第六話 休日の過ごし方 Ⅱ
「ん? 二人とも、何の話をしていたんだ?」
「ああ、レグ、おかえり」
聞き込み調査を終えたレグが戻ってきて見たのは、ユーリが今回の任務のボーナスを取り出し、アルに渡した光景だった。
「なんだよ、アルにだけ小遣いか? 普段はほとんど使っていないくせにー」
椅子に腰かけながら頬を膨らませるレグ。
ユーリは相変わらず冗談が通じないようで、少し慌てたように訂正し始めた。
「ま、待ってくれ。ちゃんと話し合って、見合った対価を支払ったばかりなんだ。休日の間、アルに料理とデザートを作ってもらうことになったんだ。今渡したのは、三人分の材料費だ」
「え? 料理とデザート? アルが作るのか?」
焦っていたせいでかなり省かれた説明になってしまったユーリは、咳ばらいを挟んで仕切り直す。
「コホン…アルに、休日をどう過ごすのか聞いてみたんだ。それで、アルはどうやらチーズケーキのレシピを持っていることがわかってな。せっかくだから、日程を決めて三人で食べようと思って、作ってもらえないか依頼してみたんだ。レグ、お前、甘いものは好きだっただろう?」
「え…好き、だけど。マジ? 俺も食べれるの? いつにする? 買い出しも行かなきゃだよな、何を買うのか教えてくれたら俺行くけど!」
レグは嬉しそうに笑みをこぼしながら、興奮気味にそう言った。
「買い出しは必要ないそうだ。それにもうすぐレグの誕生日だろう、それも兼ねているから、準備は俺たちに任せてくれ」
「え? あ、そっか、俺誕生日なんだっけ」
ユーリにそう言われてからふと思い出したレグ。パトレイトに来てから…いや、幼い頃に両親を亡くしてから誕生日をゆっくり過ごしたことなどないし、パトレイトでユーリに出会って、アルとも親交を深めてようやく、誕生日は祝われ、プレゼントをもらう日であることを知った。
せわしなく過ごすパトレイトの日常では、誕生日だろうが敵は容赦なく人を襲うものだ。任務中に誕生日を過ごしたこともあるし、怪我人の治療中に誕生日を迎えたこともあった。
こうして誕生日が休日と重なり、仲間たちとのんびり過ごせるのは、レグにとって人生で初めての体験となる。
「えへへ、それじゃあ楽しみにしてようかな。二人の予定は? 俺いつでもいいよ」
「俺もいつでも構わない。アルの準備が出来次第集まることにしよう。アル、希望の日時はあるか?」
「レグの誕生日に合わせるなら、明後日がいいんじゃないか?」
「ふむ、いい考えだ。レグもそれで構わないか?」
「なんかうれしいなそれ、俺もそれでいい」
大切な仲間とのんびり休日を過ごす、貴重な日。とても大切な一日となるだろうことがレグには想像できたし、今から待ちきれないほど楽しみでならないことだろう。
「そういえば、聞き込みの結果をまだ聞いてなかったな。レグ、何か収穫はあったか?」
「え? あ、すっかり忘れてた。色んな意見が聞けたよ、例えば医務室でよく一緒に働く子だと…」
レグは先輩にも後輩にも、そして同期にも交友関係が広く、パーティのコミュニケーション全般を担当しているほどだ。医務室でも活躍している魔法使いなので、彼に命を救われたという団員も少なくない。故に彼と親しくする者や彼を慕う者は多く、たくさんの情報を持って帰ってくることが可能だった。
街での食べ歩きをしに行く者、装飾品や服を買いに行く者、仲間内でボードゲームをする者、訓練場で身体を鍛える者など十人十色であったとレグは語っていた。
「食べ歩きか…思いつきもしなかったな。それに収集品…少し部屋が殺風景な気もしていたし、これを機に何か掘り出し物でも見つけてみるのもありかもな」
「でしょでしょ? 俺は前からアクセサリーとか興味あったし、何か探しに行こうかな~。アルはどうする?」
「武器か、新しい本をゆっくり見に行くのもありかもなって思った」
「武器? 本はわかるけど、武器はもう万能すぎるのがあるじゃんか」
「…コレクションだよ」
「はは、また意外な趣味を持ってたんだな」
それぞれの部屋に戻る道中、三人は休日をどう過ごすのかという話題で雑談しながら歩いていた。分刻みで忙しい日々を過ごしていた三人からすれば、休日の過ごし方についての話題で盛り上がる日が来るとは予想外であり、また新鮮なものだった。
また、仲間たちの興味のあるものについて新たに知る、いい機会ともなったのだった。
*
「アル! 来たぞ!」
「レグ、来たか」
「あれ、ユーリも早いね」
アルに割り当てられた部屋に、ノックもせずに遠慮なく入ってきたレグを迎えたのは、準備を手伝っていたユーリだった。
殺風景な部屋の中央には三人が座って食事ができるテーブルと椅子が用意されており、上座にはレグのための席がしっかりとセットされていた。
「今日の主役はお前だ、ここに座ってもう少し待っていてくれ」
「え、いいのか? 俺も何か手伝うけど」
「アルの方も、もう少しで終わるとさ。たまにはくつろいでいてくれ」
ユーリはレグに優しく微笑みかけながらそう告げた。レグはお人好しな性格故に、普段から積極的に人助けをする。貴重な休日すら誰かを手伝うことに使うような人だからこそ、ユーリはレグを気遣ってそう声をかけたのだ。
主役を働かせてはならないというのもあり、今回はレグが手を出さなくても済むよう、ユーリはアルと話し合ってレグよりも早めに準備を手伝いに来ていた。
そしてユーリが言った通り、レグが席に着いて間もなくして準備が終わったようで、アルが使っていた部屋の中の調理場から料理が運ばれてくる。
「おお…ん? これ、オムライス?」
見たこともない形をした黄色い物体にケチャップが振りかけられているのだが、卵と思われるものはまるでスカートが靡くような形をしている。
「俺も初めて見る。俺たちが想像するような、普通のオムライスではないな」
「それはドレスオムライスと呼ばれていたものだよ。前はよく見たんだけどな」
そう言いながら姿を現したのは、サラダやスープなどの付け合わせの料理を宙に浮かせながら調理場から出てきたアルだった。宙に浮かんでいた器や食器はまるで生きているかのように定位置に置かれ、あっという間に食卓が出来上がった。
現代では見たこともないほど豪華で色鮮やかで、食欲をそそる匂いがユーリとレグの鼻を楽しませた。
「おかわりもデザートもあるから、遠慮なく言ってくれ」
「び、びっくりした。こんなに食事がテーブルいっぱいに広がって、豪華な食卓は見たことない」
「どれも美味しそうだな。冷めないうちに頂くとしようか。アル、お疲れ様。お前も早く座れ」
「うん」
準備を終えたアルはユーリに言われた通り席に着き、手を合わせて食前の挨拶をする。
「いただきます」
『いただきます』
この「いただきます」の挨拶は、元々は秀亀の文化で、食べ物とあらゆる命に対する感謝と敬意を表するものなのだそうだ。
アルは以前秀亀で過ごしていたことがあるらしく、出会った当初から行っていたこの儀式とも呼べる習慣を見ているうちに、ユーリとレグもその文化に感銘を受けたのもあって、銀月では恒例の習慣となった。
食糧が貴重なこの時代だからこそ、食べるものに恵まれているのは幸せなことであり、全ての生命に感謝するべきであると感じているのだ。
その挨拶をした後、三人はアルの手作りの料理を堪能する。
メインディッシュのオムライスの卵はふわふわしていて、スプーンはするりと入り、柔らかくとろとろした卵とケチャップご飯の相性は良く、口の中で混ざり合う。
「…美味しいな」
「美味しすぎる!! なにこれ!? こんなの食べたことないよ!! サラダの野菜も新鮮でドレッシングもかかっててしかもちゃんと味があるし美味いし、スープも具がいっぱい入ってて食べ応えある! 食べてる!! って感じがする! パンもこれ焼き立て? めちゃくちゃ柔らかいし、この、バター? すごく合うな!」
「スープに漬けて食べても美味いぞ」
興奮気味に感想を言うレグに、ユーリが普段の食べ方と同じく、パンをスープに漬けながら食べる方法を提案してみる。早速試したレグは、キラキラとした目でさらに食事の手を加速させ、無我夢中で食べ始めた。
普段口にしているのは、具が数個程度しか入っていない汁ばかりのスープだったり、ドレッシングではなく塩しかかかっていないしなしなになった野菜のサラダ、パンは硬く味などない。バターやジャムといったものはなく、今日初めてお目にかかった上に存在さえ知らなかった。
元より食事量の多い三人だ。普段の味気ない食事でも、肉を多く食べたりするなどして補うしかなかったのだが、肉というのはどうしても飽きやすいものであり、どんなに工夫しても食事はあくまで生命維持のための作業でしかなかった。
食堂で食べるときは調味料などを使用して調理されていることが多いものの、それでも貴重な調味料が少し使われている程度だった。
しかしこの食卓ではスープに少し肉が入っている程度で、ほとんどが野菜や穀物だ。にもかかわらず、ユーリもレグも食事に動かす手が止まらず、普段の食事とは比べ物にならないほど満足感のある食事となっていたようだ。
「美味しかった~!! アル、すごいレシピと食材を持ってたんだな! 知らなかった」
「…まあ」
食後の珈琲を飲みながら答えるアル。ユーリも満足そうに笑みを浮かべながらも、少し申し訳なさそうに声をかける。
「それにしてもアル、貴重な食材をこんなに使っても良かったのか?」
「構わない。どうせ、一人で食べても仕方がなかった」
それに、アルの持つ貯蓄はこの程度では全く減っていない。できるだけ消費しようと思ってはいるのだが、空間魔術で収納している物体の時間は収納時から取り出すまで一切動かないという特性があるため、いざという時のための保険として取っておく癖ができてしまっていた。
「これを食べた後だと、もういつもの食事には戻れないな。でも、もう満足~…」
「まだデザートが残ってるけど、どうする?」
「あ! 忘れてた! 食べたい!!」
「ちょっと待ってて」
珈琲カップをテーブルに置き、アルは収納魔術を発動する。取り出したのは、異空間に保存していたホールのレアチーズケーキだ。
「うわあ、何だこれ、これがチーズケーキ?」
普段街の店で売られているケーキは既に八等分されたものばかりで、ホールケーキなど見たこともないレグは意外そうにつぶやいた。
「珈琲か紅茶、クッキーとかも合わせて。好きなお茶はあるか?」
「それってミルクティーにしてもらうことってできる? 紅茶は何があるかわかんないし任せる」
「ユーリは?」
「俺は…苦めのものだと助かる」
アルはポッドを取り出し、湯を沸かし始めた。魔力保有量の多いアルが水属性の魔力で生み出した水を沸かしているため、最高峰の水で煮だしたお茶を飲めるということだ。
水というのは、そこに含まれる魔力が多ければ多いほど美味しいものだ。自然豊かな土地を流れる綺麗な水ほど、魔力が多く含まれているため美味しいのだが、アルが生み出す水は自然由来の水よりもはるかに高い魔力が含まれている。
質の良い水で入れられたお茶や珈琲は、当然それだけでも美味く仕上がる。
ユーリもレグも、アルが淹れるお茶がどれだけ美味しいかはこれまで過ごしてきた日々の中でよく知っている。慣れた手つきでチーズケーキを切り分けてから二人分の茶を淹れ、そして自分の分も用意した。
「いただきます!」
レグはさっそく、アルの作ったレアチーズケーキを口に運んだ。甘くて滑らかな口触りで、タルトもサクサクしている。これまで食べてきたどのケーキよりも美味しく、癖になる甘さだ。
「え、これ、すごく滑らかだ。すっごく美味しい」
「確かに。これは、癖になるな…」
この時代で使われている砂糖は主に黒糖やきび砂糖など、サトウキビから作られる砂糖が主流だ。それでも、協力者や魔物が多く農作物を育てたり、輸送や保存をするのは容易ではないためかなり値も張る。
技術が廃れてしまい質のいい砂糖も作ることができず、使用量も限られてしまう現代ではここまで滑らかで甘さがしっかりとしたケーキを食べることなどできないだろう。
アルが元より持っている料理と菓子作りの腕ももちろんあるが、そもそも使用している食材の質から違う。ユーリとレグには、普段食べているものとアルの作った料理の差は、その程度しかわからなかった。
「レグ、残りは全部やるよ」
「え? …これ全部?」
「うん」
まだ半分以上残っているレアチーズケーキを、アルはあっさりレグに渡す。
残りはアルが保存するものだと思っていたレグは、豆鉄砲を食らった鳩のような顔になってしまう。
「全部食べていいぞ」
「え、え? いいのか? でもちょっと申し訳ねえよ…あっじゃあせめてあと一切れずつみんなで食べよう」
「ふふ、俺はもう満足だ。二人で食べてくれ」
アルのせっかくの好意を無下にできなかったレグは遠慮なくいただくことにしたが、それでも貴重な甘味を独り占めにするのはさすがに申し訳なかったため、もう一切れずつみんなで分けようと提案した。
しかしユーリは甘いものが得意というわけでもなかったため、一切れで満足だと断った。
「ならユーリの分はアルに。…アル、今日はありがとう。すっごく美味しかった」
「…そうか」
「ユーリもありがとう。今日は最高の誕生日だ」
「それなら良かった」
アルにケーキを二切れ差し出し、レグは嬉しそうに笑みを浮かべながらそう言った。こうして三人で食卓を囲み、のんびり話しながら食事とデザートを堪能するのは初めてのことだった。
それぞれにお茶のおかわりを用意し、レグが差し出してくれた二切れのチーズケーキを食べるアルの表情は、いつもよりも柔らかかったように感じるユーリとレグだった。
ユーリが計画し、アルが手料理を用意してくれたこの休日の誕生日は、レグにとって人生で最高の日だったと断言できるものとなっただろう。
どれだけ食べても飽きることのない、甘いケーキを食べながら、レグは仲間と過ごす休日を満喫するのだった。




