第6話「間に合わなかった」
授業の内容は、ほとんど頭に入ってこなかった。
黒板に書かれていく文字も、
ノートを取る音も、
全部が遠く感じる。
斜め前の、廊下側の席が空いたままだった。
翔太は戻ってこない。
少し離れているはずなのに、
その空白だけがやけに目についた。
それなのに。
誰も、何も言わない。
先生はそのまま授業を続けているし、
周りのやつらも普通にノートを取っている。
まるで、最初からそこに誰もいなかったみたいに。
――おかしいだろ。
その感覚だけが、頭の中に残る。
『ここから動くな』
机の中のスマホを思い出す。
あの一文が、
何度も浮かんでは消える。
でも。
本当に、このままでいいのか。
時間の感覚がおかしくなっていた。
まだそんなに経っていないはずなのに、
やけに長く感じる。
気づけば、何度もその席を見ていた。
戻ってこない。
やっぱり、おかしい。
そのまま、手を挙げていた。
「すいません、トイレ行っていいですか」
自分でも驚くくらい、
普通の声が出た。
先生が一瞬だけ顔を上げる。
ほんのわずかに間があった。
「……早くしろよ」
短くそう言われて、立ち上がった。
教室を出る。
ドアを閉めた瞬間、
さっきまでの音が遠くなった。
廊下は静かだった。
足音だけが響く。
そのまま、トイレへ向かう。
胸の奥がざわついていた。
理由は、わかっている。
――遅れた。
そんな気がしていた。
トイレのドアを押す。
中に入る。
誰もいなかった。
一瞬、思考が止まる。
個室の扉は全部開いている。
誰もいない。
でも。
一つだけ、音がしていた。
蛇口から、水が流れ続けている。
その音だけが、やけに大きく響いていた。
「……翔太?」
声を出す。
返事はない。
ゆっくりと中へ進む。
その時。
足元に、何かが当たった。
見下ろす。
スマホだった。
見覚えのあるケース。
翔太のものだった。
心臓が大きく鳴る。
しゃがんで、それを拾い上げる。
画面はついたままだった。
そこに表示されていたのは――
『もう終わった』
意味が、理解できなかった。
いや。
理解したくなかった。
その時。
ポケットの中で、スマホが震えた。
反射的に取り出す。
画面を見る。
そこにあったのは、
『だから動くなと言った』
息が止まる。
視界が揺れる。
でも。
頭の中だけが、妙に静かだった。
――間に合わなかった。
そう思った。




