20 勇者の旅路
ノザリスを出た勇者パーティは、再び北を目指して歩みはじめる。着実に魔王の城に近づいている。この冒険の旅もいよいよ佳境に入ったところだ。
各々が気を引き締めている。そんな中クラストは妙に焦っているように思えた。森の中を歩く時もどこか浮き足立っている。
「なぁクラスト。気持ちは分かるが少しペースを落として歩かないか?」
グスタフが心配して先行するクラストに声をかけた。変化に気づいていたのは僕だけでは無かったらしい。
「街の防衛で足止めを食らい過ぎた。ノザリスで、半年は過ごしてしまったんだぞ」
「そうは言うがな…」
顎をポリポリとかきながらグスタフは後ろを歩くマリアンヌを見た。遅れる事無く着いて来てはいるが、その呼吸は荒い。
「すまない」
クラストは一言謝ると、パーティは拓けた場所で休憩を取る事にした。
「クラストが焦るのも当然だと思いますわ」
容器の水を飲み干すとマリアンヌは言った。
「私達がノザリスに着いた時には、既に魔物に襲撃されてましたから」
「毎回油断した頃に仕掛けて来るからなぁ。勝手に出て行く訳には行かないし、かと言って伝令出したのに都からの援軍は来ないし。コイツが来なけりゃお終いだった」
背中の聖剣を指差しながらグスタフも口を開く。援軍を止めていたのはきっと騎士団長の仕業だろう。
(ホントはオバちゃんが凄いんだけどなぁ)
まぁ、戦いぶりを見ていないのだからグスタフが分からないのも無理はない。
「半年と言っても、人喰いドラゴンの時に比べればそんなに時間はかかってないぞ」
「あの時は生贄のフリをする必要があったからでしょう」
あのドラゴンステーキのあった村か。村の名前よりも先に、肉に目を輝かせるオバちゃんの顔が思い浮かんだ。
確か火山の噴火に合わせてドラゴンに生贄を差し出すんだったっけ。
生贄のフリでドラゴンを油断させて倒す、よくあるイベントだ。だが逆に考えれば火山が噴火しなければドラゴンを倒せない。自然と足留めを食うことになる。
これまで旅行気分で来たオバちゃんとの旅路。5年もかかった事にも納得がいく。
その後もグスタフとマリアンヌは取り止めのない愚痴や雑談を続けた。
街の人たちの前では言いづらい事もあったのだろう。でも焦っていたクラストを気遣う意味合いの方が大きかった。
だが当のクラストは何やら紙を見ながら神妙な顔で黙っている。
「なぁクラスト、焦るのも分かるが急ぎすぎも良くないって事だ」
痺れを切らしたグスタフの言葉にクラストはやっと顔を上げた。どうやら自分の名前が出て反応したようだ。
「あぁそうだな。気をつけるよ」
「さっきから何を熱心に見ていまして……これは地図?」
マリアンヌはクラストの手元を覗き込んだ。
別段驚くような物では無い、普通の地図だ。オバちゃんが持っていた物とさほど変わらない。違いがあるとすれば、北方の街や村には×印がつけられている。
「この×はなんですの?」
クラストにしては珍しく眉間に皺を寄せた。どうやらこれが悩みのタネらしい。
「出発前にノザリスの兵士に確認したんだ。
この×のついた村はもう存在しない、魔物に滅ぼされた所だ」
努めて冷静に話すクラストの言葉に、2人は愕然として顔を見合わせる。僕も2人と同じ気持ちだ。
「この先はもう、まともな休息や食事には期待出来ない」
「そんな…」
「ふむ。周辺の村を制圧する時間稼ぎだったわけだ」
動揺するマリアンヌとは違ってグスタフは冷静だった。流石は兄貴分なだけのことはある。
クラストの肩に手を置いてグスタフは続けた。
「気持ちは分かる。だがな、強行軍で行っても体がもたんぞ。肝心な時に息切れしては元も子もないだろう」
いつもは暑苦しい笑顔もこういう時は頼もしく思えた。
しかし、すぐに頬を引き締める。
「それに相手は魔物、コチラの事情なんぞ御構い無しだ」
グスタフは背中の聖剣を抜いて構えた。この数日の間にかなり使いこなせるようになったようだ。
(え? えっ)
「くるぞ!」
グスタフが叫ぶよりも早くクラスト達も臨戦態勢に入っていた。マリアンヌは杖を、クラストは左右に長さの違う剣を装備している。
気がついて無かったのは僕だけだった。
犬の唸り声が聞こえてくると、茂みの中から魔物が姿を現した。
犬、いや狼か。目が炎の様に赤くて、口元からはホントに炎が溢れている。ヘルハウンドだ。雑魚とは言えスピードが早い上に火の息で全体攻撃をしてくる難敵。
そのヘルハウンドが全部で7体、勇者達を取り囲んでいる。
「グスタフのいう通りだな。悩んでいても仕方ない。蹴散らすぞマリー」
「肩慣らしには丁度いいですわね」
囲まれているのに勇者達は涼しい顔だ。僕はたまらず不安になった。
(えっちょっと大丈夫なの? みんな魔人の騎士にボロボロだったじゃん)
息を吸い込みブレスの体勢に入る。そも一体に狙いをつけると、クラストは刃を交差させて突っ込んだ。




