63 カドリ不在下の2人 2
なんとかアブレベントから逃げ切ったアレックスはレアンとともに身を寄せている宿へと帰る。長期滞在の料金を支払ってあった。寝食の面倒を見てもらっている。
2人が宿泊しているのは2階の大部屋だ。いつも朝、戦いに出ては帰って来る毎日である。帰って来るといつもきれいな部屋が待っていた。幸せなことである。
「あんたねぇ、同胞にはもっと敬意を払いなさいな。こういうところで、安眠してられるのも、アブレベントやサグリヤンマが見張ってくれてるからなのよ?」
例のごとく寝坊したアレックスは、レアンに叱られてしまった。
(こんな、しっかりしてたんだ)
アレックスはぐうの音も出ない。
カドリがいなくなるや、自分より遥かに常識人で真面目なのだ。
「面目次第もありません」
素直にアレックスは頭を下げる。
現に昨日はアブレベントを怒らせ、今朝も安眠した挙げ句に寝坊しているのだから。
ぐううっとお腹が鳴った。
「お腹が空きました」
心細くなって、アレックスは申告する。
きっと寝坊したから、朝ご飯も無しなのだ。もう片付けられてしまっていることだろう。お世話になる最初の日から、食事の時間はちゃんと伝えられている。
「あんたには恥じらいってもんはないの?全くもう」
レアンが心底呆れ返っている。ため息もつかれた。
「ちゃんと、宿の人に言って、取っといてもらってるわよ。私に感謝して食堂で食べてきなさいな」
思わぬ優しい言葉にアレックスは目を見張る。
『仲良くしよう』というレアンの言葉は嘘ではなかった。
「ありがとうございますっ!」
アレックスは感謝の言葉を叫び、食堂に駆け込むと用意されていた食事に齧り付く。
パンやスープだが、魔物との戦いで各地の生産も厳しいのだ。有り難い食糧である。
食べ始めてしばらくすると、馬蹄の音が聞こえてきた。
「レアン様っ!アレックス様っ!カドリ様の代理のお二人はいらっしゃいますかっ!」
野太い声でハロルド伯爵の騎馬隊の隊長ヘイドンが呼びかけてくる。一度、カドリによる心理操作を受けてからずっと、未だにカドリへの心酔が続いていた。
(あの人は苦手)
アレックスは『様』呼びされるのが嫌で、食堂での食事を継続する。きっとレアンが応対して上手くあしらってくれるはずだ。
「何よ、騒がしい。ヘイドンッ!直接、この宿屋には来るなって言ったでしょ!」
偉そうに2階の窓からレアンが怒鳴り返している。
(つい最近まで、レアンさんには上官みたいな立場の人だったんじゃ)
パンを齧りつつアレックスは思うのだった。お腹が空いているので。やはり食事が一番なので。我関せずである。
「申し訳ありませんっ!本日も他所の戦線から持て余した魔物が押し寄せておりますっ!宜しくお願いしますっ!」
まるでたじろぐことなくヘイドンも騎乗のまま返事をしている。1魔術師に過ぎないレアンが自分に対してぞんざいなことに、まるで疑問が無いらしい。
「そりゃ、魔物はいくらでもやっつけてやるわよ。カドリ様に宜しく言われてるんだからさ」
レアンが言い返すのをアレックスは食事を急ぎつつ耳に入れていた。
「アブレベントッ!」
さらにレアンの呼びかけに応じて、地面が震動した。村を囲う柵より外で、アブレベントが姿をあらわしたのだろう。
「おおっ!アブレベント様っ!今日もなんと立派な甲殻ですかっ!お美しいっ!」
カドリによる心理操作の影響なのか、ヘイドンがアブレベントに美しさを見出しているのだった。
(私には分からないけど)
アレックスとしては近寄りたくもない。酷い時には押し潰そうとしたり、自分を食べようとしてきたりする魔獣なのだ。
「ご馳走様でした」
アレックスはお肉と野菜のスープも平らげ、お弁当代わりに残りのパンを全て服の内ポケットにおさめた。
2階に戻るも既にレアンの姿はない。
慌てて軽鎧を纏い、白と黒の槍2本を手に取ってアレックスも宿を飛び出した。
「遅くなりましたっ!」
アブレベントが巨体なので、レアンの位置もすぐ分かる。村の郊外で2人にアレックスは追いついた。
青いローブ姿のレアンが顔をしかめた。
「あんたねぇ、いつも言ってるけど、現地でも兵糧を分けてもらえるじゃないの。なんで朝ご飯を、ガメてくるのよ」
パンの匂いによって、アレックスはレアンに犯行を見抜かれてしまった。
「あんなの、美味しくないし、全然、足りないんです」
アレックスは不満を申し立てた。そもそも宿の女将さんは当初、毎日お弁当を持たせてくれることを進言してくれていたのだ。勝手にレアンが断ってしまったのである。
「あんた、今は若くて動いてるからいいけど。その調子で食べてると太るわよ」
レアンが本当に嫌なことを指摘してくる。太るならそもそもあまり運動をしないレアンの方だ。だが、言うと世話になっているのに喧嘩となってしまう。
「今、お腹が空いて動けなくなるよりマシです」
アレックスとしては言うにとどめ、きちんと返事をしたつもりなのだが。
レアンからはただ呆れたため息を返されてしまう。
「ところで、カドリ殿はなんでどこかに行ってしまったんでしょう?」
これ以上、落ち度を咎められたくなくて、アレックスは話題をそらした。
「んー、多分、戦力増強じゃない?カドリ様、同胞をかなり失ってるらしいのよ。アブレベントの話だけどね」
上手くいった。レアンが首を傾げて告げる。
「ズカイラーとの戦いじゃ、この私のお陰で犠牲は出なかったけど。ヘングツ砦ってところじゃ大変だったんだって?だから、また同胞を増やしに回ってる、と私は見てるのよ」
胸を張って、レアンが断言する。
「でも、カドリ殿はどうやって、虫や獣を仲間にして言うことを聞かせてるんでしょう?」
アレックスはふと気になって首を傾げる。
「同胞よ、同胞」
耳に冷たい息を、囁きとともに吹きかけられる。
「ひゃん!」
アレックスは思いもよらぬ嫌がらせに奇天烈な声をあげてしまう。
怒ろうにも遅れて、自らがまたアブレベントを怒らせる失言をしたと気付く。
「アブレベントの話じゃ、同胞の魔獣たちはカドリ様の歌に魅了されるんですって。そこから人柄とか諸々にだんだん惹かれていくみたい。つまり、私やあんたと一緒よ」
肩をすくめてレアンが言う。だから、粗相も失礼もいけないのだ。そう言いたいのだろう。
「カドリ様の同胞っていうのはさ、歌声の美しさと、そこにこめられたカドリ様の思いと魔力に共感を見出す者の集まりなのよ」
理解の悪い自分に対して、レアンがさらに説明を重ねてくれた。
「わたしたちと一緒、ですか」
アレックスはなんとなく相槌を打った。
「そ、私もあんたもカドリ様とは縁があって、その行動や考え方に共感しているから一緒にいるの。あんたは違うの?」
淡々とレアンが言う。
魔獣の同胞たちとの意思疎通はレアンの方が上手いのだ。
「違いません」
アレックスは自らの気持ちも見つめて頷く。
だから、カドリが戻るまで国を守ろう。そう、心に決めるのであった。




