80 槍使いのご不満1
ベルナレク王国王太子ヘリックとの面談は思っていたとおり、下らないものだった。
(あんなとこで時間を無駄にしてらんない)
レアンはスポイル城を出て、再び北部の最前線を目指す。いつもどおり、アブレベントの頭に乗っている。領主であるはずのハロルド伯爵が見送ろうとしてくれるも、振り切ってやった。
(何も役に立たないんだもんね)
領主でありながら、無能なヘリック王太子に何も出来ておらず、ただオロオロしていただけの姿をレアンは思い返す。
だが、離れてしまえば、もう気にするべきものでもなかった。
(さて、と。あれはどうしたものかしらね)
アブレベントの上に立って、レアンは思案する。多数の足が地面を叩く音が轟く。慣れてくると聞いていて却って落ち着いてくるのだった。
オオムカデの後ろを馬車がついてくる。場違いなほどに豪奢な装飾が施されており、中には偽聖女メイヴェル・モラントが乗せられているものだ。
「意外と、おとなしいのよねぇ」
レアンは呟く。ヘリック王太子の指示により、自分たちの立てた手柄を貰い受けるべく、さらに北へ運ばれることになったメイヴェルなのだが。
ヘリック王太子から話を受けるときもすんなりと受け入れていた。
「散々、文句を言うもんだって思ってたけど」
アブレベントの足音からしても、うるさいはずなのだが、苦情を言っても来ない。
だから当座の問題であるのは、メイヴェル・モラント本人ではなかった。任務自体の難しさである。
(どうやって、表向きの手柄を持って帰らせようかしらねぇ)
レアンは握り拳を作って、顎に当てて更に思考へ没頭する。
自分はカドリではない。だから取れる選択肢もそう多くはないのだ。アレックスも同様であり、実際に表に立って戦う人間である。
(目立つところに立たせて、見えないところから、魔術をぶっ放すぐらいしか思いつかないわねぇ)
思い、レアンはため息をつくのだった。
他にも問題がある。
「なんで私があんな女のために、なんで私があんな女のために、なんで私があんな女のために、なんで私があんな女のために」
アブレベントの尻尾では呪か何かのように、アレックスがブツブツと呟き続けていた。
「それ、怖いから止めて」
笑ってレアンはたしなめる。
兜越しにアレックスが睨みつけてきた。実際は兜の前面が自分の方を向いただけである。中で相当、恨みがましい顔をしていることだろう。分かりやすいのだ。
「あんたもよ、分かるんだからね」
更にレアンはアブレベントにも告げる。
今回ばかりはアブレベントも共感出来るのか。アレックスを尻尾から振り下ろそうとも、食べようともしない。
意思の波動が伝わってきていて、メイヴェルが自身の足音や巨体について、文句を言おうものなら、馬車ごと弾き飛ばすつもりでいるのだった。
「あんたらねぇ」
レアンは苦笑いとともに切り出した。
「これからあの女を、見事な聖女に仕立てあげなくちゃいけないのよ?アレックスはあの女の護衛ってことにするし、アブレベントはあの女の使い魔?みたいなことにするのよ?頼むから2人とも良い子にしてくれる?」
レアンは自らの考えというよりも、今後、そうするしかないであろう予定を2人に披露する。メイヴェル・モラントの存在にいちいち腹を立てている場合ではない。
「大体、アレックスはともかく、なんであんたまで、メイヴェル・モラントを嫌うのよ」
実のところ、レアンにも分かってはいるのだが。
見た目によらずアブレベントは賢い。カドリの貰うべき評価をメイヴェル・モラントに持っていかれているということも分かっている。だから、王太子の話をきっちり聞いていて、腹を立てているのだ。
「お願いだから、私を助けると思って、あの女も助けてやってちょうだい」
レアンは懇願するのだった。カドリ不在である状態で王太子と揉めるわけにはいかない。
「絶対に、嫌です」
だが、頑是ない槍使いが断言した。
今更ながらの悪あがきである。余っ程、嫌は嫌なのだろう。だが、兜の内側で実はベソをかいていたとしてもだめだ。
アブレベントからも実に不満げな意思の波動が、改めて寄せられてくる。
「2人とも分かってるでしょ?今は不在だけど、カドリ様って政治的には超保守主義じゃない?何食わぬ顔で同じ事するし、させるわよ?」
レアンとしては、もともと王家に対しては何の思い入れもないが、一方で直接の恨みもない。
(強いて言えば、この事態を招いていることへの呆れがあるくらい?多分、この国の大半の人が思っているのと同じ程度なんでしょうけど?)
この3人の中では、自分が一番中立的で冷静だ、とレアンは自認している。だから、王家を尊重しているカドリの意思を体現するのもこの中では自分しかいないのだった。
だから、したくもない仲裁のようなことを言う羽目になっているのだが。
(ほーんと、損で面倒な役回りだけど、カドリ様を思うとやるしかないかってなるのよねぇ)
思い、レアンは改めてため息をつくのであった。




