表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロ探偵と美少女たちの魔法学園事件簿 ~その事件、魔法じゃありません!~  作者: にめ
1学年前期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/68

第53話 魔法理論Ⅰ――属性相性の基礎(1)

第53話 魔法理論Ⅰ――属性相性の基礎


 マナブルーム祭の熱気が、学園の空気から完全に消えたわけではなかった。


 朝のノクティス魔法学園は、いつも通りに鐘の音から始まる。高い塔の上で鳴る鐘は、石造りの校舎の壁に反響し、長い回廊を渡って、寮棟から本校舎へ向かう生徒たちの背中を押していく。


 空は薄い青に澄んでいた。


 夏が近い。


 日差しはすでに強く、城塞のような学園の白い石壁を明るく照らしている。尖塔の影が中庭に細く伸び、噴水の水面には小さな光が散っていた。魔法で整えられた花壇には、祭で使われた飾りの名残がまだ少し残っている。淡い色のリボン、花弁のように加工された魔紙、風に揺れる小さな結晶飾り。


 しかし、生徒たちの足取りは、すでに日常へ戻っていた。


「次の小テスト、魔法史だっけ?」


「違うわよ。魔法理論Ⅰの復習問題」


「ええ……属性相性って覚えること多いんだよな」


「実技よりはましでしょ」


 そんな会話が、あちこちで聞こえてくる。


 蒼井蒼真は、教科書を片手に廊下を歩いていた。


 彼の制服は、まだこの世界のものとしては馴染みきっていない。濃紺を基調とした上着に、銀糸の縁取り。胸元には一年生を示す細い徽章。現代日本の学校制服とは似ているようで、やはり違う。布地の内側には簡易防護の術式が縫い込まれており、袖口には魔力の流れを乱さないための加工がされているらしい。


 最初に聞いた時、蒼真は思った。


 制服まで魔法前提なのか、と。


 だが、しばらくこの学園で過ごしてみれば、それも当然だった。


 この世界では、魔法は特別な奇跡ではない。


 光を灯す。

 水を清める。

 火を起こす。

 物を運ぶ。

 傷を癒す。


 生活のすぐそばに魔法がある。


 だからこそ、魔法を学ぶ学園では、机も、黒板も、教科書も、制服も、すべてが魔法の存在を前提として作られていた。


 教室へ入ると、すでに半分ほどの生徒が席についていた。


 窓際には、朝の光が差し込んでいる。大きな窓は細い金属の枠で区切られ、その外には中庭と遠くの塔が見えた。壁は白い石造りだが、ところどころに淡く光る線が走っている。教室全体の温度や湿度を一定に保つための、簡易環境調整術式だと以前に聞いた。


 前方には、黒板に似た大きな板がある。


 ただし、それは黒板ではない。


 魔力板。


 教師が指先や杖で触れると文字が浮かび、図形や術式を表示できる。書いた内容を保存することもできるらしく、学園の授業には欠かせない道具だった。


 蒼真は自分の席へ向かった。


 机の上に教科書を置き、鞄からノートを取り出す。


 今日の一限目は、魔法理論Ⅰ。


 一年生の必修科目だ。


 入学してからしばらくは、魔力の基礎、属性の基礎、詠唱の基本構造、魔法陣の読み方などを学んできた。夏が近づいた今は、単なる暗記ではなく、少しずつ応用に踏み込む時期らしい。


 蒼真にとって、この授業は実技よりもずっと理解しやすかった。


 彼は魔力を生成できない。


 この世界の基準でいえば、魔法使いとしては致命的な欠陥に近い。


 実際、初歩的な発火魔法も、水球を作る魔法も、自分の魔力だけでは発動できない。周囲の生徒が当たり前のようにできることが、蒼真にはできなかった。


 だが、理論は違う。


 魔力を生成できないからといって、魔法を理解できないわけではない。


 むしろ蒼真は、魔法を当然のものとして受け入れていない分、一つ一つの現象を分解して考える癖があった。


 なぜ火が出るのか。

 なぜ水が形を保つのか。

 なぜ風が刃になるのか。

 なぜ光が治癒に関わるのか。


 この世界の生徒たちは、それを魔法だからと説明する。


 蒼真は、その説明で終わらせられなかった。


「おはよう、蒼真」


 穏やかな声がした。


 顔を上げると、ルミエール・ド・アルセリアが教室に入ってくるところだった。


 金の髪が朝の光を受けて、柔らかく輝いている。貴族令嬢らしい整った所作で席へ向かいながら、彼女は周囲の生徒にも自然に挨拶を返していた。


「ああ。おはよう」


 蒼真が返すと、ルミエールは軽く微笑んだ。


「今日は魔法理論Ⅰね。クラリス先生、復習問題を当てることが多いから、気をつけた方がいいわ」


「一応、読んではきた」


「あなたの場合、一応で済まなさそうだけれど」


「実技じゃないからな」


 蒼真がそう言うと、ルミエールは少しだけ目を細めた。


「理論だけでも十分すごいことよ。魔法を使える人間ほど、理論を曖昧にしたまま感覚で進んでしまうことがあるもの」


 その言葉は、からかいではなかった。


 彼女自身、光属性の名門に生まれ、幼い頃から魔法教育を受けてきた。だからこそ、感覚でできてしまうことの危うさも知っているのだろう。


 少し離れた席では、フレイア・バルディッシュが教科書を開いたまま眉間にしわを寄せていた。


「……属性相性って、結局覚えるしかないのよね」


 赤い髪を片手でかき上げながら、フレイアが小さくぼやく。


 彼女は実技では抜群に強い。


 火属性の扱いに関しては、同学年でも上位に入る。だが、理論となると少し様子が違う。感覚で掴めるものは強いが、言葉にして整理する作業は苦手らしい。


 その隣では、アリシアが真面目にノートを開いていた。


「フレイアさん、昨日も言っていませんでしたか? 覚えるだけではだめだと」


「分かってるわよ。でも、火と風は相性が良くて、火と水は相性が悪い。そこまではいいの。けど、その先で急に細かくなるじゃない」


「細かいから授業でやるのだと思います」


「正論は胸に刺さるからやめて」


 フレイアが机に軽く突っ伏す。


 その様子を見て、周囲の生徒が小さく笑った。


 重すぎない、いつもの朝だった。


 やがて、鐘の音がもう一度鳴る。


 教室の空気が切り替わった。


 扉が開き、クラリス先生が入ってきた。


 落ち着いた濃紺の教師用ローブをまとい、手には細い指示杖を持っている。年上の女性らしい柔らかさはあるが、教壇に立つと空気が引き締まる。生徒たちは自然と背筋を伸ばした。


「おはようございます」


 クラリス先生の声は、よく通った。


「おはようございます」


 生徒たちが揃って返す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ