ハッピーエンド
結局、私の弟のテオは“恋人”の方を選んだようだった。
悔しそうにフィルを見ながら、
「姉さんとは別の部屋だ」
「いや、同じ部屋だ。代わりにそのジルを、同じ部屋にしてもいいぞ」
「……」
悔しそうに呻くテオ。
恋人と一緒の部屋、といった言葉に誘惑されているようだ。
だが私としては、
「フィルと一緒の部屋で私、眠るの?」
「そうだな、また今回みたいに攫われると困るし」
「で、でも私、一応は魔法が使えるよ?」
「でもあの小屋にはられている程度の魔法封じで魔法が使えなくなっていなかったか?」
そう言われてしまえば私は黙るしかない。
確かにあの程度で封じられる魔力しかない。
と考えていた私はそこである事に気付いた。
「あの、私の部屋、ベッドが一つしかないのですが」
「一緒に寝ればいいじゃないか」
フィルが微笑みそう告げる。
確かに私のベッドは四人くらい余裕で眠れる大きさではあったけれど、でも男同士と言っても……と悩んでいるとそこでテオが私達に近づき、
「ベッドまで姉さんと同じにしてたまるか」
「では俺に何処で寝ろと?」
「床」
舌を指さし、短く告げるテオ。
それにフィルが、
「別に、勝手にもぐりこむからいい。それに俺はメリーを愛しているから、メリーの嫌がることはしない」
「だが、信用できない。……こうなったら姉さん」
そこでテオが私の方を見て、
「僕と、ジルも兄さんの部屋でしばらく過ごすから。こんな、姉さんみたいな抜けている人間の横に猛獣みたいな男を置いておけるか」
「テオも一緒の部屋なんだ。ジルも。それならみんなでゲームして遊べそうだね」
それはそれで友達とお泊りみたいで楽しそうだと私は思ったのだが、その答えにテオは、
「……不安だ」
そう小さく呟いたのだった。
こうしてお泊り会になった私達。
事情を説明するも、渋々ながら両親は許可してくれた。
そして現在私の部屋で、私とフィルは隣同士に座っていて、
「うにゃぁ……」
「相変わらず頭を撫ぜるとメリーは幸せそうだ。俺の所に“嫁”に来たら毎日可愛がるぞ」
「う、うにゃ、うう……それも、良い、かも……にゃ」
肩を寄せるように抱きしめられて頭を撫でられて、酷く心地がいい。
以前よりもフィルが近く感じる。
もう少し一緒に居たい、とか、昔もこんなことがあったような、靄のかかった記憶の中でそう思う。
フィルだから、一緒に居られるなら“嫁”でも……。
助けてくれたから好き、というのもあるけれど何だかあの時以来何か、フィルが凄く近く感じるのだ。
懐かしいような一緒に居たいような。
不思議な気持ちに囚われた私は、もう少しフィルの事が知れればな、と思っているとそこで、開いた窓からすうっと風を切るように紙飛行機が飛んでくる。
「メリー、いいか?」
「うん」
そう言って私はフィルから離れた。
この屋敷に来て、フィルは何か指示を出したりしている。
私の傍に居ながらだ。
この前のように私が攫われないかを警戒しているらしい。
そのおかげで弟のテオには、いつも私の傍にいると怒られているが。
ちなみに、テオはフィルの実力を見てやるといって決闘を申し込んでいたが、簡単に倒されてしまった。
その時知ったのは、テオは本気のジルよりも強いらしい。
そのため、ここしばらくジルと一緒に打倒フィルを目指して訓練をしているらしい。
「私ももっと強くなるように頑張った方がいいかな?」
「だったら俺と練習するか?」
「いいの?」
「もちろん」
とフィルが言うので、私は、フィルに戦う練習の相手をしてもらうことになったのだった。
こうして私は、フィルに戦闘の訓練をしてもらう事になったのだけれど、現在私は魔法攻撃を一回して簡単に打ち破られ、地面にというか練習用の石畳の場所で、うつ伏せの状態でくみし抱かれていた。
後ろから抱きしめられるこの状態。
フィルの体温をそばで感じて、妙にドキドキしているとそこで、
「ふわぁっ」
「メリーは耳が感じやすいよな、ほらっ」
そう言って、フィルが私の耳を舐めてくる。
熱くてしめった感触、ザラリとしたその舌で舐めあげられて、体が震えて変な声が出てしまう。
「や、やめてよぅ」
「でもこうやって倒されてくみし抱かれたら、こう言う目にあうかもしれないぞ? だからこれも“訓練”なんだ」
そう言って首筋に私はキスされてしまう。
それだけでも私は感じて動けなくなってしまう。
これって本当に訓練なんだろうかと私が必死になって我慢していると、
「……姉さんにこんな所で何をしているんだ」
テオの声がした。すると、
「邪魔が入ったな。別にお前達を見ていたテオが訓練をして欲しいというから俺は手伝っただけだ」
「だが姉さんは顔を赤らめていた気がするが」
「メリーは可愛いからそういった目に合うかもしれないからな。今のうちに体験させておいた」
「……やはりお前は今のうちに倒しておかなければならないようだ」
テオがそう告げて、同時に私からフィルが離れていく。
私はと言うとしばらく感じさせられてその場を動けずにいたのだが、大きな爆音が聞こえると同時に誰かが倒れる音がしたのだった。
その爆音は、テオが負けてしまった音らしい。
相変わらずフィルは強いと思っているとそこで、
「大丈夫か? メリー。まだ動けなくなっているとは思わなかった」
「だって、フィルに触られるとすごく感じるし」
「俺だと?」
「うん、手を出されかけた時、凄く気持ちが悪かったけれどフィルに触られるのはその、感じるというか……」
そう答えると、再び私はお姫様抱っこ状態にされる。
なんでと思っていると、
「動けないようにさせてしまったのは俺だからな。ベッドにまで連れて行ってやるよ」
との事だった。
フィルは優しいなと思いながらもこう抱き上げられるとフィルの体温が近くに感じる。
そういえばテオはどうしたんだろうと思っていると、ジルに抱きしめられるように癒しの魔法をかけてもらっていた。
二人の仲が親密になっている気がしたので、それ以上は私は何も言わなかったのだった。
こうしてまた数日が過ぎる。
夜は、フィル、私、ジル、テオの四人で同じベッドに寝る状態で、他にはカードゲームやボードゲームをして勝負を競ったりしていた。
テオ自身も段々に……勝利しないといけない壁のようなものにフィルを認識しているようだが、それでもある意味で“信頼”のようなものがあるらしい。
そして私はと言うと、妙に最近フィルのスキンシップが激しい気がする。
私自身は嫌ではないというかもしや慣れてきている?
そう、フィルの膝の上で抱きしめられながら頭を撫でられていた私は気づいた。と、
「どうしたんだ?」
「え、えっと、フィルのスキンシップに私が疑問を持たなくなってきている」
「それの何が悪いんだ? おれ、メリーを“嫁”にしたいくらい好きだし」
そう言われてしまえばそんな気もしてきて、私は段々分からなくなってくる。
私、流されているだけで本当にフィルが好きなのだろうか?
怖い疑問が浮かんできて、でも私は言い出せなくてそのままになってしまう。
その夜の出来事だった。
私は言われた言葉を反芻した。
「何処かに遊びに?」
「ああ、一通り周りにいる敵は倒したから、もうほぼ安全だから大丈夫かと」
「そうなの? これでもうフィルは怪我したりしないのかな?」
「メリーはまずは自分の心配をするべきだろう? 俺がここにいるのもそういった理由だからな」
「……理由が無くなったらフィルともう一緒に入られなくなるのかな?」
つい自然と零れてしまった言葉。
私もそうだけれどフィルも驚いたようだった。
そして優し気に微笑んで私を抱きしめる。
「一人、危険な魔法使いがいるからな。ほら、この前メリーが捕まった小屋、そこにかけられた魔法封じの力が会っただろう? あれを仕掛けた魔法使いだ」
そういえば私の魔法が全く使えなくなった。
あれをできる魔法使いがまだ野放しであるらしい。そうすると、
「まだしばらくここに居られる?」
「時々だが……それよりも、メリーが俺の“嫁”に来ればいいよ」
「……私、本当にきちんと、フィルが好きなのかな?」
「どうしてそう思った?」
「流されているだけなんじゃないかと思って。でも私はそれだけだと嫌」
「それは、どうして?」
「それは……」
フィルと問答していて、私は気づく。
どうして私が流されているだけなのでは、と不安に思ったのか。
それは私が、本当にフィルを好きになりかけているからだったのだ。
気づいてしまえば、私の中では納得できる答えだった。
そこで部屋にジルが入ってきて、
「フィル様、緊急にお伝えしたいことがあるそうですよ、今門の前で待っています」
「……分かった」
去ろうとするフィルに私は、声をかけた。
「あの、フィル、後で、ここで伝えたいことがあります。私の口から」
「……分かった」
何を言おうとしているのか分かったらしいフィルが微笑み、去っていく。
けれど、その約束は果たされなかったのだった。
またも私は攫われてしまった。
だが今回はジルと一緒なので、私だけがチョロイというわけではない、と思う。
ただ今回違うと思ったのは、一人の魔法使い風の男がいたことだ。
魔法使いと言っても筋肉質で、とてもではないが腕力ではかないそうにはない。
そこで彼は嗤った。
「これがあの、今まで散々煮え湯を飲まされたフィルの下僕と恋人か。なかなか可愛いじゃないか」
品定めでもするメリーように私達を見る彼。
気色が悪い、以外の感情はもたなかったのだけれどそこで、別の誰かがやって来た。
「準備が整いました」
「そうか、これであの化け物王子をようやく抹殺できるな。おっと、これは……まあいい。大した問題ではないな。お前達、この二人が逃げ出さないよう見張っておけ」
そう告げて彼らは私達から離れていく。
後にはここに残されたのは私達だけれど、
「この前と同じ状況。しかし、もしもの時を考えて私なりに方法を考えたのです」
と私が言うと、ジルが、
「あ、私、脱出用の道具持っています」
「……」
「というわけで今回は私が頑張りますね」
そう言ってジルが二本の工具を取り出して、木の壁に穴をあけていく。
手際がいいのはいいのだが、私の出番は……と思いつつ、その穴から私とジルは抜け出す。
周りはうっそうと茂る草。
すぐそばは森になっている。
その黒々とした森から、何かが飛び出てくる。
赤い瞳のそれは、魔物のようだった。
襲われれば声が出てしまう。だから私はそっと呟いて、
「静かにしていてほしんい」
「……」
「ありがとう」
そう言って私達はその場を後にする。そこでジルが、
「魔物に好かれる能力、意外な所で役に立ちました。助かります」
「うん、私だって役に立てるんだ」
嬉しくなってそう答えるとそこで、離れた場所で炎が吹きあがるのと、そして、大きな影を私達は目撃したのだった。
炎の傍には巨大な影があった。
私の身長の数倍というような大きな生き物で、ザラリとしたトカゲのような皮膚を持つ怪物がいる。
本でしか見たことはないが、敵として現れたなら危険な魔物である“ドラゴン”だ。
だがその前に倒れている魔法使いの様相を見ると、最後の力を振り絞った、といった所なのだろうか。
けれどそれよりも私が気になったのは、
「フィルとテオが怪我してる!」
ドラゴンと対峙している、という事実よりもそちらの方が気になる、急いで駆け寄る。
ジルがテオの怪我の治療をするというので私はフィルの方へ。
けれどそこでフィルが、
「来るな、ドラゴンは強い魔物だ!」
「でも私は魔物に好かれる能力があるから。それで何とかしてみるよ! ……えっと、ドラゴンさんにお願いします。大人しくして私達を攻撃しないように!」
特殊能力の力を使う。
こんな巨大で凶悪なドラゴンに私は、この力を使えるのかどうかは私には分からなかった。
と、そのドラゴンがグウェア、と鳴く。
同時に、体がどんどん縮んで膝くらいの大きさになり、
「え、え?」
「グウェア」
私の傍にやってきて、足にするすると体をこすりつける。
どうやら愛情表現のようだ。と、
「子供のドラゴンだったのか。あいつら、こんなものまで持ち出して……しかも俺にけしかけて殺そうとするとはな」
「! あ、フィル、まず治療をするから見せて」
声をかけ手フィルの腕を治療する。
そこに、ジルが治療を終えたテオと共にやってきて、
「王子だのなんだの言っていたが、どういうことだ?」
そう、フィルに問いかけたのだった。
王子。
そういえばそこに倒れている魔法使いもそんな事を言っていた気がする。
そして乙女ゲームの世界では確かカモミールは、そういえば、
「……竜の守護する国“ルディア”?」
その国の隠れた姫であったはずだ。
けれどゲーム内で彼女に兄弟がいるかは言及されていなかったので私には分からない。
そこでフィルが私に、
「記憶が戻ったのか?」
「ごめん、それとは違うけれど、そちらかなって思う事があって」
「そうなのか。残念だな」
「それで、フィルは王子様、かな?」
私が問いかけるとフィルは頷いて、
「そう、俺は王子だ。今度国を継ぐことになっている、な。だからその関係で刺客が送られてきたが、今倒したこの魔法使いでおそらくは敵は全部倒したことになる。それに、今回はこの魔法使いが俺の国の守護竜を持ちだした事になるからな。王と共にあるこの小さな竜は俺と共に歩む者だったのに魔法をかけて殺そうとしてくるとはな」
「そうだったんだ。でも随分懐いているような気がする、私に」
「卵から生まれたてのドラゴンの時も、そういえばこのドラゴンはメリーに懐いていたな。妃の資格として申し分ないと、あの時も言われていたな」
「言われていた? 何の話?」
「昔一緒に居た時の出来事だ。この時も運命を感じたよ。そして今も、魔物に好かれる能力で俺を救って、守護たる竜に懐かれている。俺は、メリーが好きだ。それが一番強い気持ちだから、その……俺の嫁に来て欲しい」
そう告げたフィルに私は、それは今言う事なのかなと思ったけれど私は、フィルが好きだと自覚していたから、頷いたのだった。
それから、またも連れ去られた説明や、両親へのフィルの身分の説明などが行われた。
また、私とフィルの婚約の話も。
両親は驚いていたが特に反対はなかった。
ただ、テオは、最後まで反対していたが、
「ジルとメリーを交換だ。好きにしていいぞ」
などと言うフィルの挑発によって戦闘力で決めることになり、再びフィルに敗北していた。
とはいう物の、フィル自身を幾らかは信頼はしているらしい。
お姉ちゃんだから私は分かるんだ!
こうして私はフィルの花嫁になることになったのだが。
現在ここはフィルの屋敷である。
これからフィルの国に向かう事になっていたのだが、そこで私は気になったことを聞いてみた。
「私の記憶、どうなっているんだろう?」
「何がだ?」
「昔あっているんだよね? その時の事……もう、王子だって隠しているわけじゃないんだから、思い出させてくれてもいいんじゃないかなと思って」
「……そうだな」
そう言ってフィルは誰かを呼ぶ。
丁度来ていたのだと言って紹介されたのは、フィルの国の宮廷魔法使いの一人であるらしい。
彼の力によって、鍵をかけられた記憶が呼び覚まされる。
あふれるようにフィルとの懐かしくも忘れたくない記憶が、私の中に満ちる。
涙がこぼれてきて、そのままフィルに抱きついた。
「私、私……」
「何だ?」
「フィルが、好き」
「うん」
「大好き」
「うん」
「だから、また会えて、よかった」
「うん。そしてこれからはずっと一緒だ」
そう言ってフィルは私を抱きしめてくる。
記憶を消される絶望感。
それまでも私は思い出していた。
幼い頃であったフィルと私はとても仲良しで、幼心で恋をしていた。
それは初恋だった。
たまに妹のふりをして現れてみたけれど、私はすぐに分かった。
私だけは間違えないとフィルは喜んでいて、よくそう言ったドレスを着て現れたり、逆に男性の服で二人が現れることもあった。
ただカモミールとはそこまで仲がいいわけではなく、私をからかうのだけが楽しみですぐに帰ってしまった。
だから私はいつもフィルと一緒で、これからも一緒に居たくてお嫁さんになると答えた。
けれど、またこの場所では危険が迫って来たとの事で別れ、覚えていなければ巻き込まれないだろうと私は記憶を封じられる。でも。
「また会いに来るから。その時はまた一緒に……いや、“花嫁”にするから、覚悟しろよ」
「……うん」
涙目で私はあの時頷いた。
でもそう考えると、
「なんですぐに花嫁にしようとしなかったのかな? 特殊能力を目覚めさせるお手伝いをしたりとか」
「仕方がないだろう。メリーが、俺を忘れたメリーが俺以外の誰かと“幸せ”かもしれないじゃないか」
「そう、なんだ」
「でも再びであったら逃がせないと思ったな。他に恋人がいたら寝取ってやろうとも思ったし」
「……ここは恋人がいなくて喜ぶべき?」
「そうだろうな。無理やりにでも奪いたくなったし」
「……私の気持ちも考えてよ」
「考えてあげただろう。逃がすつもりがなかっただけで」
そんな回答がきて私はもうこれ以上話していても仕方がないと思う。
私はフィルが好きで、フィルも私が好きで、これ以上に無い幸福な結末なのだから。
だから、これ以上は私は欲張らないと決めて、
「もういい。この結末が大好きだから深く考えない」
「そうしてもらえた方が嬉しいな。それに考える事はこれから幾つもあるぞ。まずはあの小さな守護竜の名前からかな」
といって、それからどんな名前にしようかといった話をして。
他にも色々あったけれど挙式はフィルが王様に即位してからといった話になって。
そうしたらカモミールが私の婚約破棄した王子と結ばれて挙式を上げるのが先になり、会いに行ったり。
そうしたら今度は私の弟のテオが公爵家を継いで、ジルと結ばれたり。
私達が一番最後になってしまったけれど、その分皆に祝福されるようなものに出来たのは良かったと思う。
守護竜も、私達にとてもよくなついていて、挙式の時も城の周辺を飛びながら花の入った加護を持って飛び回り、花弁の雨を散らしてくれた。
敵対していた人たちもどうにか抑え込み、フィルはなんだかんだでうまくやっている。
すべてがハッピーエンドにつながっていたこの結末は、私にとって心地の良いもので、この平穏で穏やかな日々は、まだしばらくは続いていきそうだったのだった。




