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あの熱

 真祖との戦いの後、機関に移送された俺は検査を受け、二週間ぶりに解放されることが決まった。

 体は無事だ。完全な吸血鬼としての回復能力がある。おかげで骨の中までこねくり回されたが。

 自室として充てられた檻を出て、真っ白な個室で機関の軍服デザインな制服に着替え、テーブルに並べられた手荷物を一つずつ手に取る。

 一つだけ見覚えのない手荷物があった。バキバキに割れていたはずのスマホが新しくなっている。


『おつかれさまデース、バン』


 その画面に白兎が映る。


「ノーニャ、久しぶり。本当におつかれさまだよ。あいつら、人を何だと思ってるんだ」


『それを調べる検査デシタ! でもバンは条件付きで人間デース!』


「にしても窮屈な条件じゃないか」


 俺は首に巻かれた首輪に触れる。


 ピーッ


 警告音が画面の向こうから鳴った。


『あっ、触っちゃダメデース! 早く離して! 誰かが来てしまいマース!』


「やれやれ。俺が人間を裏切って吸血鬼側に付くわけないのにさ」


 俺は両手を上げる。

 今までの銀のチョーカーと違って、しばらく触ると俺を監視する機関の吸血鬼ハンターが迎えに来てくれる親切機能付きの代物だ。


『人が人を信用するための手続きデース!』


「これが言葉や経歴の代わりってことか。人扱いしてるとは思えんな」


『それとも檻の中の方が良かったデスカ?』


「……わかったよ。で、エルゼは無事なのか?」


『彼女の検査は終わりマシタ。今は……、おやこれは』


「どうかしたのか?」


『ふふ、大したことじゃないデース! おや、そろそろ面談の時間デスヨ』


 白兎が一人で楽しそうに笑みを浮かべた。何の意味が込められているのかは分からないが、詮索する時間は無さそうだ。

 俺はノーニャとの通信を切り、真っ白な個室を出る。



 ◆



 個室を出た俺はやけに長い廊下(そしてやけに無機質だった)を歩き、面談の場所として指定された部屋の前に到着する。

 次の任務はチームだと聞いた。恐らくその顔合わせってところだろうけど。


「ここで合ってるよな……?」


 久々の機関だ。

 俺の権限では行き来できる部屋は少ないが、どう見繕ってもこの扉の先で面談をするとは思えない。だってこの扉、けっこう豪華で重そうだから。

 一度完全に吸血鬼化した俺に恐怖は無い。しかし、警戒しながら扉を開く。


 ギィ……


 最初に、きらびやかなステンドグラスが目に入った。まぶしい。ガラス越しの日の光で体の力が抜ける。

 次に、そのステンドグラスは聖母マリアを描いたもので、ここが礼拝堂だと分かった。

 そして、礼拝堂には何人もの吸血鬼ハンターたちが腰掛けていて、一斉に俺を見た。黒い瞳の睨む者、青い瞳の目を細める者、黄色い瞳の距離を目測する者、灰色の瞳で一瞥して目を伏せる者。だけど中でも一際目立つのは、赤い瞳で目尻に笑みを浮かべた者だ。


「いつまでもレディを待たせるものじゃあないわ、バン」


 礼拝堂の一番奥の参列者に向かい合う形で鎮座する背もたれが長い椅子を陣取るその少女は、足を組んで顎をクッと上げて俺を下に見る。


「エルゼ」


 無事だったのか。

 というか、吸血鬼ハンターたちに囲まれて、今度は何をやらかしたんだ?

 エルゼは『考える人』の姿勢を取る。


「あー、待って。あんたの考えてることを当てるわ。……肉まん食べたい?」


 頭を上げて俺に指をさした。


「ちげーよ」


「ったく最低ね、このチョーカー。勘が鈍るわ」


 エルゼは忌々しげに首を撫でた。俺と同じ黒い首輪を嵌めている。


 ピピピーッ


 一斉にアラームが鳴った。全員がエルゼに向けて武器を取り出し、各々が戦闘の構えを取った。

 なるほど。こいつら全員エルゼの監視役か。

 エルゼは面倒くさそうな気持ちが顔に出ていた。


「ひゅう、人気者!」


「茶化さないで。けっこう疲れるのよ、これ」


 エルゼは機関の軍服デザインな制服の襟をいじった。

 その行為すらハンターたちの目つきを深くさせる。

 一ヶ月前の俺なら同じようにエルゼをそう見ていただろう。


「ははは。ようこそ、時代錯誤な復讐機関クルセイダーズへ」


「サイアク。でも、そうでなきゃ。もっと早くあんたたちのことを知りたかった」


 エルゼは襟をきちんと閉めた。胸が平たいからパリッと着こなしている。さらに足を組み替えると、そんな動きにもハンターたちは過敏に反応した。その横を俺は悠然と通り過ぎ、エルゼの真向かいに立った。


「これからでも遅くないさ。真祖は無限の命があるそうだから」


「そうね。それももうすぐ終わるけど」


 あいにく俺たちの寿命は長くはない。チョーカーの効果で肉体は人間だから。

 エルゼだって顔色が良い。近くで見れば見るほど整った顔つきだと思える。

 でもそれに対して俺の心は熱を持たない。学園でエルゼを見る度に感じていた高ぶりは偽りの恋愛感情だった。


『プリヴェット、バン! 面談は終わりマシタカー!?』


 ポケットから突然、ノーニャの声がした。スマホの電源とか関係なく話しかけてくる迷惑仕様にバージョンアップしやがったな。まあ、プライバシーはどうなってるんだ、とは言えないな。こんな銃口や剣先を突きつけられた状況じゃ。


「次の任務はチームって聞いてたぞ。チームはエルゼだけ? それとも愉快なお仲間付き?」


『羽鳥エルゼだけデース! Aランク任務、すべての十二血族を追って能力を割り出しマショウ! 真祖を完全に倒すため、同じ能力を持つ直属の配下から情報を得るのデース!』


 今度もまたスパイ活動ってわけか。内容は俺向けではない。だが、目的は俺向けだ。

 それに、と思ってエルゼをじっと観察する。なんだろう、この気持ちは。

 ドキドキ? いや、違う。ワクワクしてる。俺はエルゼと一緒が楽しいんだ。


「ハァ、何よ?」


「む。また心の声が出てしまったか?」


「いいえ、でも分かるわ。そうでしょう?」


 エルゼは座ったまま俺に片方の手を差し出した。

 俺はひざまずいて、エルゼに手を伸ばす。

 やっぱり半吸血鬼。人ほどではないほんのりとした体温が感じられた。


「行こう。真祖を倒し、俺たちは人間に戻るんだ」


 エルゼは立ち上がる。俺の手に手を置いたまま、ぎゅっと握った。

 二人分の温度が混ざり合う。でも36.5度には届かない。

 俺はその手を強く握った。いずれあの熱を取り戻したいと思いながら。

これにて完結です。

お読みいただきありがとうございます。


次回作はもう書き終わってるので、良かったら作者名のところを押してください。

私の作品がすでに投稿されていると思います。

そちらも読んでいただければ嬉しいです。


七夕で盛り上がる仙台にて 2022年8月5日

如何屋サイと

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