41 地上では〜カガミカガチ
レックスとフォリアが地表を目指して階段を上がっている合間にも、バーガンは矢を放ち続けていた。
(俺は誤解されがちだが、実は狙いは正確だ)
数を射つので、適当に乱射しているだけに見えるようだが、敵を見て時には山なりに、時には水平の強射も織り交ぜているのだ。
「ぐあぁっ!」
しかし、大蛇の防御が硬い。前衛がまた2、3人ほど尻尾で薙ぎ払われて悲鳴が上がる。巨体もまた強靭だ。剣で斬りかかっても決定打にはならない。
「シロヘビ様に貴様らっ!何をしているっ!」
更には一部村人がこちらへと食ってかかってくるので、10人ほどの兵士をそちらへの対処に向ける羽目にまでなっている。
だが、ここまで戦い続けてきた成果もあって、鏡のような鱗、その何割かにヒビが入っていた。
「粘れっ!殿下やフォリア殿が、戻って来るまで!敵も傷を負っているぞっ!」
バーガンは矢を放ちながら怒鳴る。
一度、矢筒から矢を掴もうとした手が空振りした。すぐに誰かの矢筒が寄越される。いちいち誰のものかを構う余裕もない。
再び速射を再開した。
人海戦術と自分の物量戦術とでなんとか戦いには、なっている。
(こんなに手強い魔獣は初めてだ)
ブレイダー帝国の北方でバーガンは魔物や魔獣との戦いを経験していた。
今、眼の前にいる大蛇は今までに戦ってきたどんな相手よりも大きい。体長3ペルク(約6メートル)はある。
大きさだけではなく、鱗の内側がすべて筋肉ではないかと思うほどに力も強いのだった。
(だが、それは、最初に迫ってくる時から分かっていたことだ)
バーガンは思い返す。レックスをフォリア救出のため、地下へ送り出すのにも正直、勇気が要った。レックスであれば、あの巨体相手にも遅れを取らないだろう。
そして今、戦ってみて、バーガンはあまりの硬さと強さに後悔し始めていた。部下の負傷も目立ち始めている。
(俺は、この仕事を甘く考えすぎていた)
フォリアの見せた苛立ちや叱責も今となってはよく分かる。自分たちよりも遥かに実戦経験を詰んでいたフォリアには、聞き込みや状況だけで、敵の手ごわさが分かっていたのだ。
レックスとフォリアの保養になればいい、などと考えていた自分が情けない。
(だが、遅ればせながらでも、せめて今、全力を尽くす)
ゆえに若干、腕の限界を超えてなお、全力で矢を放ち続けているのだ。
部下たちも懸命に戦線を維持し続けている。
篝火を焚いて、視界も担保していた。それでも万全の視界ではないということで、部下も敵の巨体を持て余している。
「ぐあぁっ」
とうとう木柵ごと、兵士たちが尻尾の殴打で弾き飛ばされた。木片が夜空を舞う。何人かが吹っ飛んで地面を転がされた。
「あ、あれがシロヘビ様の本性」
デルン村長が呆然として呟く。いつの間にか村の人々も接近している。先のような『シロヘビ様』の信奉者ではない。負傷者などを運搬してくれる協力的な方だ。
「バーガンッ!」
どれだけ戦い続けたのか。ついに待ちに待った声が響く。
「殿下っ!ご無事でしたかっ!」
フォリアの小尻を押して、レックスが穴から這い出てくるところだった。どれだけ下から這い上がってきたのかは知らない。
フォリアが真っ赤な顔でレックスに何事かを告げている。
(良い、役得でしたな)
バーガンは激闘の中でも思わず笑ってしまう。
「地下にも敵がいたよ」
開口一番にレックスがあまりにも当たり前のことを言う。
「私が着いた時には、もうフォリア殿が倒していたけどね」
さらに肩をすくめてレックスが続けるのだった。
(聖女様、わざと捕まったな。恐ろしい人だ)
バーガンはレックスの言葉で勘付き、改めてフォリアへの敬意を深める。
「では、殿下はただ、聖女様のお尻を押しに行っただけですか」
だが口では思わず、そちらを指摘してしまうのだった。レックスが真っ赤な顔で何事かを言い訳していたが、もう耳を傾けてはいられない。
「バーガン殿」
フォリアが近寄ってきた。この戦場で、不似合いなほどに美しい。
(そんなわけないのに、な)
バーガンは戸惑う。ローブなど土汚れが目立つというのに、美しいと思わされるのだ。
「すごいですね、あのカガミカガチがあんなにボロボロになるだなんて」
思いがけずフォリアからたおやかな笑顔を向けられた。
部下たちが死にものぐるいで戦っている。だから言葉を交わす余裕もあるのだが。
「いや、申し訳ありません。あれほど、今回の敵が手強いとは。恥ずかしながら、私は敵を侮っていました。猛省しております」
矢を番えた弓を向けたままバーガンは謝罪する。
「そうですね、あれはカガミカガチという強力な魔獣です。でも」
フォリアが眩いばかりの笑顔を見せた。
「ここまでしていただければ、あとは私が」
フォリアが杖を掲げる。
杖を握る拳から光が溢れ始めた。
(おいおい、これは)
バーガンは思わず手を止めてしまう。
なぜだかカガミカガチがギョッとしたように動きを止めると、踵を返して逃げ出そうとする。
「聖なる力よ。我が敵に裁きの鉄拳を見舞え」
フォリアの放つ光が巨大な拳となって、カガミカガチを飲み込む。
自分の矢を受け続けて、ヒビ割れた鱗では防ぎ切れない。
「やった!」
バーガンはレックスと同時に声を上げる。
中が空洞となった死骸を残して、カガミカガチが消し飛んだところが見えたからだ。
「いえ、逃げられました」
力なく笑ってフォリアが告げる。
「簡単にはいきませんね。あれ、抜け殻です」
肩をすくめてみせるフォリアの顔はまさに戦う人間の顔だった。
「聖女様っ!フォリア様っ!」
しかし、強烈な一撃の威力を目の当たりにして、兵士も村人も喝采をあげ始めていた。
(こりゃ、この人はすげぇな)
自分たちが大勢でかかってもて余していた魔獣を、一撃のもとに撃退したのだ。バーガンも見る目が変わった。
(確かに殿下も惚れ込むわけだ)
本人に聞いたが、レックス皇子が一目惚れしたのは4年前、14歳の時だという。
当時、14歳の少年が、14歳の少女にこれをしているところを見せられれば、一目惚れするのも無理はない。
完全にただ惚れた男の目をしていて、かつ、今回、何も役に立たなかったレックスを見て、バーガンは思うのであった。