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guilty 37. 何故かヤバい女の素性が知りたくなった

 オカルトファミリーの魔の手から命からがら逃れたその日の夜のことを思い出す。


『兄さん、今後あの女豹と接触するのは止めてください』


 俺は自分の部屋のベッド上でラノベを読んでノホホンと寛いでいた。すると詩織の我が物顔で部屋に侵入したかと思うと、神妙な表情でそんなことを俺に向かって言ってきたのである。


『いやいや、前も言ったけれどノックしてくれませんかね。突然何事もなくひとりでにドアが開いたら怪奇現象かと思わずビクンッとしちゃうだろ』

『大丈夫ですよ、一応ドア越しで兄さんのいけない声がしていないか確認していますから。万が一にも兄さんがイモウト調教系同人誌でご自身を慰めているところでバッティングすることはありませんよ。その際はごゆっくりどうぞご自身を存分にイジめてくださいませ』 


 詩織はベッドに腰掛け何でもない顔をして喋っている。詩織の言葉遣いや気遣いは一流だが、言っている内容はヤバ谷園である。ていうか、ドア越しに耳をつけて兄の生活音を確認するとか怖すぎる。


『い、イモウト調教系同人誌とか、ない、ないわよ』

『声が裏返ってますよ。何故、動揺してるのですか? それとも兄さんはイモウト監禁系同人誌の方がお好みでしたか』

『ねえ、やめない深掘りするの? 色々ときっついわ。それより、いきなりなんだよ女豹と関わるなって。俺はそんなメスの猛獣と接触した覚えはないぞ。小さい頃、ひょっとしたら動物園でメスの豹を見たことがあるかもしれないが』

『兄さん。貴方はおバカの申し子ですか?』


 詩織は腕を組み、冷たい瞳で俺を睨んでくる。

ひどい、兄さんは本当のことでも本当のことを真っ正面から言われると兄さんのかがみもちハートは傷ついちゃうんだぞ。あ、本当のこととか自分で言っちゃった。


『はあ、話の流れで女豹というのは揶揄しているということは分かるでしょうに。櫻井先輩、櫻井さんのことですよ』


 話の流れどころかお前がいきなり意味不明なことを言ってきたんだろ、と口に出したくなったが我慢する。俺の豆腐ハートを傷つけられるのはもうこりごりである。てか、櫻井が女豹?全然、イメージが結び付かん。女豹のポーズを櫻井がしていたら指差してケラケラと嗤う自信がある。どちらかと言うと、狸みたいな顔だからメス狸だな。


『さ、櫻井? 櫻井って、あの櫻井さんのことだよな』

『いったいどこの櫻井さんを連想しているのですか。兄さんの今、頭の中に浮かび上がった人のはずです』

『俺が知っている櫻井とかいう女はオジサンソムリエJKの櫻井のことだよな』

『何ですかその酷い二つ名は。色々な意味で倫理的にまずいですよ』

『そ、そうだ。お前に聞きたいことがあったのだ。お前、プールでその櫻井と会ったよな。俺を巡ってお前、櫻井とキャットファイトしてたけど知り合いなのか?』

『なっ……に、兄さんを巡ってキャットファイトなどしていません。自意識過剰も甚だしいですね、阿呆の渡り鳥じゃないんですか? ばか』


 詩織は頬を染め、そっぽ向く。

いや、そこでお前が照れる意味が分からん。ていうか、阿呆の渡り鳥ってなに?血走った目で涎とゲロを振り撒いているキチ●イな鳥のことかな。とっても罵倒されているのはだけはよく分かるが。


『櫻井さんは私の通っている学校の先輩ですよ』

『それはお前の学校の制服と同じだから何となく分かるよ。でも、先輩ってことは部活か何かの繋がりなのか? 同じ学校ってだけじゃあ、何か引っ掛かるしな』

『…………』


 俺が櫻井との関係性について聞くと詩織は何とも言えない苦々しい表情で見つめてくる。エッ、なにその表情。何かまずいことでも言っちゃったかしら。


『言いたくありません。プライベートを詮索されるのは私、嫌いです』

『俺のプライベート空間に平気でズカズカと上がり込む奴が何を仰っているんですかね。いや、櫻井に関わるなと言うならお前と櫻井の関係性くらい知りたいものなんですが』

『ウッ……うるさいですね。て、ていうか、兄さんはひょっとして櫻井さんに興味があるのですか』


 気まずい表情をしながらも真剣な眼差しで俺を問いただす詩織。そんな普段みたことのない反応をされるとますます詩織と櫻井の関係性が気になるな。まあ、何かああいう微妙な感じになった裏には過去に何かあったのは間違いなさそうだが。


『興味っていうか、新種の奇妙な生物としては気にはなるな』


 あの俺にオジサンを痴漢させようとしたり、引っ付けようとしたりする原動力はある種の恐怖は感じるが。いや、マジでファンタジーな。


『や、やっぱり……兄さんは異性として櫻井さんに興味があるのですね』

『ねえねえ、俺の話を聞いてた? 異性として興味があるなんて一言も言ってないんですけど』

『……。兄さんの恋愛に口を出すつもりはありません。ですが、妹としてあの人と恋仲になるのは断固反対します』


 思い詰めたような顔して言いたいことを言う詩織である。いや、思い切り恋愛に口出してんじゃん。てか、人の話を聞かないなコイツ。


『櫻井と俺が恋仲になるとか寒気がするような醜悪な妄想はやめておくれよ。だいたい、アイツは俺とそこらへんのオッサンをくっ付けようとする危ない恋のキューピッドだぞ』

『あ、危ない恋のキューピッドって……あの、前から思ってたんですけど兄さんは櫻井さんと何処で知り合ったのですか?』

『……内緒』

『なっ、なな、何故ですか!?』

『何で興奮しているんだよ。そうだな、自分の足りな、胸に聞いてみろよ。自分のことを話さない奴に俺のことを話す義理はないよな』

『はあ!? うっ……ううっ、そっそれは……そうですが。ていうか、今、足りない胸って言おうとしませんでしたか?』


 詩織はガックリと肩を落としたかと思ったらジロッと睨んできた。う、うーん、きつい言い方だったかな。でも、取引みたいになるがこれを機に詩織と櫻井の関係性を聞き出そうとしたのだが。この様子では口を割ってくれそうにもない。


『と、とにかく……兄さん! 櫻井さんと親密な関係になるのはオススメできません。それならまだあの兄さんのお友達のちょっとナルシーな折原さんをオススメします』

『引き合いに出す奴がおかしすぎる。せめて異性にしてあげてよ』


 自分の兄が自分のせいでボーイでラヴァーな道に行ってしまったら自殺したくなるだろ。いや、一部の女豹は発狂歓喜するかもしれないが。


『そ、それなら……お隣のシュシュ(♀)をオススメします。兄さんがお付き合いしたいって言えば舌を出して思い切り尻尾振って喜んでくれると思いますよ』

『それ、ワンちゃんだよね? せめて人間にしてくれませんかね。ていうか、まだその話続くの?』

『ウウッ、だ、だったら、わ、私と……私のお人形さんと付き合ってくれるのですか?』


 だめだ、興奮しすぎてわけのわからないことを言い出したぞ。もう付き合いきれないので詩織を部屋から追い出した。詩織はまだ何か言いたそうだったが、余計に頭が混乱するような話に脱線しそうであったため俺の部屋から退場してもらうことにする。


 しかし、そうか。思えば俺は櫻井のことを何にも知らないな。何故、俺にオジサンを押し付けようとしているのか。何故、俺に付きまとっているのか。何故、詩織と険悪なのか。何にも分からない。普段ならあまり人に興味が持てない俺はここで思考をシャットアウトするのだが。


「櫻井、か」


 認めたくはないが、櫻井のことを知りたいと言う気持ちが日に日に強くなっているような気がする。


──噴水公園──


「…………」

「…………」


 何だろう、この無の時間は。

校門の前で明らかに先刻まで泣き腫らした顔した櫻井の様子におかしいと思った俺は櫻井を連れて噴水公園までやってきた。いや、このままじゃ俺が櫻井を泣かしている鬼畜男みたいじゃないか。絵面的にヤバいのでとりあえず静かな公園にやって来たのである。


 そして暫くは無言が続く。何にもなくジッとしているのも気まずいので二人分のクレープを購入し、今はベンチで食べているところである。そんなこんなで今は朱色が差す夕刻である。


「……ありがとうございます、先輩。お金、返しますね」


 無言でクレープを咀嚼していると櫻井は鞄から財布を取り出そうとする。あ、シャベッタアアア!じゃなくて俺はそれを手で止める。


「いや、いいよ。遠慮なく食え」

「いいんですか? じゃ、じゃあ、遠慮なく……先輩がオジサンに貢がれて稼いだお金で頂きます」

「一言多いどころか虚言はやめてね? 前にバイトで貯めたお金です。お前、先刻まで泣いててシリアスな空気感出してたのにもうそんないつもの感じですか」

「……う。な、泣いてなんかないですよ。な、泣いているのは先輩の方ですよ! 『黒い雑草がモッサリと生えたご立派なオジサンの下半身で泣き腫らしてえ』とか心の中で泣いているに違いないですね、うんうん」


 なんだその狂気の返しは。

しかし、何だか何時もよりテンションが低い気がする。櫻井の瞳が死んでいるように見えるのは俺の気のせいかな。死んでいるは言い過ぎかもだが、いつもの変に輝いている瞳ではないことは確かである。


「いや、なんつーか、ごめん」

「え? 何で先輩が謝るんですか?」

「いや、俺の妹の……お前も知ってるだろうけど詩織と色々あったろ。プールの一件は俺がお前らを引き合わせたようなもんだしな」

「いや、意味が分からないですけど。それの何処が悪いんですか?」

「いやいや、お前ら険悪の仲なんだろ。俺をダシにめっちゃ罵りあってたじゃん」

「え? 別に私と詩織さんは険悪の仲なんかじゃないですよ」


 櫻井はキョトンとした顔でそう口にする。

は?い、意味が分からんぞ。あんだけえげつないキャットファイトをしておいてナニを宣っているんだコイツは。誰がどう見てもあれはいがみ合っていただろうが。


「い、いや、意味分からんて。キーキー喚きあってたじゃん。オワコン女子やらなんとか」

「あーあれは単にじゃれあいですよ。人間とお馬さんだってじゃれ合うじゃないですか。お馬さんの背後に回ったら『俺の背後に立つんじゃねえ』ってな感じでじゃれ合いのヤクザキックを入れられますよね。それと同じですよ」


 いや、それ下手したら死ぬやつ。

それともこいつの中では殺しあいが殺し愛になっているのか。殺し殺され殺し愛……末恐ろしい関係である。


「彼女、ツンデレさんなんですよ。口では生意気なことを言ってても心の中では照れてる……。私、彼女に何度、助けられたことか」

「あ、あのなあ……って、助けられた?」

「さて、このお話はもう終わりです。先輩、今日はクレープとお話ししてくれてありがとうございました」


 櫻井はベンチから立ち上がるとスカートをパンパンと手で払い、鞄を持って身支度する。


「え、あ、おい」

「えっと……先輩、今日、もう少し時間あります?」


 そう言うと櫻井はクルッと身体を反らし、俺から離れる。離れ際、独特な香水の匂いが鼻をついた。ン、アレ?この匂いは……。


「私と遊びに行きませんか?」


 夕陽に照らされた櫻井の寂しそうな笑顔は不覚にも俺の心にしこりを残す表情であった。

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