挨拶
慶一さんの車で自宅へ。思えば、慶一さんの家はこれが初めてだ。
「昨日、君のことを話したら、とりあえず、すぐに連れて来いということになってね」
「どこまで、話したんです?」
「名前と、年齢。あと、戸籍と公称が違っていることとか」
慶一さんは言いにくそうだ。家族の反応を訊いたが、断片的だ。
お父さんは、会ってみないと今後については判断できないというところ。ただし、慶一さんがこの一年で、職業人としても成長し、特に春頃からは自信を漲らせるようになった。そこまで男を変える相手なら会ってみたいとのこと。
……でも、春頃からって、やっぱりアレがきっかけだよね。
お母さんは、あまり好ましく思っていない様子。戸籍でも十歳差、公称では倍近い年齢だ。会う前から昼ドラ風嫁姑問題の予感。
お姉さんは、お母さんとは逆に好意的。お父さんと似た意見だけど、会う前から好ましく思っている様子。
一番難しそうなのがお祖父ちゃん。この件については一言も発していないが、かなり気難しい人らしい。柔術を修めているそうだけど、柔術繋がりで話を膨らませるのは無理だろう。
程なく、慶一さんの家へ。建物自体はわりと新しそうだが、数寄屋造り風の外観には、旧家の風格がある。車庫には高級車が並ぶ。ここに駐めるとクラウンも普通の車だ。
車を降りると、私より慶一さんの方が緊張した表情だ。
門をくぐり、玄関へ向かう。石畳には打ち水がしてある。さすがに庭から鹿威しの音が、ということはないけど。
玄関に入ると、まずお姉さんがやってきた。やや大柄で、会社勤めのOLと言うより、体育教師といった風貌だ。
「お早うございます。
この度はお招きいただき、ありがとうございます」
続けて現れたご両親にも挨拶する。やはり私の外見には驚くようだ。でも、お姉さんはそれほどでもなかった。若い分、黒以外の髪色に耐性があるのだろうか。
お姉さんは、ご両親に見えない角度でサムズアップをすると、慶一さんの背中をなかなかの強さで叩く。そして、私にウインクする。
そうだ! このお姉さんが、私の失礼な人物評を聞いたことで始まったんだ。
挨拶もそこそこに本題だ。
「改めて確認させてもらうが、お腹に……」
「はい。慶一さんとの赤ちゃんです」
お母さんは何か言いかけるが、お父さんはそれを手で制した。言いたいことは何となく想像できるけどね。このお母さん、初めから私のことを疑わしい目で見てるし。
でも、確かに私の外見――肉体年齢――は十六歳でしかない上、顔だけだともう少し下に見える。どう見ても慶一さんとは釣り合わないだろう。ハニートラップをかけたとでも思われているのだろうか?
「どれぐらいの付き合いかな?」
私は正直に話した。途中から慶一さんがその話を引き継ぐ。
「君と出会ったことで、息子は一皮むけたように見える」
お父さんも、今のところは好意的なようだ。もっとも、この外見の少女、しかも妊娠している少女を邪険にするのは、人として……という意識も働いているに違いない。
「失礼かと思ったが、調べさせてもらった」
お父さんは、慶一さんに意中の女性がいるらしいと聞きつけ、一月ほど前からどんな相手かを調べていたらしい。
「評判は……、いいな。
品行方正、成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。四字熟語が沢山だ。才色兼備の見本と言ってもいい」
四字熟語じゃないのも混じってるけど。
「母子家庭でしかも義母と同居。
義母がフルタイムで働いているから、中学生の頃から家事全般をしているそうだね。感心な娘さんだ」
「恐縮です。
でも、中学生と言っても、年齢は高校生でしたから」
「柔術も学んでいるそうだね。かなりの腕前と聞いている」
「はい」
何なんだろ? 調べれば分かる程度のことを羅列して……。
「もし、私が、結婚を認めないと言ったら、どうする?
その……、お腹の子どものことも含めて」
「産みます。
さしあたり、経済的な心配はありませんし、進学は通信制なり高認なりで大学の受験資格を得ようと思っています。
それは……、出来れば認知もして欲しいし、妾でも愛人としてでもいいから、慶一さんの傍にいたいですけど……」
比売神子としての収入があるから、無職でもいいんだけどね。
あ、でも、もし結婚となったら、この収入のことはどう話そう?
「子どもを育てるって、そんな簡単なことじゃないのよ。
まして、貴女は将来もある身だから」
お母さんは懐柔に入ろうとしているのだろうか? でも、その言い方はちょっとね。お母さんの言う『将来』と、私が想う『将来』は、かなり違うと思う。
お母さんが更に何か、口を開こうとしたときだった。客間の戸が開いた。
「嬢ちゃんが、慶一の連れてきた子かな」
八十過ぎだろうか、柔術の道着と言うより作務衣に似た服を着たお爺ちゃんだ。
「初めまして、小畑 昌と申します」
私も一礼して応えた。
お母さんは固まっている、かなり緊張しているみたいだ。いや、家族全員から濃淡の差はあるけど緊張感を感じる。それでも、慶一さんとお姉さんがそこまで緊張していないのは、気むずかしいお祖父ちゃんも孫には甘いということだろうか?
でも、このお爺ちゃんが『最難関』だそうだけど……。
「膝を悪くしていてな、こちらの椅子で失礼するよ」
お爺ちゃんは、ソファではなく、一段高い椅子に腰を降ろした。
改めてお爺ちゃんを見た。少し痩せて、白髪交じりの頭もかなり薄くなっているけれども、その炯々とした眼には人を射すくめる力がある。
お爺ちゃんはお茶を一口啜ると、意外な言葉を発した。
「比売神子様は、元気かな?」