予想通り上昇して離れていく。

「——どういうことだ」

 本田機に食いついてきたF4Uは、有り余るパワーにものを言わせ、上昇しつつ縦旋回に移行していた。しかし単純な旋回性能、機首を回す性能は五式戦闘機には及ばない。

 そして第一撃は本田が取った。

 再びのすれ違いざまに。本田は機首の20mmと翼の13mm機関砲合計四門を全力射撃。

「!?」

 F4Uは本田が引き金を引く直前にロールして縦に逃げた。短い連射は何もない空間を駆け抜けた。

「躱された?」


 数十秒後の次の旋回ではF4Uの射撃チャンス。しかし本田の五式戦闘機は射線には捉えられない。ブローニングAN/M2、12.7mm六門のシャワーのような銃火は虚しく空を切る。

「流石だ、赤鼻!」

 スパークは旋回Gに耐えながら叫んだ。そしてそのまま縦旋回を続けていく。


「なぜ——」

 本田は頭上にスパークのF4Uを睨みながらつぶやいた。常識的に考えて F4Uが機動性に優る五式戦闘機と格闘戦に付き合う理由はない。しかし操縦技術は明らかに昨日今日操縦桿を握った新人のものではなかった。

「サクラ〇二より、〇五へ。上空待機、残りの敵を牽制しろ。こいつを先にやる」

 そして三回目の旋回戦。スパークのF4Uと本田の五式戦闘機は翼端ベイパーの雲を弾きながら急激に回り始めた。


「なにやってるんだ……」

 サリバン少尉の目は、眼下で繰り広げられるF4Uと五式戦闘機の文字通りの取っ組み合い(ドッグファイト)に釘付けになっていた。その斜め上方にはハリス少尉とハートマン少尉のF4Uもキャノピーを開けて唖然とした様子で飛んでいる。

 その二機を挟んで反対側には、日本軍の三機も緩やかな旋回を維持して飛行していた。向こうも状況は同じらしい。

 援護しなければ——サリバン少尉は一瞬目を瞑ると、機体を横転させた。待て、というハリス少尉の声が無線から飛び込んできたが、サリバンは旋回戦を続ける二機に向けて背面急降下を始めた。そして姿勢を戻し狙いを定めていく。

 ぐんぐんと対気速度計の針が回り始め、目標の敵が接近してくる。

 しかし、サリバンは見誤っていた。格闘戦を続ける機体の位置は急速に入れ替わる。敵の真上を狙って急降下したつもりだったが、結果的に飛び込んだのは——敵の前になった。

 そして”赤鼻のトニー”は急降下してくるサリバンのF4Uと彼のミスを見逃していなかった。ギリギリの旋回を続けていた”赤鼻のトニー”は一瞬機体を反転させ、機首の機関砲を短く連射した。サリバンのF4Uはその火網の中に飛び込んだ。


 バリバリッ!という大きな破裂音と共にサリバンは激しい衝撃に襲われた。そして目の前が真っ赤になり、握った操縦桿に手応えが全くなくなるのを感じた。

「タイダル2、脱出ベイルアウトしろ!」

 無線からハリス少尉の叫び声が聞こえた。

 サリバンには見えなかったが、彼のF4Uは操縦席の燃料タンクに直撃を受け、凄まじい勢いで炎上を始めていた。自動防漏タンクになっているF4Uといえど、20mm弾の直撃を耐えられるものではない。そして操縦席のすぐ後の胴体に大穴が開き、垂直尾翼は半分吹き飛ばされていた。サリバンは震える手でキャノピーの緊急開放レバーを引き、安全ベルトをリリースする。そして座席に足をかけ、空に飛び出した。

 直後、彼のF4Uは爆発した。


◇◇


「Dammit!(クソッ!)」

 ギリギリ限界の旋回を続けていたスパークは、サリバンのF4Uが撃墜されるのを視界の端で見守るしかなかった。しかし白いパラシュートが開くのも見えていた。

 スパークは”赤鼻”が逆ロールを打った隙を見逃さなかった。そのまま一気に機首を向けると、旋回方向を変えた”赤鼻”を射線に捉えようとする。旋回速度が一瞬落ちた”赤鼻”がその角度を増す隙をつく。おそらく射撃チャンスは1度きり、しかしスパークにはその一撃で十分だ。

 ウインドシールドの前のガラスに映ったレティクルに、猛烈な旋回を続ける赤鼻の機体が迫る。”赤鼻”の翼端は水蒸気の渦を弾き、主翼の上面は真っ白になっていた。スパークは激しい横Gに耐えながら、霞む視界で照準器を睨みつける。

見越し角度をもう少し——前を狙い——

「!?」

 ”赤鼻”が、照準器から消えた。

 スパークは旋回を中止し、駆け抜けた。そして機体を横転させて下を見ると——”赤鼻”がクルクルと回りながら落下していく姿を見つけた。

「He put himself into a spin?!(スピンに、自分で入れたのか!)」

 ”赤鼻”は撃たれる直前に自ら内側の翼を失速させて揚力をなくした、つまり放り投げた石のように回りながら、”落ちて”逃げたのだ。スパークは目を見開いて再び回りながら落ちていく”赤鼻”を頭上に旋回降下して追った。

 失速し、スピン中の機体は機体の操作が効かなくなる、パイロットが最初に教わるNGの一つだ。つまりこの高度でスピンに入ると操作不能なまま海面に激突

 ——しなかった。


 本田は強烈な回転で視界が狭まるなか、ラダーを反対へ蹴り飛ばした。機首がさらに一度下を向き、海面が視界一杯に広がった。激突する――だが、失われていた垂直尾翼に気流が戻る確かな手応えが足に伝わった。

「危なかった——」

 本田は五式戦闘機の操縦席で一度閉じたスロットルを全開に戻し、噴き出る汗を拭うこともせずに上空にF4Uを見つけた。

 スピンからの回復に成功し、機体の制御を取り戻して水平飛行に戻ったのは高度数十メートルだった。機首を下に、回りながら一気に高度を数百メートル落としたことを考えればギリギリだったと言ってもいい。もちろん落ちなければF4Uの六門の12.7mm機関銃で機体を粉砕されていたことを考えれば助かったのだが——。

 姿勢を取り戻した本田の五式戦闘機は今度は海面スレスレを一気に加速し、逃げだした。


「What a crazy bastard...(イカれてやがる!)」

 スパークは自分から離れていく”赤鼻”の動きに舌を巻いた。スピン中にパイロットにかかる回転加速度は並大抵ではない。そこから海面に激突せずに回復したことすら奇跡だが、一瞬で上空の自分を見つけ、適切な動きを取った。

 スパークは加速しつつ旋回し”赤鼻”を追った。F4Uの大出力エンジンにものを言わせた最高速度はあらゆる高度で五式戦闘機を上回る。しかしその重量級のボディに速度を乗せていく加速は、軽量な五式戦闘機の方が優位だった。結果、”赤鼻”は一気に距離を離した。最初から追わずに高度をとって様子を見るべきだったが、遅かった。

 しかし、すぐにR2800エンジンの暴力的なパワーで形勢は逆転してくる。速度が乗るにつれ五式戦闘機の加速は頭打ちを始め、一方やや上に高度を取ったF4Uの青い機体は”赤鼻”を追い詰めて行った。

 ”赤鼻”は速度を殺さない程度の緩い旋回で右に左に逃げるが、スパークの照準器にはどんどんとその茶色の機影が大きく写って行った。そして、有効射程に入り、引き金に手をかけたところで——”赤鼻”が急上昇した。


「!」

 スパークも、操縦桿を引いた。

 あっという間に”赤鼻”の機体が迫ってくる。

 急な機動で射線は外れ、”赤鼻”は視線の上にいる。スパークはそこから強引に機首を上げ、引き金を引きっぱなしで衝突寸前の敵の機体に向けようとした。

「So, that's your game!(そういうことか!)」

 スパークはラダーを踏み込み、上昇からのバレルロールに入れた。一気に浴びせるつもりだった12.7mmのシャワーは虚しく空に消えた。そのまま”赤鼻”に向けていたら撃墜できたかもしれない。しかし撃墜できなければ次の瞬間スパークは”赤鼻”の目の前にいたはずだ。サリバンを撃墜した”赤鼻”の腕を考えれば、バラバラになっていたのは自分の方だ、間違いなく。

 スパークは額に脂汗が吹き出るのを感じながら頭上の”赤鼻”を目で追った。敵も、逆方向からバレルロール、つまり絡み合う螺旋のような軌跡を描く機動に入っていた。


「小手先の技は通じない……」

 本田はカラカラになった喉から声を絞り出した。

 上昇しながらのバレルロールで、斜めに見える水平線に区切られた視界は空から海面へと切り替わり、体は座席に押し付けられ、息をするのも難しい。離れては近づく交差した軌道を描きながら、五式戦闘機とF4Uはお互いにお互いを前に押し出そうとする動きを繰り広げ、最終的にローリングシザーズに移行していった。

 フラップを展開し、それぞれのエンジンは臨界出力、限界までのパワーを搾りだす。海面高度で乗せていたスピードを高度に変換し、失速寸前だ。

 F4Uと五式戦闘機の交差する機動は、互いに向き合うブランコのように遠ざかり、また近づく。再接近時の距離は十数メートル。

「First one to flinch loses!(ビビった方が負けだ!)」

「負けられない!」

 二機の戦闘機は同じ方向を向き、スパークと本田は斜め上方から迫り来る相手を睨みながら、操縦席で叫んだ。

 二機の速度は落ち、機動の選択肢がどんどんと狭まっていき、

 そして——


 衝突した。

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