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19 バイバイ オバちゃん

「ぐっ!うぐぐぐぐ」


 クラストとの再会から何度目かの朝。今日も歯を食いしばる声から一日が始まる。


 声の主は他でも無い「ファイナル オブ クエスト」の主人公。剣聖の勇者、クラストのものだ。

 彼の両手には簡素な装飾の施された両手剣が握られている。もちろん僕、関口健太=ガヴリールの事だ。こう言うとハーフの人の名前っぽい。


 怪我から復帰後、彼は聖剣を振り続けている。だが連日の鍛錬は思うような成果を挙げてはいない。

 別にオバちゃんが筋肉ゴリラというわけではないが、やはり剣を扱えるのは彼女しか居ないのが現状だった。


 剣を引き抜いた人以外は重さを感じる仕様は、勇者クラストも例外では無かったようだ。


 だがクラストは諦めなかった。オバちゃんの期待に応えるべく、朝から訓練に励んでいる。

 しかし、剣聖の勇者といえど持ち上げるだけでやっとだった。


 そんな勇者の傍には、旅の仲間である慈愛の聖女マリアンヌが居た。


「まだ聖剣は扱えるようにはなれませんの?」


 慈愛の聖女という割には辛辣な言葉が飛び出す。悪意があるわけではない。この喋りは、僕もゲームをプレイしている時から気になっていた。


 無理をしない速度で何度か素振りを繰り返す。そして息を切らせながら、聖剣を地面に置いた。


「キャロラインさんには悪いけど、ここまで重いと戦いには使えないな。最悪、持ち上げただけで腰を痛めるかもしれない」


 額の汗を手の甲で拭いながらクラストが言った。その言葉に僕はショックを受ける。だってそうだろう、本来の持ち主であるクラストが使えないのだ。

 仕方の無い事と理解していても、自分が何に為に来たのか分からなくなってしまう。


「おうい、今日も聖剣の訓練か。精が出るなぁ」


 耳に届くだけで、汗の匂いを思い出す。そんな男の声だった。鉄壁の豪傑グスタフだ。

 何時もなら壁の補修作業が始まる時間だ。だが今日は道具を持っていなかった。


「やぁ。おはようグスタフ」


「今日もこれから石積みと壁塗りですの?」


 マリアンヌの質問にグスタフはガハハと笑って答えた。只でさえ細い目が益々線に見える。


「お前たちに伝える事があったんだが。

 なんだぁクラスト、そのへっぴり腰は。剣の勇者は踊りの才能もあるのかぁ」


「朝から言ってくれるじゃないかグスタフ」


「ハッハッハ。お前も武器の手入れと同じぐらい、カラダを鍛えたらどうだ?」


 自分で言うだけあってグスタフの二の腕は逞しく太い。今も朝日を浴びて輝いている。

 良く言えば健康的な力じまん、悪く言えば筋肉ゴリラ。

 さらに色黒で細目で角刈りと実に分かり易いのは外見だ。ジャージでも来ていたら、よくいる体育教師キャラにしか見えない。


 とは言え彼は裏表がなく面倒見の良い性格だ。僕はむしろ頼もしく感じていた。

 ゲームでも鉄壁の二つ名よろしく、HPの減った仲間をよく庇ってもらっていた。


「こうも重いとへっぴり腰にもなってしまうさ」


「ふむ、貸してみろ」


 グスタフは深く腰を深く落とした。地面に置かれた剣身と柄に指をかける。膝の傾きに意識を集中し、歯を食いしばった。


「フンッ」


 気合いを入れた一息。脚、腰、背中の筋肉に最高のバランスで力が加えられる。そのままの勢いでグスタフは頭上に聖剣を掲げた。その顔は実に誇らしげだ。


 って、重量上げじゃん。テレビで見たことあるよコレ。流石にその発想は無かった。


「凄い、流石だなグスタフ」


 クラストは素直に感心して手を叩きながら賞賛した。ここ数日一緒にいて分かったが、彼は生真面目で礼儀正しい。

 その反面素直すぎるところが僕から見ても時々心配になる。


「いつまでバカな事をしているのですか?」


 この茶番を見ていたマリアンヌが冷ややかにに言った。


 この3人はこういう所でもバランスが取れているな。今更ながら感心してしまう。


「グスタフは何か用事があって来たのでしょう?クラストも適当に褒めて調子づかせない」


「おお、そうだった。つい忘れるところだった」


 大口を開けて笑っているが、嘘つくな。絶対忘れてただろ。


「どうだいガヴリールの調子は?」


 グスタフが来たのと同じ方向から今度はオバちゃんが顔を出した。

 いつものと同じロングスカートにエプロンの姿だが、今日は背中に荷物を背負っている。


「おはようございます。キャロラインさん」


「その格好…もしかしてこれから出立されますの?」


「ケガした人も大方元気になったからね、良い機会だと思ったのさ。旦那も心配してるし、私は都に帰るよ。

 そしたらグスタフが見送りたいから2人を呼んで来るって…」


 マリアンヌはジト目で隣を見たが、グスタフはガハハと笑うばかりだ


「そうですのね。寂しくなりますわ」


「あの魔人の騎士相手に鬼神の如き活躍だったと聞いています。時間があれば稽古をつけてもらいたいぐらいですよ」


「何度も言うけどアタシが戦えたのは聖剣のお陰だよ。それにいつまでもオバちゃんみたいな大人が出張ってちゃイケナイのよ。道を拓くのはいつだって若者だよ」


 グッと親指を立ててオバちゃんは笑った。その仕草は異世界でも共通なのか。


「まったくその通り」


 グスタフは掲げた聖剣でしばらく素振りをしていたが、ドカッと肩に担いだ。同じ仕草で親指を立てオバちゃんに応える。


「聖剣は確かに受け取った。中々の重さだがいつか使いこなしてやるぜ。

 だからオバちゃんも安心して都に帰りな」


 え……お前が持つの?


「そうかい? 期待してるよー」


「斧も壊れたと聞いてたし、グスタフが良ければ使ってくれ」


「まぁ、筋肉ゴリラにはお似合いじゃなくて」


 え……なんか皆んな好感触じゃない?

 クラストの反応がアッサリしてたのが地味に1番ダメージ大きかったよ。ねぇ?


 しかし今までオバちゃんの他にガヴリールを振る事が出来たのはグスタフだけだ。悔しいけどこれは事実だ。

 お荷物扱いされるよりは、ずっとずっとマシ。


「じゃあアタシはそろそろ行くよ。クラスト君もグスタフもマリーちゃんもケンタも身体には気をつけてね」


(オバちゃん……)


「呼んでくれたらいつでも助けに行くからね」


 そう言って手を振るとオバちゃんは街を出て行った。


「誰だ、ケンタって?」


 3人は顔を見合わせて不思議な顔をしている。

 僕は構わず眺め続けた。オバちゃんの姿が地平線に消えるまで、眺め続けていた。

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