20 魔性化
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魔性は粘液体である。厚い脂肪でできた皮の下には、どす黒い油のような液体が詰まっている。炎も効かず、寒冷にも強く、呼吸ができなくても死なない。弱点は乾燥。乾燥すると丸まり、乾眠状態に陥る。活動状態ではただ飢えに突き動かされて、動きまわるものを振動で捕捉し、丸呑みしようとする。
生き物なのかは誰も知らない。どれほど長い間そうしているのかも、どうして増えるのかもわからない。既知の生態系の生物からは大きく外れる生物にみえるモノであり、研究が禁忌とされていることからも、魔法で人工的に生み出された生物ではないかと囁かれている。けれどそんな魔法は、現在の技術では到達不可能だというのが魔法局長の公式発表だ。魔法はそんなに便利な代物ではない。
ただ幸いなことに魔性と人類の活動領域は被らない。魔性は冬の城と呼ばれる絶壁に立つ荘厳な城のまわりに棲みついている。捕食のために無暗に生存圏を拡大しようと人類を襲うことはせず、だいたい食べるものが近寄ってこないかぎりは雪上に寝そべって、あるいは岸壁の穴のなかで過ごす。
「ぅえ」
はじめに知覚したのは空気の振動。遥か上空で風切り音。
視界が塞がれているのにどうしてわかったのかといえば、大気に張り巡らされた糸のような感知が揺らいだのを感じたからだ。巨大な獣が鳴いている。金属をすり合わせるような、耳障りな音で鳴いている。周辺に寝そべっている魔性たちが一斉に起きた。獣は何を言っているかわからない。ただどこか懐かしい気がした。
――忘れ去っていたなにかを呼び覚まそうとしている。
――なぜ。なにを。どうして。忘れている。
そうした思考を意識しないまま、魔性は脂肪と内容物で膨らんだ巨体を押し出し進み出る。
のっそりと、獣の鳴くほうへ。獣はだれかを呼んでいる。
周囲の魔性は鳴いている獣が柔らかな肉を持つ者ではないと理解し、また一斉に伏せの態勢へと戻った。
一匹だけ獣の前に進み出る魔性に、獣は嚙みついた。獣は魔性をくわえた状態で翼を押し広げ、はばたく。
金属を鳴らす音。耳をつんざくような、その獣の咆哮は、眼前に聳える城を揺らす。
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