79 王太子の依頼2
(ともあれ、実際にはメイヴェルしかいない。だからまた手柄を立てさせてやらなくてはならん。その名代とかいう女どももカドリの代わりというなら、私の言う事を聞くだろう)
ヘリックは腕組みして1人、自らの考えに頷く。
王家や自分に忠実なカドリが期待を裏切ったことなど一度もない。名代を残しているのも、きっと有事に際してヘリックの要望に応えさせるためだ。
ふと、ドアをノックする音が響いた。
「ヘリック王太子殿下、ムカデの女王レアン嬢が参上致しました」
ハロルド伯爵の声だ。
爵位こそ有するものの、特筆すべきもののない、冴えない男である。領土が未だ生きているのも、本人の才覚ではなく、カドリのおかげだった。
(居城すら、管理できない男だからな)
棚の埃を見やって、ヘリックは鼻を鳴らすのだった。
「遅いっ!いつまでも待たせおって、貴様のところの領民だろう?私の指示すら聞かせられないのか?」
ヘリックは苛立つ気持ちそのままに、ハロルドを怒鳴りつけてやった。
自分も暇ではないのだ。
「た、大変、申し訳ありませんっ」
ハロルドが小汚いハンカチで汗を拭きながら、応接室に入ってきた。
恐縮している様子だが、どう見ても一人だ。
(こやつ、まさか虚偽の報告を、この私に、王太子たる私にしたのではあるまいな)
ヘリックは愚かなるハロルドを睨みつける。隣にいるメイヴェルが面白がってクスリと笑みをこぼす。
やはり、どう見ても一人だ。
「で、どこにいるんだ?そのムカデの女王とやらは?貴様、使いも満足に出来ないのか?」
声を低くして、ヘリックはどすを効かせる。場合によっては処刑ものの不敬罪だ。
「そ、それは」
ハロルドが自分越しに窓を見やる。
窓の外にでもいるというのか。本来なら、来客をもてなすための、見晴らしの良い部屋だ。ゆえに高さもあり3階建てである。人の立てる場所もない。
「なんだというんだ、窓か?」
ヘリックは釣られて窓の方を見て、固まった。
「あらぁ」
メイヴェルが呑気に声を上げた。
オオムカデが自分を睨みつけている。
(ここはそれなりに高さがあるはずだぞ?)
どれだけ巨大なムカデなのだろうか。ヘリックは眼球と思しきオオムカデの部位と見つめ合う格好となった。
「すいません、ヘリック王太子殿下。このとおり、相方が巨大で部屋に入れませんから、窓の外から失礼します」
涼しげな声がさらに上から降ってきた。若い女の声だ。
オオムカデが少し頭を下げる。頭の上に黒いローブを身に纏う、色白、黒髪の少女が立っていた。一見して魔術師だが、散々にメイヴェルと笑った醜女とは程遠い。
(ふむ、平民にしては)
ヘリックはオオムカデの頭から、開け放たれた窓の中へと踏み入ってきた少女を吟味する。
小柄でまだ10代後半だろうか。
「へぇ、可愛いじゃない」
メイヴェルも薄笑いのまま称するくらいだった。
「貴様が?」
オオムカデに圧倒されつつ、ヘリックはかすれた声で尋ねる。
ハロルドも自身の領民だというのに、圧倒されている様子だ。
「申し遅れました。カドリ様の名代でレアン・バートランドと申します。相方がこの通りですので、『ムカデの女王』などとあだ名されております」
ややぎこちないながらも、しっかりと拝礼してレアンが名乗る。平民であることを思えば、なぞらえているだけでも十分だった。
(だがムカデを相方などと呼ぶ。気味の悪い女だ)
ヘリックは窓辺に立ったままのレアンを見て思うのだった。それでも、オオムカデへの嫌悪感をなんとか抑え込む。自分は、この女とオオムカデに頼み事をしなくてはならないのだ。
「私が多忙な中、こんな辺境を訪れたのは他でもない。カドリの代役である君に依頼をしなくてはならん」
ヘリックはソファに座ったまま、威厳を滲ませてレアンに告げる。
若い平民の女など、自分に声をかけられるだけでも本来は有り難いと思わなくてはならない。
だが、恐縮するどころか、レアンの黒い瞳が面白がるように光を放った。
「それは、既に務めているつもりですが、カドリ様には及ばないまでも。ただ、私たちがいなかったら、この辺りもとっくに魔物だらけでしょうね」
余裕たっぷりにレアンが応じる。
(それは、ハロルドが無能なだけだ)
平民に助けられねば領地を維持できないハロルドの無能を、自分に言うのは筋が違う。
ヘリックは無能な伯爵を睨みつける。
「不十分だ。次に大物を仕留める時にはメイヴェルも同道させる」
つまり、表にメイヴェルを立たせて、自身の功績を献上せよということだ。
(カドリならいちいち説明せずとも察する)
また、レアンが面白がるように自分とメイヴェルとを見比べる。
「それは、カドリ様のご意向ですか?」
レアンが訊き返してくる。
なんとなく生意気で腹の立つ所作だが、オオムカデが睨んでくるので、ヘリックもどうすることも出来ない。
「あぁ、そうだ」
直接、話をしたわけではないが、カドリならば拒むわけもない。
重々しくヘリックは頷いた。
「では、分かりました。ご希望に添えるかと思います」
意外にも、レアンが素直に了承する。
「あくまで、カドリ様のご意向であれば、ですが」
やはり不敬にもレアンが釘を差してくる。
「この国の王太子は、つまり未来の国王は私だ。カドリも私には忠誠を誓っている」
ヘリックはレアンを見据えて告げる。
「私たちの主はカドリ様です。私が殿下に助力を致すのは、カドリ様の意向であれば、です」
笑ってレアンも言い返してくる。
馬鹿にするような笑顔に、かっとなるヘリックだったが、怒鳴りつけるわけにもいかない。
そして、怒鳴らなくて良かったと思う。
「だからアレックス、今のところは本当にやめておきなさいよ。立場をわきまえなさい」
思わぬ言葉だった。
カーテンが風でめくれた、と思った時には、顔まで黒い兜で隠した槍使いが立っていたからだ。
「うわっ」
兜越しに睨まれている気がして、ヘリックは思わず声を上げた。
「殿下のおっしゃるとおり、私たちは少し、カドリ様を慕いすぎているのかもしれませんね」
笑ってレアンが言う。
自分はそんなことを言っただろうか。
「そこのアレックスなど、カドリ様以外の人からの言う事など、まるで耳に入らないんですから」
レアンが告げるも微動だにしない、アレックスに加えてオオムカデが怖すぎるのである。
正直、一刻も早く目の前から消えて欲しい。
「分かった、もういいっ!せいぜいカドリのようにこの国を支えてみせろ」
ヘリックは吐き捨ててレアンたちを辞去させるのであった。




