表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その事件、魔法ではありません。~魔力ゼロ転移者の魔法学園生活~  作者: にめ
1学年前期:ルミエールの相談

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/26

第13話 同じベッドと、見えない檻

# 第13話 同じベッドと、見えない檻


 ルミエールの部屋の扉が、静かに閉まった。


 カチリ、と小さな音がして、外界と切り離される。その小さな音が、今夜という時間を区切る合図のようにも思えた。つい先ほどまで、食堂に漂っていた張りつめた空気――格式、視線、沈黙。それらが嘘のように遠のき、代わりにこの部屋だけの、私的な静けさが満ちていく。


 部屋は上品だった。過剰な装飾はなく、淡い色調でまとめられている。家具は必要最低限だが、どれも丁寧に手入れされ、長く使われてきた痕跡がある。学園の寮とは違い、ここは「住まう」ための場所だ。窓辺に置かれた小さな花瓶や、壁に掛けられた絵画からも、住む者の性格――慎み深く、それでいて美しいものを愛する心が静かに伝わってくる。


 ルミエールは扉に背を預けるようにして、一度、深く息を吸った。


「……ごめんね」


 振り返って向けられたその声は、夕食の席で見せていた委員長としての、貴族令嬢としての毅然さとはまるで違っていた。どこか幼く、そして確かな疲れを含んでいる。


「何も言わずに、両親との食事に付き合わせて」


「気にするな。事情があるんだろ」


 蒼真は簡潔に答えた。慰めるでもなく、問い詰めるでもない。その距離感が、かえってルミエールの胸を少しだけ軽くした。


 ルミエールは部屋の中央まで歩み寄り、そこで足を止める。背筋を伸ばしたまま、しばらく言葉を探すように視線を彷徨わせてから、意を決したように口を開いた。


「実は……許嫁がいてね」


 その言葉は、部屋の中で不思議なほどはっきりと響いた。


「わたし、どうしても……その人とは結婚したくないの」


 蒼真は表情を変えずに頷いた。驚きはなかった。今夜の流れ、その前後の空気――すでに心のどこかで予期していた事実だ。


「どんな人なんだ?」


 問いかけは短く、落ち着いている。感情を挟まないその声音だからこそ、ルミエールは胸の奥に溜め込んでいたものを、少しずつ言葉にできた。


「同じ学園の人なんだけど……」


 そこで一度、言葉が途切れる。眉がわずかに寄り、唇がきゅっと結ばれた。


「わたしのやることに、何でもいちゃもんをつけるのよ。『貴族ならこうあるべきだ』とか、『それは相応しくない』とか……」


 吐き出すように言ってから、ルミエールは一度、視線を落とした。


「着る服も、自由にさせてくれないの。『君にはこれが似合う』とか、『それは似合わないから着てはいけない』とか……」


 まるで台本をなぞるような口調だった。何度も、何度も、同じやり取りを繰り返してきた証拠だ。


 蒼真は何も言わずに聞いていた。遮らない沈黙が、彼女に続きを促す。


「一緒にいると……息苦しくて」


 その言葉は、かすれるほど小さかった。


「自分が自分じゃなくなっていく感じがするの。正しいはずの言葉で、少しずつ囲われていくみたいで……」


 ルミエールは、無意識のうちに胸元に手を当てていた。


「蒼真みたいに、洋服を褒めてくれたことなんて、一度もないわ」


 少し間を置き、視線を上げる。


「だから……今朝、褒めてくれたとき、本当に嬉しかったの」


 声が、わずかに震えた。


「今日、蒼真と行ったあのカフェもね……あの人は、一緒に行ってくれなかったわ」


 拗ねたような響きと、諦めが混じる。


「『そんな場所は君には相応しくない』って。いつも、そうやって決めつけるの」


 そう言ってから、ルミエールは蒼真の方へ、そっと体を寄せた。肩が触れるか触れないか、その曖昧な距離。だが、そこにあるのは甘えよりも、安心を求める気配だった。


「……蒼真は、優しいね」


 囁くような声とともに、軽くもたれかかられる。蒼真は一瞬だけ体を強張らせたが、拒まず、その重みを受け止めた。


 やがて、ルミエールは小さく息を吐き、最後の一言を絞り出す。


「これが、決定的ね」


 顔を上げ、はっきりと言った。


「私を見る目が……気持ち悪いの」


 言い切った瞬間、張り詰めていた何かが、ふっと抜け落ちたようだった。


 蒼真は一瞬、目を瞬かせてから、わずかに口元を緩めた。


「ルミエールも、感情でものを言うんだな」


「だって……」


 ルミエールは小さく頬を膨らませ、それから真剣な目で蒼真を見つめる。


「結婚には、直感も必要でしょ?」


 そして、ほんの一拍置いて、静かだが迷いのない声で告げた。


「私は、蒼真となら……本当に結婚してもよくってよ」


 しん、と部屋が静まり返った。


 互いに視線を外すことができず、気づけばじっと見つめ合っている。頬が熱い。心臓の音が、やけに大きく聞こえた。


「……ルミエール」


 蒼真は一度、言葉を探すように息を整える。


「まだ結婚は早くないか。会って、数日だろ」


「そ、そうよ!」


 ルミエールは慌てたように声を上げた。


「たとえば、の話よ! もう……蒼真ってば、何を言わせるのかしら」


 照れ隠しの早口。再び、沈黙が落ちる。


 蒼真はその沈黙を破るように、低い声で言った。


「その人が、ストーカーってことはないか」


 ルミエールは驚いたように目を見開き、それからゆっくりと頷いた。


「……うん。十分、あり得ると思う」


 だが、それ以上は言わなかった。


「ね……今夜は、このあたりにして……もう寝ましょ」


 ◇


 しばらくして、ルミエールは着替えて戻ってきた。


 淡い色のパジャマは可愛らしく、昼間のワンピースとはまるで印象が違う。貴族令嬢という肩書きを忘れさせる、年相応の柔らかな雰囲気だ。


 蒼真は視線を逸らしながら言った。


「俺は床で寝るから」


「いけません」


 即答だった。


「お客様を床で寝かせるような、そんな失礼なことはいたしません」


 胸を張りながらも、耳が赤い。


「ベッド、広いし……一緒に寝ましょ。大丈夫よ」


 蒼真は一瞬、言葉を失った。


(理性を保て……)


 そう自分に言い聞かせながら、結局は頷くしかなかった。


 ◇


 灯りが消され、二人は同じベッドに入った。


 きちんと距離を保ち、互いに背中を向ける形。それでも、同じ空間にいるという事実だけで、心臓が落ち着かない。


 しばらく、布団の擦れる音だけが聞こえていた。


「……ね、蒼真」


 小さな声が、闇の中から聞こえてくる。


「どうした」


「その……寝る前に、ひとつだけ、お願いしてもいい?」


 間があった。ためらいと、勇気が混じった沈黙。


「……手、繋いでもいい?」


 蒼真は一瞬、言葉を失った。顔が熱くなるのが分かる。


「……それで、落ち着くなら」


 そう答えると、布団の中でそっと動く気配がした。


 指先が触れ、次の瞬間、控えめに、しかし確かに手が握られる。


(あ……)


 柔らかく、少し冷たい指。


(男性と同じベッドなんて、初めてで……)


 ルミエールは内心でそう思いながら、必死に呼吸を整えていた。心臓の音がうるさい。けれど、繋いだ手の温もりが、不思議と不安を静めてくれる。


 蒼真もまた、手を引こうとはしなかった。ただ、力を入れすぎないよう意識しながら、そのまま握り返す。


 やがて、ルミエールの呼吸がゆっくりと整っていくのが伝わってきた。身動きが取れない。


 やがて、蒼真は隣の呼吸が規則正しくなったことに気づいた。


(寝た、か)


 蒼真は天井を見つめたまま、思考を巡らせる。


 許嫁。

 学園内。

 行動への過干渉。

 服装の制限。

 視線の違和感。

 そして、写真や手紙。


(偶然じゃない)


 善意で守っているつもり。正しさを盾にした支配。それが一番、厄介だ。


(これは……恋愛じゃない。事件だ)


 ◇


 朝、蒼真は違和感で目を覚ました。


 温かい。妙に柔らかい感触が腕に当たっている。


 恐る恐る視線を下ろすと、ルミエールが無意識のまま蒼真を抱き寄せていた。寝相のせいで距離は近く、はだけたパジャマの隙間から柔らかな谷間が見えてしまう。


(動けない……)


 身動き一つで、目を覚ましそうだ。


 そのとき、ルミエールがゆっくりと目を開けた。


 一瞬、状況を理解できず――次の瞬間、顔が真っ赤になる。


「……っ!?」


 二人は同時に飛び退き、反対側を向いた。


「ご、ごめんなさい!」

「い、いや……俺も……」


 沈黙が、朝の光の中に溶けていく。


 ◇


 朝食の席は、穏やかだった。


 だが、どこか張りつめている。両親は何も言わないが、すべて察しているような視線を向けてくる。


 アレクシスの目が、蒼真を静かに測っていた。昨夜とは違う、より深い観察の色。


 ルミエールはいつもより大人しく、それでも、どこか安心した表情をしている。


 ◇


 屋敷を後にし、馬車で学園へ戻る。


 窓の外を流れる景色を見ながら、蒼真は心の中で決めていた。


(恋人の問題じゃない)

(――事件として、引き受ける)


 馬車は静かに走り、やがて学園の門が見えてくる。


 物語は、確実に次の局面へ進もうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ