第54話 4人目の獲物③
ドアの隙間から、彩葉の顔が見えた。
「月見里?!」
彩葉は、俺を認識するとほぼ同時に逃げようとした。しかし、ここで逃すつもりはない。
俺は、彩葉の胸ぐらを掴むように左手を伸ばした。すると、彩葉は反射的に俺の左手に右手を乗せて、俺の突き出した手をいなすように身体ごと引いた。
それは、俺の想定通りの動きだった。何千回も反復練習したでたろう合気道の技。小手返しだ。
彩葉は俺を素人だと侮っている。だからこそ、隙がある。予め技が分かっていれば、俺にも対処は可能だ。
俺は、右の逆手で彩葉の手首を掴むと、予め踏み出しておいた右足を軸にして、力任せに彩葉の腕を外側に引いた。すると、俺と彩葉はバランスを崩して、一緒に倒れ込んだ。
その後は、彩葉の胸ぐらを掴んで引きずるとベッドに投げ飛ばした。
彩葉は俺の腕を引き離そうとペタペタ叩いたが、どうってことはない。
俺は彩葉に馬乗りになって、彩葉の頬に思いっきりビンタをかました。すると、彩葉は顔を隠すように両手をあげ、ガラ空きになった身体がビクッと萎縮するのが分かった。
(珠凛の反応によく似ている。これは、虐待を受けたことがある証だ)
俺はベッドの上に立ち、彩葉の髪の毛を掴みあげた。彩葉は両手で自分の髪の毛を掴んで自分の体重を支えようにした。その顔は恐怖と痛みで歪んでいる。俺は、ノーガードのみぞおちの辺りに膝を入れた。
もちろん、骨折させない程度に力は加減したが、彩葉はえずいて、口から唾液を垂らした。
俺は彩葉の耳元に顔を近づけた。
「あぁ?!」
俺は可能な限りの低い声で、威嚇した。
「……許して。ごめんなさい……」
彩葉のそれは消えいるような声だった。
こうなれば、普通の女子と変わらない。
……完全にマウントをとった。
俺は、彩葉の手首と足首を縛り上げた。
すると、彩葉が俺を睨みつけた。
「わたしを騙したの……?」
(へぇ。正気を取り戻したのか。ま、一旦刻まれた恐怖は簡単には消えないがな)
「いや、お前のオヤジさんのことで話があるのは本当だよ」
「じゃあ、さっさと済ませてよ……」
それにしても綺麗な顔だな。
不機嫌そうな顔も美しい。
でも、男嫌いだし。
きっと処女なんだろうな。
「その前に、確認したいことがある」
「なんだよっ!! 離してぇぇぇ!!」
騒いだって助けは来ない。
さぁ、魔女裁判の始まりだ。
彩葉は手足をバタバタさせて暴れた。
暴れる度に、ギシギシとして彩葉の手首が締まっていく。
「お前さ。陽葵の病室に行ったんだって?」
「そう……だけど」
彩葉は俯いた。
どうやら、どう答えるのがベストか伺っているらしい。
「陽葵がどんな目に遭って入院していたのか知ってるよな」
「……」
「どうなんだよ!!」
俺は怒声とともにドンッとテーブルを叩いた。
その音に連動するように、彩葉の身体はビクッとした。
「知ってたけれど、月見里には関係ないでしょ」
(は? この女は何を言っているんだ?)
「関係あるだろ。陽葵は俺の幼馴染なんだし」
彩葉は口を歪めた。
「……お前を苦しめるためだよ。わたしの家族はお前にメチャメチャにされたんだ。家族はバラバラで、わたしは進学だってどうなるか分からない。お前だって、同じくらい苦しめばいいんだっ」
いや、そもそもの原因はお前のオヤジなんだが。俺が手を下さなくてもいずれ破滅したと思うぞ? つか、通報したのは俺じゃないし。
「じゃあ、俺だけに嫌がらせをすれば良かっただろうが」
彩葉は目を逸らした。
「そ、それは。颯が、陽葵を巻き込んだ方が面白いって……」
「あぁ?!」
俺がテーブルをバンバンと叩くと、彩葉の身体が弾けるように縮こまるのが分かった。
「月見里だって陽葵のあの写真みたでしょ。男なんかに股ひらいて、気持ち悪い。あんな女、しねばよか……むぐっ」
俺は彩葉の口を塞ぐと、ドスの効いた声で耳元で囁いた。
「お前……、処女か?」
「……」
「違うならヤッても問題ないか」
すると、彩葉は頷いた。目からは涙が溢れ出ている。怖くて泣いているのか、悔し涙か。ま、どうでもいい。
「……ふぅん」
俺は一言そういうと、彩葉の口に乱雑にガムテープを貼った。
手で口を塞いだのは、最後まで聞くに堪えないと思ったからだ。さっき、あの先を聞いていたら、おれは、この女を殺してしまったかも知れない。
処女か聞いたのは、お遊び……。
単に恐怖を煽るための演出だ。
だが、彩葉のスタンスは分かった。
もう少し良い子かと思ったんだがな。
……残念だよ。
『同情の余地なし』
プランA……極刑に決定だ。




