62 カドリ不在下の2人 1
アレックスは緑色の風を纏う犬型の魔物を、槍で仕留めた。風を纏って並の兵士の攻撃などは防いでしまう。
(カドリ殿の強化は健在)
アレックスの突きが力任せに風の防壁を突き破ったのであった。
(そして、また魔物の属性が変わった)
アレックスはここ数日の戦闘を経て気付いていた。
風を纏った魔物ばかりが襲ってくることに。
「あーあ、カドリ様って本当にすごいのねぇ」
レアンの声が上の方から降ってくる。
アブレベントの頭に立っているのだ。そのアブレベントが頭をもたげているので、レアンのいる位置も高いのだった。
「私達を強化したまま、自分もなにか、どこかで仕事をしてるんでしょ。どれだけの魔力を持っているのかしら」
レアンがさらに言う。黒いローブ姿の美少女だが、黒い煙でくすんで見える。
「ええ、本当に」
アレックスは自らの槍や腕にもまとわりついている黒い煙を見て、相槌を打った。
「今もどこかで、私達のために歌ってくれているのかもしれません」
無敵に近い能力とも思えるのだが、遠隔で強化するのには、何か制約があるのかもしれない。
だが、アレックスとレアンについては、カドリ不在であっても、いたときとほぼ変わらずに力を発揮できているのだった。
「私の魔力も同じ。どこからか、魔力が注ぎ込まれているのよね」
レアンがアブレベントに頭を下ろさせて、自らも地に降り立った。なぜだかレアンとアブレベントの組み合わせはあまりにしっくりくるのである。
時折、比較的大型の魔物がいると、強烈な氷の魔力を放って手を貸してくれる。
「悪いわね、ちっこくてすばしっこいのは、あんたに任せきりにしちゃって」
レアンが肩をすくめて告げる。思わぬ殊勝な態度なのであった。
「いいんです」
不意をつかれたような気持ちにさせられて、アレックスは一言を返すのがやっとだった。
頭上の空をサグリヤンマが旋回している。敵を見つけるといち早く報せてくれるのだった。
「アブレベントも小回りが利かないしさ。本当に助かるわ。あんたも一緒で本当に良かった」
レアンが更に手放しで労ってくれる。
自分を睨もうとしたアブレベントを手で制してくれるおまけつきだ。
「優しいんですね。カドリ殿がいないと」
アレックスも思ったままを率直に告げるのだった。
ハロルド伯爵の私兵達も各地で戦いを続けているらしい。ズカイラーを仕留めたというのに、厳しい戦況のままなのだ。
(カドリ殿だけじゃなくて、フォリア様もいてくだされば)
アレックスはなんとなく魔窟のある北方を見やって思う。
(ううん。それこそお二人が力を合わせられる、そんな国だったなら)
自分の人生も、ベルナレク王国の情勢もまったく違ったものになっていたはずだ。
「私たち、カドリ様の寵愛を取り合う仲だけどさ。本人がいないんじゃ、揉めてたってしょうがないじゃないの」
ニタっと笑ってレアンが言うので、アレックスも我に返る。
「別に取り合ってるとか、そんなんじゃないです」
アレックスは我ながら子供っぽい返しをしてしまう。こういうやり取りをする相手など、自分の人生には皆無だった。
だが、『寵愛』という言い方も感じが悪い。いかにも媚びている風ではないか。
「あっそ、そんなこと言うんなら、私が掻っ攫っちゃうんだから。あんたは其の辺で独りぼっちになって、吠え面かいてたら?」
レアンが情け容赦なく言い放つ。
「それは嫌です。駄目です」
あまりの言い草にアレックスはムッとして応じる。
レアンがニヤニヤと笑っていた。余裕なのである。口論では自分より圧倒的に強い。
「ね。素直になりなさいな。とりあえず、今はカドリ様もいないんだから休戦。意味のないことはしないでおきましょう」
思うところはあれ、レアンの方から歩み寄ろうとしてくれてはいるのであった。
「分かりました。私も喧嘩ばっかりしたいんじゃないです」
渋々とアレックスは頷いた。
「仲良くしましょ。そのかわり、カドリ様が戻られたら、徹底的にやってやるんだから」
一体、何をするつもりなのか。鼻息荒く、レアンが宣言する。
勢いそのままに、アブレベントの方を向く。
「あんたね、いくら何でもそれは無理。諦めなさいよ。ちょっと奇抜過ぎるわよ」
右手人差し指を突きつけて、レアンがアブレベントに食ってかかる。
アレックスにはさっぱり言っている意味が分からない。
「あのぅ、何が」
おずおずと問いかける。レアンの方はともかく、アブレベントには自分を怒って追っかけ回すことも多いので、怖いのだ。
「あぁ、アブレベントも恋敵として、名乗りを上げて、参戦したいんですって。悪いけど、あんたはちょっと、カドリ様より大き過ぎるわよ。潰れちゃうって」
レアンが苦笑いして告げる。
両手で長さを示して、カドリの体長とアブレベントの体長とを比較していた。そういう問題ではない気がする。
「そもそも人間とムカデじゃ」
アレックスも思わず口を挟んでしまう。
「あ、お馬鹿」
レアンが指摘しようとしてくれるも遅かった。
キシキシと軋む音がする。いちいち確認しなくとも、さすがに鈍感なアレックスでもすぐに察せられた。
自分はアブレベントを怒らせてしまったのだ。
「な、なんでっ!」
振り下ろされる脚を掻い潜って、アレックスは逃げる。体の大きさの話は良くて、種族の話は駄目らしい。
「馬鹿ねぇ、乙女心にそういう下らない茶々を入れるからよ」
呆れた口調のレアンに告げられるのだった。
「た、助けてくださいっ!」
襲ってくる魔物よりも怖い味方に、アレックスは悲鳴を上げるのであった。