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46 ハロルド・ベラルド1

 ハロルド・ベラルド伯爵の居城スバイル、カドリが名を告げると守衛が慌てた様子で城内へと走る。くたびれた様子の初老の守衛だった。

 アレックスは黙ってその背を見送る。

 だが騒がしさとともに引き連れてきたのは、清潔な鎧姿の青年貴族である。

「あれがハロルドさ」

 カドリがそっと教えてくれた。

「カドリッ!よく来てくれたっ!ありがとうっ!」

 カドリの手を無理やり取って、ハロルド・ベラルドが礼を言う。

「一体、何に礼を言っているのかな?」

 カドリが呆れ顔で言う。自分だったら尻を鉄扇で叩かれている。

(あれ、本当に痛いんだから)

 恨めしく思い返し、アレックスはカドリを見つめ、続いてハロルド・ベラルドに視線を移す。

 金髪の線の細い若者だ。身長は自分よりもいくらか高い。整った顔立ちだが、どこか幼さも残る。まだ20歳ぐらいの年齢ではないかとアレックスは思う。

 まだ前線にも出ていないのか、服の上から身につけた鎧が純白のままである。

「なんの。私はただ歌っていただけさ」

 カドリが直立したままハロルドに告げる。

「君のお陰で、なんとか我が領土は首の皮一枚繋がった!ここからなんとか盛り返してみせるよ」

 胸を叩いてハロルドが断言する。

「だから、私などは何もしていない。歌っていたら魔物が消えていたのさ。ここにいる従者が倒してくれていたのだよ」

 平然とカドリが告げる。手柄を全部、自分になすりつけるつもりのようだ。

 ハロルドがちらりと自分を見た。

 つま先から頭の天辺まで、値踏みするような眼差しで落ち着かない。だが、興味を引かなかったらしく、何も言わずにハロルドが視線をカドリに戻す。

「そんなことはない。今までだって、何度も君が私の領土を、領民を魔物から守ってくれた。私も不甲斐ない領主で忸怩たる思いだが」

 あくまでハロルドの感謝が向けられているのはカドリなのだった。

「来てくれた以上は、私のちんけな誇りで民に無駄な犠牲を出したくない。力を貸してくれるんだろう?具体的な話をしたいから入ってくれ」

 カドリの腕を引っ張るようにして、ハロルドが城内へと自分たちを先導して歩き出した。

 槍を持ったまま、アレックスもついていこうとする。従者なのだから、主についていくのは当然だ。

「従者の君はそこにいなさいっ。ここからは全体の戦略を練る場だ。君のような人間が聞いて、他所に戦略を漏らしては大変なことになりかねん」

 鋭い一声を浴びせられて、アレックスは歩を止めてしまう。

(情報漏れって。魔物相手に?)

 馬鹿げた考え方にアレックスは呆れるも、正面切って逆らっていいかも分からない。まごついてしまった。

(私はカドリ殿の従者。カドリ殿の指示に従えばいいだけ)

 確かに1兵卒といわれれば1兵卒で間違いないということもある。

 結局、アレックスは立ち止まり、踵を返そうとした。

「ハロルド」

 カドリがハロルドの手を振り払って足を止めた。薄く笑っているが、どことなくいつになく、冷たいものを感じさせる。

「アレックスはレッドドラゴンを単独でたやすく仕留めるほどの猛者だ。しっかりと戦略意図を理解してもらわなくてはいけない存在だ」

 思いの外、はっきりとカドリがハロルドに告げる。

「そ、そうなのか。す、すまない。では、従者の君もついてきてくれ」

 たじろいだ顔でハロルドが言う。

(でも、そもそもなんで、私は除け者にされかけたんだろう)

 アレックスは首を傾げるのだった。意味のあることとも思えない。それでも黙ってカドリについて歩き出す。

「最近、学んだ本に、上と下と、しっかり分をわきまえるようにするのが、軍隊では大事だ、と書いてあったんだ」

 ハロルドが歩きながら、言い訳をした。

「付け焼き刃の知識などで動くものではない」

 カドリがピシャリとやりこめるのだった。

「君も君だ」

 鉄扇で口元を隠したまま、カドリが自分の方にも顔を向けた。

「重要な戦力であるという自負と自覚をきちんと持ちたまえ」

 ハロルドのせいで自分までカドリに叱られた。自分はカドリには叱られたくないのである。そういう相手に、カドリがなりつつあるのだ。

「すいません」

 ゆえにしゅんと悄気げた気持ちでアレックスはうつむいてしまう。

「そも、どこであれ、私を単独で送り込もうなどと判断してはならない」

 さらに厳しい口調でカドリが続けた。

(どうしよう、かなり怒ってる)

 表情をまるで変えないから、なお怖いのである。アレックスは泣きたくなってしまった。

「クク」

 驚くべきことにハロルドが笑みをこぼす。どうやらアレックスがカドリの不興を買ったことが嬉しいらしい。

(なに、この人)

 当然、アレックスはムッとする。

「カドリ、せっかく来たんだ、姉に。アメルダに会ってくれるだろう?」

 この質問でアレックスはハロルドの態度が理解できた。

(また、こういうこと?)

 なぜだか、オコンネル辺境伯領のマリー・オコンネルをアレックスは思い出していた。可愛らしくて美しい令嬢だったが、自分には対抗心むき出しだったのだ。

 今度は姉がカドリに執心していて、弟が自分を疎んじている。

「それはまた、この国難を無事、乗り切ってからにするよ」

 しかし、自身のことに無頓着なカドリである。

 あっさりとハロルドからの誘いを断るのであった。

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― 新着の感想 ―
女性の嫉妬も恐ろしいですが、男性の嫉妬はもっと恐ろしいです…しかも権力と財力がある場合。 カドリさんがハロルドさんの言葉に釘を刺した事が救いでした。 アレックス、とばっちりで怒られてしまい悲しいですね…
[良い点] ハロルドさん、カドリさんが大好きでアレックスくんに嫉妬していますね。 そうに違いない。 どれだけの人を虜にするのでしょうか?この人は。 読者も虜にしてしまいますし。
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