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その事件、魔法じゃありません!~魔力ゼロ転移者と美少女の魔法学園ラブコメ~  作者: にめ
1学年前期:マナブルーム祭

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第43話 閉じられた風(2)

# 第43話 閉じられた風




 短い言葉は刃になる。


 刃は、当たれば簡単に血が出る。


 そして今のフレイアは、自分の血が出ることより、相手の血が出ることを望んでしまいそうだった。


 ――望んでしまうくらい、怖かったのだ。


 教室の空気が変わった。


 紙の擦れる音が止まり、遠くの廊下の足音さえ遠のいたように感じる。


 フレイアの声は震えていない。


 だが震えていないことが、逆に危うい。


 怒りが表に出ていない。怒りが表に出ていない時、人は一番過激な言葉を言える。


 蒼真はすぐに言った。


「落ち着いて、フレイア」


 蒼真はほんの少しだけ、フレイアとエリナの間へ身体を入れた。


 盾になる。


 盾は攻撃を止めるための道具だ。


 守りたいのはエリナではない。


 守りたいのは、フレイアが自分の怒りで自分を壊す未来だ。


 声は低く、短く。


 命令ではない。


 制御の提案だ。


 フレイアが唇を噛む。


 だが目は逸らさない。


 エリナは、瞬きを一度だけした。


「……なにを?」


 問い返しは淡々としている。


 しかし淡々としているのは、強いからではない。


 弱いからだ。


 弱い者は、感情を表に出すと負ける。


 だから淡々とする。


 フレイアが言い切る。


「爆発事故の件よ」


 エリナの口元が、ほんの少しだけ上がった。


 笑ったのではない。


 “距離を取る形”だ。


「証拠でもあるの?」


 エリナは一歩、後ろへ重心を引いた。


 その動きは小さい。


 だが、分かりやすい。


 距離を取る。


 距離を取るのは、防御だ。


 防御は悪意の証明にはならない。


 ただ、怖いだけかもしれない。


 それでも蒼真は、その小さな動きを見逃さなかった。


 教室の空気がさらに張る。


 フレイアが反論しようとする気配を感じて、蒼真は一歩前へ出た。


 フレイアよりも先に、蒼真が答える。


「ありません」


 蒼真は迷いなく言った。


 証拠がないのに踏み込むのは、危うい。


 だが踏み込まないまま祭り当日を迎えれば、次の“破裂”は人の上で起きる。


 それだけは避けたかった。


 避けるためには、今の段階で“可能性”を潰す必要がある。


 蒼真は続けた。


「だから、断定もしません」


 エリナの眉がわずかに動く。


 “ないのに来たのか”という驚き。


 蒼真は続ける。


 フレイアが横で息を飲む。


 蒼真はフレイアを見ない。


 フレイアを見ると、フレイアの感情に引っ張られる。


 今は、引っ張られてはいけない。


 蒼真はエリナだけを見て言った。


「ただ……仕組みの説明ならできます」


 蒼真は、自分が今どこに立っているかを言葉で固定した。


 裁く側ではない。


 でも、黙って見過ごす側でもない。


 事実を運ぶ側。


 被害を止めるための最短距離を選ぶ側。


 それが、蒼真の立ち位置だ。


 エリナの目が一瞬だけ揺れた。


 言葉の意味を測っている。


 蒼真は、教室の前方を指差す。


 そこには午前中、フラスコが置かれ、炎が灯った場所がある。床の傷は目立たないが、蒼真には位置が分かる。空気が一度そこで破れた。


「フレイアが展開した炎が、急に火力を増した」


 蒼真は、その場面を思い出す。


 小さな炎。


 揺れているのに安定していた赤。


 そして、その中心に滲んだ異物。


 ――“緑”。


 その色のことは、ここでは言わない。


 言えば、会話は別の方向へ走る。


 相手を追い詰めるには便利だが、真実を遠ざける。


 蒼真は、目の中にだけそれをしまい、声は淡々と事実だけを置いた。


 蒼真は事実から入る。


「制御の問題ではなく、条件が変わった」


 条件。


 条件は“手順”で作られる。


 手順は、人が作る。


 人が作るものには、意図が混ざる。


 意図が混ざれば、責任が生まれる。


 責任は、誰かを裁くためではなく、次を止めるために必要だ。


 エリナは黙って聞いている。


 黙って聞くのは、反論する材料がない時にも、人がやる。


 蒼真は、言葉を選ぶ。


 この世界では、“魔法のせい”で片づける方が楽だ。


 だからこそ、原因を“現象の中”ではなく、“人の手順”に置く必要がある。


「フラスコの中に、風魔法で高濃度の酸素を送り込み……それを密封した可能性です」


 “風魔法”。


 フレイアが軽く見たことのある属性。


 目立たない属性。


 だが、目立たないからこそ、できることがある。


 蒼真はその“できること”を、まだ言わない。


 今言うのは、現象の説明だけだ。


 炎が燃えやすくなる。


 それだけで、充分に危険になる。


 その瞬間。


 エリナの頬の色が、ほんの少しだけ抜けた。


 反応は小さい。


 けれど、その小ささが決定的だった。


 驚きというより、核心を突かれた時の“身体の反応”。


 フレイアが眉をひそめる。


「酸素? 酸素だけで爆発するはずないでしょ?」


 フレイアの言葉は正しい。


 だからこそ、蒼真は頷いた。


「はい。酸素だけでは」


 蒼真は、フレイアの疑問を正しいものとして受け止める。


 正しさを受け止めれば、相手は少し落ち着く。


 落ち着けば、聞ける。


 聞ければ、次の言葉が入る。


 だから蒼真は否定しない。


 正しさの上に、現実を積む。


 否定を先に置く。


 そして、その否定の先に道を作る。


「ですが、炎の燃焼の仕方は変わります。燃える速さも、温度も」


 蒼真は具体的な数字を言わない。


 数字は権威になる。


 権威は、相手を追い詰める。


 今は追い詰めたくない。


 必要なのは“理解”だ。


「条件が変われば、同じ出力でも、結果が変わる」


 蒼真は自分の掌を見た。


 火は出せない。


 魔力は生めない。


 でも、条件は読める。


 条件を読めることは、魔法よりも時に厄介だ。


 魔法は派手に見える。


 条件は、見えない。


 見えないものは、誰も疑わない。


 だから、事故に見える。


 蒼真は一歩、言葉を噛んでから続けた。


「……あの事故には、密閉が必要だった」


 密閉。


 閉じ込める。


 閉じ込めたものは、外へ逃げられない。


 逃げられないものは、溜まる。


 溜まったものは、いつか破裂する。


 それは魔法の話でもあるし、人の感情の話でもある。


 蒼真は、エリナの目の奥に同じ形を見た。


 エリナが、息を止めた。


 蒼真は、静かに言い切る。


「だから、栓が必要だった」


 “栓”。


 午前中、クラリス先生が口にした言葉が頭をよぎる。


 指示していなかった。


 ――だからこそ、入れられた。


 入れられたのに、誰も気づかなかった。


 気づかなかったのは、皆が“透明”だと思い込んでいたからだ。


 言い切った瞬間、教室の空気が沈む。


 夕暮れの光が、床の影をさらに濃くした。


 エリナはしばらく何も言わなかった。


 彼女の視線は紙束に落ちている。


 紙束は整っている。


 整っているからこそ、崩れた時が目立つ。


 紐が指の間でたるみ、結び目がほどけかける。


 几帳面な人間の手から、几帳面さが抜け落ちる。


 その瞬間、蒼真は確信に近いものを感じた。


 ――当たっている。


 当たっていることが、怖い。


 当たっていることは、誰かの心を傷つける。


 だが当てなければ、もっと多くの人が傷つく。


 紙束を縛っていた紐が、指の間でたるむ。


 彼女の几帳面な動作が、崩れている。


 それは、崩れたくない人間が崩れた時の形だ。


 フレイアが一歩前に出ようとした。


 蒼真は腕で軽く制し、視線で“待て”と伝えた。


 フレイアは一瞬だけ反発するように眉を動かした。


 けれど次の瞬間、唇を噛んで止まった。


 止まったという事実が、フレイアの成長だった。


 蒼真は、その成長を言葉で褒めない。


 褒めれば、フレイアはまた強がる。


 今は強がってほしくない。


 待て。


 この沈黙が、今この場で一番重要だ。


 沈黙は、嘘をつく時間でもある。


 だが沈黙は、真実を受け止める時間でもある。


 エリナは、ゆっくりと息を吐いた。


 吐息は長い。


 風が止む時の音に似ていた。


 教室の外で、誰かが笑っている声がした。遠い。別世界みたいに遠い。


 祭りの準備は続いている。


 この教室だけが、時間の流れから取り残されている。


 エリナは顔を上げないまま、ぽつりと言った。


「……ふぅ」


 吐息は長い。


 それは、風が止む時の音に似ていた。


 エリナは顔を上げないまま、ぽつりと言った。


「そこまで……分かってたのね」


 その言葉には、諦めが混じっている。


 諦めは、負けの言葉にも聞こえる。


 けれど蒼真には、別の色に聞こえた。


 諦めは、守りを解く音だ。


 守りを解けば、次に出てくるのは真実か、涙か。


 どちらにせよ、ここから先は第44話だ。


 だから蒼真は、今は余計な言葉を挟まない。


 フレイアの指がわずかに震えた。


 蒼真は表情を変えない。


 変えないことで、相手に“続きを言える場所”を作る。


 エリナは視線を伏せたまま、言った。


「……ええ」


 一拍。


「私が、やったわ」


 叫びでも、弁解でもない。


 ただ、事実だけがそこに置かれた。


 フレイアの喉が小さく鳴る。


 怒りの音でも、涙の音でもない。


 言葉にならない音。


 蒼真は、その音が言葉になる前に、静かに場を保った。


 教室の空気が静まり返る。


 夕方の風が窓の隙間から入り込み、紙の端を一枚だけめくった。


 そして、その音だけが、世界がまだ動いていることを知らせていた。


 まだ、何も終わっていない。


 叫びでも、弁解でもない。


 ただ、事実だけがそこに置かれた。


 教室の空気が静まり返る。


 夕方の風が、窓の隙間から入り込み、紙の端を一枚だけめくった。


 そして、その音だけが、世界がまだ動いていることを知らせていた。


 まだ、何も終わっていない。


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