47 ハロルド・ベラルド2
ハロルド・ベラルドの後に立って、アレックスはカドリとともに、掃き清められた廊下を歩いていく。
(カドリ殿は良い雇い主だけど)
自分とはすぐ雇用関係とはならなかった。しばらくはただの協力者、或いは同行者という立場にとどめてくれている。
慣れる時間を与えたかったのだろう。
(護衛のような役割には、慣れているつもりだったけど)
アレックスはかつての主であるフォリアとはまるで違うカドリの背中を見つめる。
護衛団を連れていたフォリアに対し、カドリは単独で動く雨乞いなのだった。
(でも、カドリ殿だって、たくさんの魔獣を従えているのに)
今も何処かでカドリの同胞である魔獣が自分たちを見つめているのだろうか。なんとなくアレックスも視線を感じるのだった。
「気をつけたまえ。ハロルドは悪い男ではないが、少々ずれている」
歩きながらカドリが告げる。当のハロルドの真後ろなのだが、何やら術を使っているらしく、直接頭に響いてくるのだった。
「特に領民ではない、他所の平民にはああいう態度をとる。妙な距離を作って、それが正しさだと誤解している。私はこんな身分だが、貸しが幾つもあるし、一応、領地持ちだから、問題は少ないのだがね」
カドリの背中は後ろから見ていても微動だにしない。舞うこともあるので、とても姿勢が良いのである。
「はぁ」
アレックスはなんとなく声を発する。
ただのため息とでも思われたのか、ハロルドからはなんの反応もない。
そのまま歩いていくとやがて、ハロルドの執務室に至る。白いレースのカーテンに青い布張りの床だ。
(お洒落なお部屋)
アレックスは部屋に入って、思うのだった。
よく磨かれた木製の机上に、地図が広げられている。北からの矢印が魔物の進行をあらわしているらしい。
(ほとんど、領地の縁まで追い詰められている)
アレックスは一目で気付く。
「恥ずかしいよ。私にはオコンネル辺境伯閣下ほどの軍事の才能がない。民のためにもなんとかしたいと思いながら、逆に押し込まれてしまった」
悔しそうに唇を噛んでハロルドが言う。嘘の感情とも思えない。真面目な人柄ではあるようだ。
「レッサードラゴンにレッドドラゴン、それにフレイムウィングもいた。どうやら今回は炎属性らしい。手強い属性だよ」
カドリが地図を見下ろしたまま告げる。自身の働きで盛り返したはずが、また押し込まれていることをどう思っているのか。
「そのようだ。私の兵士たちからの報告とも一致する」
ハロルドも頷く。
「王都も厳しいよ。聖女メイヴェルの派遣に、税の減免も嘆願したが、一旦は黙殺された。重ねて問い合わせたり、要請したりもしてみたが、すると今度ははっきりと却下だ」
腕組みしたままハロルドが言う。苦労はしているようだが、メイヴェル・モラントを聖女と信じ込んでいることといい、この局面でなぜ税の減免を嘆願したのか。
(確かにちょっとずれてるかも)
アレックスですら思うのだった。
「とりあえず、編成がなった、騎馬隊と魔術師団を北へと送り出した。かなり押し返してくれると期待しているよ」
ハロルドも地図を見下ろして言う。
「近接戦闘の出来ない歩兵に騎馬隊をつけたのか」
ボソリとカドリが呟く。移動速度がかなり違うのではないかとアレックスですら思う。連携は取れるのだろうか。
(メイヴェル・モラントのことだって。あの女は偽物なのは、大概の人はちゃんとわかってるって思ってたのに)
現に信じ込んでしまった人が眼の前にいた。アレックスは思い、端正なハロルドの顔を見る。
だが、カドリの薄ら笑いのような凄みはない。世間慣れしていないような、風貌なのだ。
「とりあえず国の事は国王陛下や王子殿下が考えてくださる。我々は我々の立つべき場所で戦えばいい。非力ではあるが、私も力を貸そう」
カドリが顔を上げた。
(何も、あの方々が考えているわけない。多分、自分たちのことしか)
聖女フォリアの追及を機にアレックスは思うようになっていた。間違えていないと思う。現に何もしてくれていないのだ。
(なんで、カドリ殿はそこだけは分からないの?)
アレックスはむしろ驚いているのであった。
「あぁ、そう、信じるしかないね」
ハロルドもお人好しなのか、ただ頷いていた。
「君の領内をまた回って、少しでも魔物を減らすとしようかな?まずは絶対数を減らすことから始めないとのようだ」
カドリが提案する。どこから手をつけたものか分からないほどなのだ。
アレックスも頷く。
「それも頼みたいが、実は今、ゆっくりと炎の巨人が南下してきているんだ」
ハロルドがひときわ大きな地図上の矢印を示して告げた。まだベラルド伯爵領の北端に差し掛かったところらしい。
「やはり、炎なのか」
嘆息してカドリが言う。
「君のお陰で、押し込まれたとはいえ、兵力だけは結集出来た。だが、我が領土には突出した、剛の者がいない。この巨人をカドリに止めてもらいたいんだ」
ハロルドが当然のように言う。
(逆じゃ、だめなのかな)
アレックスは聞いていて思った。強敵よりも雑魚をたくさん倒すほうが自分は楽だ。
「倒せではなく?」
だが、カドリの疑問は別にあるらしい。
「あぁ、時間を稼いでくれれば、私がなんとしても聖女の出向を取り付けてみせる。ヘリック王子に直訴してでもね」
無駄に力強くハロルドが胸を叩いて宣言してくれた。
(それ、倒せって言ってるのと同じ)
思わずアレックスは心の中で、毒づいていた。
確かに悪い人ではなさそうだし善意も伝わってくるのだが、カドリの言う通り、確かにずれている。
「分かった。すまないね。苦労をかけるよ」
カドリが表情1つ変えずに言う。
頭の中では目まぐるしく炎の巨人とやらを倒す段取りを考えてくれているはずだ。
アレックスはカドリの苦労を知っているだけに、何も言えなくなってしまうのであった。




