22話 『バイト終了後』
ミアが連れ去られて数時間。悠人たち第1班はリハーサルが中止になったため、中央広場でもともと予定していた作業を遂行していた。
付いていったフロックはと言うと、できる限り早く戻ってくるという話をしたらしいが、一向に帰ってくる気配がない。いつも一緒に作業している彼がいないせいで、代わりにラフスと共同作業をする羽目になった。
「よーし、そっち側持ってくれ。悠人」
「指図すんじゃねえよ。えっと、誰だっけ?」
「ついに適当な名前すら思い出せないほど!? そして俺だけ当たり強すぎませんかね!」
声のうるささに、やれやれ仕方ないとため息をついた悠人は、渋々木材の端を持ち上げた。そしてそのまま土台に乗せ、紐で括り付ける。
「なんで上から目線なの。これ、悠人の仕事でもあるでしょ」
文句を言いながらも作業を続けていくラフス。手際よく紐を括りつけていく彼の手捌きを見つめ、悠人は素朴な疑問をぶつける。
「そういえばあのとき……ルナって言ってたっけな? あいつ、なんであんなに踊りたがってたんだ? うだうだしてたが、別に怪我したんなら無理せんでもいいだろうに」
「そりゃ毎年やってる伝統行事だし、プレッシャーもあったんじゃない? それに……」
ラフスは意味深に間を置いた。悠人はそんな彼を訝し気に注視する。
「フロック。あいつがこの町出ていくじゃん? それでルナちゃんいつも以上に張り切ってるんだよ」
「待て。今、町を出ていくって言ったか?」
「えっ? 知らなかった?」
初耳だった。フロックとはよく話をする間柄ではあったが、そんなことは一言も聞いていない。あまり自分のことを話さない性格だったので、当然と言えば当然だが。
「祭りが終わって翌朝出るって話だ。ルナちゃん、最後の晴れ舞台を見せたかったんだと思うぜ」
「なるほどね」
悠人は作業に戻り、木材を持ち上げようと腰を落とす。そのとき、後方からブレイク司令官の叫び声が聞こえてきた。
「全員、作業止め! 集合!」
男たちは急いでブレイクのところに集まり、整列する。
「今日も作業、ご苦労だった! 今日はもう時間だ。一旦ここで作業を止める……準備期間も残り1週間だ。各自体を休めて明日に臨むように!」
「はい!」
「解散!」
「失礼します!」
ブレイクが去っていくのと同時に、歓喜と疲弊の入り混じった声がそこかしこから湧き上がった。
悠人も終わった安心感からため息をつき、早々に帰ろうと荷物置き場へと向かう。すると後ろからラフスが肩を組んできた。
「なあ、悠人。この後飲みにいかね?」
「パス」
「つれねえな~。一回くらい付き合ってくれてもいいじゃねえかよ」
「他の奴を誘えっての」
「ちぇ」
毎度毎度、ラフスはこのように仕事終わりの飲みに誘ってくる。悠人はその度に適当な理由をつけて断っているのだが、どうもそれが気に食わないらしい。
毎回断られているというのに。どこからその無駄に不屈な精神力を引き出しているのか。厄介極まりない
悠人は組まれた肩を押しのける。
「たまには親睦を深めるのも悪かねえぞー」
「余計なお世話だ」
ラフスを適当にあしらい、悠人は荷物場までたどり着いた。自分の荷物をまとめて、早く帰ろうと立ち上がる。
「ん?」
その際、目の端に気になる影が見えた。悠人はその方向を振り向き、やっと戻ってきた彼らに呆れたようにため息をついた。
フロックたちだ。彼らは夕陽をバックにこちらへと歩いてきている。
「おー、お前ら。遅かったじゃねえかよ……ってどしたの?」
とぼとぼと歩く彼らに、ラフスは元気よく声を掛ける。しかし彼ら、特にフロックとルナの疲労困憊の表情を見て、すぐさま声の調子を落とした。
「や、やあ。もう集合は終わったのかい?」
「ああ、今さっき終わったけど……大丈夫?」
「あはは、は……」
心配するラフスを誤魔化すように、フロックは笑った。笑い声に生気が感じられず、ラフスの不安はかえって増した。
フロックは荷物を取りに、荷物置き場付近にいる悠人の元へと近寄る。そして、帰宅の準備をする彼の背中に負ぶわれているルナが、悠人の袖を引っ張った。
「あなたが、連れてきた子……あ、悪魔の踊り。怖い、恐ろしい……」
途切れ途切れにそう告げて、ガクリと項垂れるルナ。そして後方にいるミアはと言うと、目の下を赤らめて泣いていた。
「悠人さま。私、私――」
何か思い出したのだろうか。ミアはそう言って、一気に涙を流して俯いた。
疲労困憊の表情で笑うフロック。気絶して死にかけているルナ。そして泣きじゃくるミア。一体に何があったのか大方想像できなくもないが、このカオスな状況に悠人は頭が追い付かない。
さしものラフスも困惑の表情を浮かべて突っ立っているだけだった。
「じゃあ、悠人君。また明日ね」
「お、おう。またな。そしてお大事に」
とぼとぼと去っていくフロックを見送り、悠人はミアが泣き止むまで待つ。その間にラフスは別れを告げて帰っていった。
広い中央広場に二人だけがぽつんと立っている。暫くするとミアは泣き止み、すみませんと鼻水声で頭を下げた。
「そろそろ帰るぞ」
「はい、悠人様……」
荷物を持って中央広間を去ろうとする悠人。そんな彼の後をミアは付いて行っていたが、途中で何かに気づいたように足を止めた。そして不可解に眉を顰める悠人に向かい、こう言い放った。
「そういえば私……バイトの途中なんでした」
「いま気づくのかよ」
血の気が引いて青ざめていくミアを呆れた表情で見つめる悠人であった。




