第67話 最後の言葉②
試合会場に入ると、既に颯が居た。
颯は白い小袖に藍色の袴を身につけており、腰に差された2本の刀には、ともに若草色の柄糸が使われている。
今回の模擬戦では、模造刀の指定はない。刃引きされて刃がないものであれば、学校の備品でもいいし、持参したものでも良いということだった。メインの打刀だけではなく、場を盛り上げる装飾品としての脇差も許されてはいるが、試合での武器としての使用は許可されていない。
(俺は邪魔になるので脇差は用意しなかったが……カッコつけの颯らしいな)
会場を見渡すと、来賓席には颯の父親がいた。
(……よし!!)
父親がいてくれてこそ、わざわざここを舞台にした甲斐があるってもんだ。
「颯くん、がんばれーっ!! 月見里、まけろーっ」
会場は颯コールで溢れかえっていた。
(まるでシュプレヒコールだ。俺の母校なのにアウェイ感が半端ない)
これでは、衆人環視を受けているのは俺の方ではないか。負けたら、引きこもりニートに直行したくなりそう……。
1人くらいは俺の味方は……。
「蒼空クンがんばって!!」
んっ?
聞いたことのある声だ。
声の方を向くと、彩葉だった。まだ退院はできていないと思うが、応援に来てくれたらしい。
(これは負けられないな)
颯は俺に気づくと、ニヤッとした。
何か企んでいるのだろうか。
会場が静まると、大和笛による演奏が始まった。演目は奉納神楽で、厳かな雰囲気の中、颯と2人で、ゆらりとした舞を披露する。
斉藤の話では、颯は剣道五段らしい。五段をとるには、通常10年程度かかる。つまり、颯は子供の頃から、かなり本気で剣道をしていたということになる。
そんな颯に、剣道で勝てるわけがない。
であれば……と、俺は剣術を中心に訓練した。
……神楽が終わると試合が始まった。
颯は、そろりと利き足を前して、刀を身体の前で構えた。剣先を俺の左目の少し下辺りに向け、身体を正中線……正面に向けている。
中段の構えか。
さすが有段者だ。隙がない。
それに対して、俺は身体を横にすると、右逆手で柄の内側を、左手で柄の外側を持った。両手をクロスし刃先を相手の目の少し下に向けて。刃は上に、刀をほぼ水平にする……上段……霞の構えだ。
これは、面、胴、小手をすべて隠す構えで、剣道では三所隠しという反則になる。だが、剣術にはそんな縛りはない。少しでも、颯が不慣れな型で戦いたい。
颯は、俺の刀をチラリと見た。
俺の刀……居合刀は刀身に刃紋が入っているものを用意した。模造刀なので、もちろん刃はないが、普段、竹刀で稽古をしている颯にとっては、刃紋の存在は、心理的圧迫になるハズだ。
俺は一足踏み出せば刀が届く距離で、ゆらりと時計回りに移動した。
全ての意識を、颯の右足に集中する。
(颯は俺を見下しているし、来賓席にいる父親の前で情けない試合はできないはずだ。勝ち気な颯は、必ず初撃を打ってくる)
一瞬の静寂の後、颯の右足がピクッと動く。つま先が僅かに右に向いた。
(颯の初撃は、右抜けの面だ)
颯が踏み込んだ。
刀を振り下ろされる。
同時に、俺は反時計回りに、跳ねるように反歩踏み出した。正中線をずらし、刀で左に流すように颯の刀撃をいなす。
低い金属音がして、火花が散った。
剣術と剣道が対峙したとき、どちらが強いか。それは、昔から幾度となく繰り返されている議論だ。
多くの者は、剣道だと言う。
だが、俺はそうは思わない。
剣術は、初手で相手を殺すことを目指した殺人術だ。だから、どれだけ素早く、どれだけ正確な刃筋で振り抜くかが重要で……そのため、型が重視される。
真剣で行う殺し合いに、二の次の守りは意味をなさない。つまり、真剣での短期決戦であれば、圧倒的に剣術が強い。これが俺の考えだ。
……。
俺は、右に抜けようとする颯の力を利用して、袈裟斬りの型で右上から斜めに刀を振り下ろした。
颯は反射神経がいい。
咄嗟に身体を右に引いて避けた。
俺の刀が大きく空を切る。
颯の口角が上がった。
俺がバランスを崩すと思ったのだろう。
だが、剣術の強さは、返しの刀にある。
俺は、振り下ろす力を利用して左手の柄を押し出すようにひねると、そのままさっきとは逆の軌道で左下から右上に斬り上げた。
颯はすぐに下段で構え、俺の刀を弾こうとした。しかし、ガキンという音がして、颯の刀身が砕けた。
颯は知らないのだ。
日本刀の重さも、剣を振り抜く強さも。
颯は「クソが」というと、すぐに打刀を捨て、脇差に右手をかけた。
俺は審判を見た。
本来なら、ここでストップするべきだ。
しかし、颯が脇差を使うことなど想定していなかったのだろう。審判は分かりやすくオロオロしていた。
(審判も学生だ……止めてはくれないか)
これでは、自力で対処するしかない。
脇差は刀身が短い分、最短の軌道で斬撃が飛んでくる。しかも、俺は今、懐に入られている。圧倒的に颯が有利な状況だ。
(脇差の攻撃がくる。下段で構えないと)
しかし、逆袈裟で振り切った刀身が慣性で右上に引っ張られる。切先を下に向けられない、
颯が右手で脇差の柄を握ると、ギラリと刃紋が見えた。
(くそっ、受けていては間に合わない)
とはいえ、身体をひけば、次の攻撃ができなくなる。
いまさっき俺は、実戦では剣術の方が強いと言った。しかし、それはあくまで、真剣かつ短期決戦であればの話だ。戦いが長引けば、引き出しの多い颯に負ける。
だから、速攻で決めなければならない。
もとより長期戦など考えていない。
(どうせ模造刀だ。一撃受けて、斬り捨てるか)
観客席が、にわかにざわついた。
スリリングに見えるのだろうか。
「蒼空クン。受けちゃダメっ。よけて!!」
喧騒の中、一際鮮明に聞こえたそれは、彩葉の声だった。
彩葉は勘がいい。
トラック事故の時も、直前に予見していた。
(危険)
俺の潜在意識がシグナルを出す。
俺は咄嗟に飛び退いた。
すると、颯の脇差が俺の右横腹のあたりを掠めた。
右横腹に冷たい感触があって、一瞬遅れて痛みを感じた。右脇腹を見ると小袖が切れていた。
(真剣?)
背中がゾクッとした。
颯の口元が緩んでいる。
颯は、模擬戦に真剣を持ち込んだのか?
だとしたら、悠長に避けている場合ではない。
(やらなければ、やられる!!)
俺は、再び刀を横にして切先を相手の目に向けた。
さっきよりも柄を上げ、刃先を下げる。
もっと鋭利に。切先に意識を集中しろ。
そして、左手を柄の外側に添えた。
上段の霞の構えだ。
霞の構えは刀が高い位置にくるので、中下段の突きに弱い。
(颯が狙うのは、きっと胴への突きだ)
だが、この体勢なら、俺の切先が先に届く。
颯の踏み込みに合わせ、颯の両目を左一文字で切り裂けば、居合刀でも十分な殺傷力がある。……それで勝負は終わりだ。
『霞の構え』……相手の目を封じることに特化したこの構えは、相手の目を切り裂き視界を奪う霞斬りが名前の由来らしい。
俺は横一文字に、切先を左から右へ引いた。
刃が颯の右目尻に触れる寸前。
「ボク、旦那さまにはカッコよく勝ってほしいんだ」
ふと、小春の言葉が頭に浮かんだ。
……颯の目を切り裂いて失明させるのは、カッコ良い勝ち方なのか?
俺は誰のためにリベンジしてるんだ?
自分のためか?
いや、もはや違うだろう。
陽葵、珠凛、彩葉。
彼女達の為だ。
樹兄、咲姉。
その期待に応えるためだ。
皆が望む勝ち方。
それはきっと……。
俺は自分の右腕を止めようとした。
しかし、身体が思うように動かない。
——ダメだ。もう刀の勢いを止められない。
……。
「なぁ、ブタ。視線追従って知ってるか? 人間が持つ、無意識に他者の視線を追ってしまう習性で、人が抗えない衝動の一つだ。これが起きる理由には諸説あるが、俺はこれを狩猟時代の本能だと考えている。思考が介在しない分、視線追従は反応が早い。獣に襲われた時に、咄嗟に皆の警戒が集まれば、生存できる可能性があがるからな……」
樹兄の言葉だ。
俺は自分の視線を上に外した。
その刹那、俺は颯と目が合った。
ザンッ。
俺の刀から鋭い金属音が響く。
「うぐぁぁ!!」
颯は両目を押さえ、フラフラと後ずさった。
俺は右上から左下に袈裟斬りで、刀を思いっきり振り下ろした。これは敵の鎖骨と動脈を切り裂き、致命傷を与えるための技だ。
柄を握る右手に鈍い感触があり、颯の左鎖骨が折れたのが分かった。
(後は、颯を押し倒して制圧すれば終わりだ)
俺が左手で颯の胸ぐらを押すと、颯は、右手の脇差を苦し紛れに振った。颯の脇差は真剣だ。触れれば大怪我をしかねない。
だが、しかし。
俺の右腕はチタン入りだ。
俺は右前腕の外側で刃を受け、そのまま右手の刀の切先を、颯の首のすぐ横に突き立てた。
颯は口をパクパクさせた。
「ひゃっ、ひぃぃぃぃ。こ、こ、ころされるぅぅ……ぅ」
腰が抜けてしまって動けないらしい。
颯は死にかけの虫のように、手足をバタバタした。
ジョーッ
颯の腰下の床に水溜りができた。
颯の尿だった。
颯は、数百人の観客の前で失禁したのだ。
「そ、そこまでっ!!」
審判が割り込んできて、今更ながらに、俺と颯を引き離した。
よかった。
どうやら俺は、勝ったらしい。
正直、リベンジの終わりは無感動だった。
陽葵や珠凛が攻撃される心配がなくなったという安堵はあったが……。
命乞いをする颯をみて、俺は『つまらない男』としか思わなかった。もはやコイツは、俺にとって……。俺が成長するための餌でしかなかった。
さて……。
その後は大変だった。先生が一斉にきて、理事長まで来た。俺らの試合の様子はSNSで晒され、颯の失禁は学外にも晒されることになった。
颯は、目が見えないと騒いでいたが、視線追従がうまくいったらしい。俺の刃先は眼球から外れてくれていた。颯の目の下に傷はできたが、視力には問題がなさそうだ。
警察も来たが、颯が真剣を持ち出した経緯や、俺が颯に大怪我をおわせなかったことを重視してくれたらしく、俺は、事情を聞かれただけで解放された。
颯は、俺に刀を突きつけられたのがよほど怖かったのだろう。颯は学校に来なくなった。
その後、警察の捜査により、颯には銃刀法違反や、彩葉と俺がトラックに轢かれた件での殺人未遂の指示、東宮のオッサンの件での未成年女子の斡旋、珠凛の拉致監禁等の多数の問題行動が発覚した。
颯は逮捕され、連日の取り調べを受けることになった。
当然だが、颯は高校は退学になった。
父親から親子の縁も切られたらしい。
樹兄の話では、颯は犯行態様が悪質なため、俺ら2人に対する殺人未遂が認定されれば、未成年であっても、特定少年として実刑になる可能性が高いとのことだった。
櫻狼学園は、当初、颯の悪行についての火消しに躍起になっていたが、今回の件に関連して、彩葉の友達の板垣ひまりの件についても露見した。学園の不誠実な対応が改めて問題視され、連日、マスコミに謝罪している。
きっと、今後、助成金は減らされ、櫻狼学園の指定校推薦は激減するだろう。
颯、学園、学園の奴ら全員……『ざまあねえな』だ。
さてさて、少し先走ってしまったが、試合の後もそれなりに大変だった。
俺が疲労困憊で控室に戻ると、珠凛と陽葵が喧嘩していた。小春と車椅子の彩葉はその様子をジト目で見ている。陽葵は試合のことを聞きつけて、わざわざ来てくれたらしい。
陽葵は俺の顔を見ると、抱きついてきた。
「蒼空クン。わたしのために頑張ってくれたんでしょ?」
「ま、まぁ、そうだけど」
「んっ。やっぱり♡ カッコ良すぎて惚れ直しちゃったよぉ!!」
陽葵の表情は以前より明るかった。
昔の陽葵みたいだ。
颯の存在が大きな枷になっていたのだろう。
ほんと良かった。
それを聞いた珠凛が割って入った。
「ダメェ。蒼空クンはウチのだし!!」
すると、小春からメッセージがきた。
「こんな騒がしいおバカちゃん達は放置して、ボクにしてみない?」
……頭が痛い。
彩葉はそんな俺を見て苦笑している。
彩葉がおいでおいでをするので、耳を近づけると頬にキスされた。
「パパ枠の予約♡」
……とのことだ。
まぁ、なんだ。
うん、何はともあれ……。
色々と決着がついて良かった……のだろう。
椅子に座って4人を眺めていると、珠凛が髪を掻き上げて、俺の顔をのぞきこんだ。
「あれ、蒼空クン? 泣き虫さん?」
「ん、あれ?」
陽葵も彩葉も小春も、俺の方を見て言った。
「「「あー、蒼空クン。ないてるっ」」」
頬に触れると濡れていた。
あれ、本当に泣いてる。
いや、だって。
本当に良かったし。
「4人を見ていたら、なんだかすごくホッとしちゃって」
「ふぅーん。じゃあ、今日は休戦」
そういうと珠凛は俺を抱きしめてくれた。陽葵も彩葉も小春も同じようにしてくれる。
「ちゃーす。おつかれぇ。んじゃあ、焼き肉いこーぜ」
控室のドアが開いて、斉藤と山口が入ってきた。
斉藤は俺の状況を見てニヤニヤした。
「ごめーん。お取り込みだったかな? あら、まぁ。お盛んなのはいいけど、5Pは感心できませんわね。ねぇ、山口の奥様?」
ニヤけ顔の斉藤とは違い、山口は歯ぎしりしている。
「てめぇ、蒼空。マジひくわ。そんなに女がいるなら、小春は返せよ!!」
いやいや、俺はむしろ、シスコン過ぎるアンタに引くんだが……。




