↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロ探偵と美少女たちの魔法学園事件簿 ~その事件、魔法じゃありません!~  作者: にめ
1学年前期:ボタニカル・マギアフェスタ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/98

第62話 エルフの先輩と食人植物(1)

第62話 エルフの先輩と食人植物


 魔法陣学の授業を終えた翌日。


 ノクティス魔法学園には、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。


 もちろん、学園という場所である以上、完全な静寂とは無縁だ。廊下では生徒たちが行き交い、教室からは談笑の声が漏れ、校庭では実技訓練の掛け声が響いている。遠くでは、火属性の生徒が制御に失敗したのか、小さな爆発音が上がり、すぐに教師の叱る声が続いた。


 けれど、それでも蒼井蒼真にとっては平和だった。


 女子寮覗き事件。


 ルミエールへのストーカー事件。


 リリアの下着盗難事件。


 教室での魔法暴走事件。


 この学園に来てから、何かと事件に巻き込まれることが多かった。魔法という未知の力が日常に溶け込んでいる世界では、現代日本の常識だけでは測れない出来事がいくらでも起こる。


 それでも、事件の中心にあるものはいつも同じだった。


 誰かの嘘。


 誰かの弱さ。


 誰かの欲。


 魔法はあくまで手段であり、人の心が事件を起こす。


 そのことを、蒼真はこの世界に来てから何度も見てきた。


 だからこそ、何も起きていない時間は貴重だった。


 放課後。


 授業を終えた蒼真は、特に目的もなく学園内を歩いていた。


 ルミエールはクラス委員として教師に呼ばれ、セレナは騎士科の合同訓練へ向かい、フレイアは火属性実技の補習に引っ張られていった。リリアは別クラスで、おそらく研究部にいるだろう。


 つまり、今日は珍しく一人だった。


「……こうして見ると、まだ知らない場所ばかりだな」


 蒼真は廊下の窓から外を眺めながら呟いた。


 学園は広い。


 城のような本校舎、実技訓練場、研究棟、図書館、寮、旧校舎。これまで事件や授業で訪れた場所はいくつかあるが、それでも全体から見ればほんの一部に過ぎない。


 異世界に召喚された。


 元の世界に戻れるかどうかもわからない。


 その事実は、今も蒼真の胸の奥に沈んでいる。


 けれど、ただ不安に飲み込まれていても仕方がない。


 この世界にいる以上、この世界を知る必要がある。


 魔法も。


 学園も。


 人も。


 そして、この世界にしか存在しないものも。


 蒼真は本校舎を出て、普段あまり歩かない裏手の通路へ向かった。


 石畳の道は校舎の影を抜け、緩やかな坂道へ続いている。左右には整えられた植え込みが並び、時折、見たことのない色の蝶が花の上を飛んでいた。


 蝶、なのだろうか。


 羽の先から淡い光の粉をこぼしている時点で、現代日本の生物図鑑には載っていない気がする。


 蒼真がその蝶を目で追っていると、道の先に大きな建物が見えた。


 ガラス張りの巨大な温室のような建物だった。


 ただし、ただの温室ではない。


 外壁には透明なガラスのような素材が使われているが、その表面には薄い魔法陣の線がいくつも浮かんでいる。線は時折淡く光り、建物全体を包むようにゆっくりと流れていた。


 入り口の横には看板が立っている。


【植物研究施設】


【見学可能。ただし、展示植物には許可なく触れないこと】


「植物研究施設……」


 蒼真は足を止めた。


 魔法植物。


 そういえば、この世界には魔力を持つ植物があると聞いたことがある。薬草、魔法薬の材料、精霊に関係する花、戦闘に使える蔓や樹木。


 考えてみれば、魔法が人間だけのものとは限らない。


 動物に魔力が宿るなら、植物に宿ってもおかしくない。


「見学可能、か」


 看板の文字をもう一度確認する。


 関係者以外立入禁止ではない。


 触れるなとは書いてあるが、見るだけなら問題ないらしい。


 蒼真は少しだけ考えたあと、扉に手をかけた。


 扉は軽い音を立てて開いた。


 中に入った瞬間、空気が変わった。


 温かい。


 湿っている。


 けれど、不快ではない。


 土と草の匂いが濃く、どこか甘い香りが混じっている。日本の植物園にも似ているが、それよりもずっと鮮やかで、空気そのものに魔力が溶けているような感覚があった。


 蒼真は思わず足を止める。


「……すごいな」


 そこには、見たこともない植物が並んでいた。


 青白く光る葉を持つ小さな草。


 水の中でもないのに、葉先から泡を吐き続ける花。


 枝に実った果実が、風船のようにふわふわと宙に浮かぶ樹。


 人が近づくと、葉を閉じて眠ったふりをする植物。


 逆に、人の気配に反応して、こちらへ顔を向けるように花を動かす植物。


 現代日本では、どれも作り物にしか見えなかっただろう。


 だが、ここではすべてが生きている。


 蒼真はゆっくりと通路を進んだ。


 施設の中はいくつかの区画に分かれているようだった。入口近くは比較的安全な観賞用植物の区画らしく、花壇の周囲には低い柵があるだけだ。奥へ行くほど柵が高くなり、ところどころに注意書きが増えていく。


【魔力刺激を与えないこと】


【強い光を当てないこと】


【水属性魔法の使用禁止】


【歌わせないこと】


「……歌わせないこと?」


 蒼真は思わず看板を二度見した。


 植物を歌わせるとはどういう状況なのか。


 この世界では、まだまだ知らない常識が多すぎる。


 そう思いながら歩いていると、ひときわ奇妙な植物が目に入った。


 赤黒い蕾。


 肉厚の花弁。


 茎は太く、根元は檻のような鉢に固定されている。


 花の形は、どこか口に似ていた。


 左右に分かれた花弁の内側には、細かな牙のような突起が並んでいる。花の中央には蜜らしきものが光っており、甘い香りが漂っていた。


「これは……」


 蒼真は興味を引かれ、少し身をかがめた。


 見た目は食虫植物に似ている。


 ハエトリグサ、ウツボカズラ。


 現代日本にも虫を捕らえる植物は存在する。もちろん、それらは人間にとって危険というほどではなかった。


 だが、目の前の植物は明らかに違う。


 大きい。


 そして、妙にこちらを見ている気がする。


 蒼真は慎重に観察した。


 花弁の縁。


 茎の動き。


 根元に刻まれた魔法陣。


 鉢の横には小さな札があったが、文字は少しかすれていて読みづらい。


「触るな、とは書いてない……いや、書いてあるのか?」


 蒼真が札を読もうとして、無意識に手を伸ばした。


 その瞬間だった。


「それ、触っちゃだめよ!」


 背後から女性の声が飛んだ。


 蒼真は反射的に手を止めた。


 振り返る。


 そこにいたのは、緑色の長い髪をした女子生徒だった。


 柔らかな色合いの制服を着ている。胸元には二年生を示す紋章。手には剪定用らしき小さな鋏と、細長いピンセットを持っていた。


 穏やかな雰囲気の少女だった。


 目元は優しく、声も柔らかい。


 けれど、その表情にはほんの少し焦りが残っている。


「あ、すみません」


 蒼真はすぐに手を引いた。


「勝手に触るつもりは……いや、触りかけてましたね」


「ふふ。正直でよろしいわ」


 少女は微笑んだ。


 そして、蒼真の横に立つと、問題の植物を指差す。


「それは食人植物よ」


「……食人?」


 蒼真は聞き返した。


 少女はこくりと頷く。


「ええ。正確には捕食系魔法植物。小さいうちは虫や小動物を食べるだけだけど、大きく育ったものは人間くらいなら丸呑みにするわ」


「丸呑み」


「この子はまだ幼体だから、さすがに丸呑みはできないけれど」


 少女はにこりと笑った。


「指くらいなら、簡単に食べられるわね」


 蒼真は無言で自分の指を見た。


 五本、全部ある。


 今のところは。


「……危なかった」


「本当にね」


 少女はピンセットで、小さな種のようなものをつまんだ。


「見ていて」


 そう言うと、彼女は種を食人植物の花の前へ近づける。


 次の瞬間。


 バチンッ!


 音がした。


 花が開いた、と思った時にはもう閉じていた。


 蒼真の目には、動きがほとんど追えなかった。


 ピンセットの先から、種が消えている。


「……今、食べました?」


「ええ」


「植物が?」


「植物が」


「……」


 蒼真はもう一度、自分の指を確認した。


 五本、全部ある。


 ありがたいことに。


 少女はくすくすと笑った。


「好奇心はいいことだけど、魔法植物相手には命取りになることもあるの。特に、甘い香りがするものには注意してね。たいてい、何かを誘っているから」


「勉強になります」


「ふふ。素直ね」


 少女はピンセットを腰の道具入れに戻した。


「そういえば、見ない顔ね。新入生?」


「はい。一年の蒼井蒼真です」


「アオイ、ソウマ……」


 少女は名前を確かめるように繰り返した。


「珍しい響きね」


「俺のいた場所だと普通なんですけど、この世界だと珍しいみたいですね」


「この世界?」


 少女が首を傾げる。


 蒼真は少し迷ったが、隠すほどのことでもないと思った。


「俺、異世界から来たんです」


 少女の目が丸くなった。


「異世界?」


「はい。召喚された、らしいです。詳しいことはまだわかってませんけど」


 少女は数秒、蒼真をじっと見つめた。


 それから、ゆっくりと瞬きをする。


「……魔法学園に男子生徒がいるだけでも珍しいのに、異世界から来た一年生」


 彼女は何か思い当たったように、ぽんと手を打った。


「ああ、あなたなのね」


「俺ですか?」


「校内の事件をいくつも解決したっていう生徒。魔力がないのに、妙に鋭い観察をする一年生がいるって聞いたわ」


 蒼真は少し困った顔をした。


「そんな大したことはしてません」


「そう言う人ほど、だいたい大したことをしているのよ」


 少女は楽しそうに微笑む。


 そして、蒼真の周囲をゆっくり歩き始めた。


「ふむふむ……」


「何をしてるんですか」


「観察よ」


「俺を?」


「ええ。珍しい植物を見る時と同じ」


「俺は植物じゃないです」


「わかっているわ。でも、珍しいものを見る時は、まず観察するのが基本でしょう?」


 蒼真は否定できなかった。


 確かに、それはその通りだ。


 少女は蒼真の正面に戻ると、にこりと笑った。


「私はエルミナ・リーフグレイス。二年生よ。植物研究会に所属しているの」


「エルミナ先輩ですね。よろしくお願いします」


「こちらこそ、蒼真くん」


 エルミナは穏やかに言った。


 その時、蒼真は彼女の耳に気づいた。


 髪の隙間からのぞく耳が、人間よりも長く、先がすっと尖っている。


「あの、エルミナ先輩」


「なに?」


「もしかして、エルフ族ですか?」


 エルミナは少し驚いたように目を開いたあと、嬉しそうに笑った。


「ええ。よくわかったわね」


「耳が少し違ったので」


「この学園にもエルフは何人かいるけれど、一年生だとまだ見慣れないかしら」


「はい。初めて見ました」


 蒼真は素直に答えた。


「この世界にはいろんな種族がいるんですね。初めてエルフ族を見ました」


 その瞬間、エルミナの頬がほんのり赤くなった。


「わ、私が……初めて……」


「はい?」


「な、なんでもないわ」


 エルミナは慌てたように視線を逸らした。


 蒼真は首を傾げる。


 何か変なことを言っただろうか。


 少し考えてみたが、特に思い当たらない。


 エルミナは片手で頬を押さえながら、小さく咳払いした。


「異世界の子は、時々まっすぐな言い方をするのね」


「すみません」


「謝ることじゃないわ。ちょっと驚いただけ」


 そう言って、エルミナは柔らかく笑った。


 その笑顔は、植物施設の湿った空気によく似合っていた。


「それより、蒼真くんはどうしてここに?」


「学園を見て回っていたら、この施設を見つけたんです。この世界の植物については何も知らないので、少し勉強してみようと思って」


「いい心がけね」


 エルミナの表情が明るくなった。


「魔法植物は、知っていると役に立つことが多いのよ。薬草になるもの、毒になるもの、防御に使えるもの、攻撃に使えるもの、魔法薬の材料になるもの、精霊と関係が深いもの……本当にいろいろあるの」


 植物の話になった途端、エルミナの声に熱が入った。


 さっきまでのおっとりした雰囲気はそのままだが、目が輝いている。


「たとえば、さっきの食人植物も危険なだけじゃないの。うまく管理すれば、害虫や小型魔獣の侵入を防げるし、根から取れる成分は強力な消化薬の材料にもなるのよ。もちろん扱いを間違えると、研究者の指が減るけれど」


「最後が怖いです」


「大丈夫。減らさないために、きちんと知識を身につけるの」


 エルミナは得意げに言った。


 危険植物の話をここまで楽しそうにする人を、蒼真は初めて見た。


 だが、嫌な感じはしない。


 本当に好きなのだろう。


 植物という存在が。


「よかったら、少し案内しましょうか?」


 エルミナが言った。


「いいんですか?」


「もちろん。見学可能とはいえ、初めての人が一人で歩くには危ない場所もあるもの。それに、植物に興味を持ってくれる後輩は歓迎よ」


「助かります」


 蒼真は素直に頭を下げた。


 エルミナは嬉しそうに頷く。


「じゃあ、まずは安全な区画からね」


 二人は通路を歩き始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。