プロポーズ
慶一さんにメールを送る。
お話したいことがありますので、お会いできませんか? 時間をとって頂けたらと。
今すぐでも構わないと返信。待ち合わせに駅前を指定し、沙耶香さんに送ってもらった。本屋に併設されたカフェでほうじ茶を飲みつつ、慶一さんを待った。
十五分ほどで慶一さんが姿を見せる。最近、モテ期に入ったのか、女性客の注目を集めている。
「急に呼び出したりして済みません」
「それは構わないが、改まって話って、何かな?」
「えーっと、ここでは話しづらいんで、出来れば人の居ないところで」
「それじゃぁ、場所を変えようか」
慶一さんの車に乗り込み、駐車場のゲートをくぐる。
「どこへ行こう?」
「いえ、別に走りながらでもいいです。
あ、やっぱり車はどこかに停めた方がいいですね」
今から報告する内容は、男性が女性からされてびっくりするランキングでは、確実に上位に入るはず。安全が優先だ。
国道沿いのショッピングモールに入と、駐車場でも外れの方に停める。
「とりあえず、ここでもいいかな? それとも、どこかに入る?」
今の『どこか』には御休憩も含まれているんだろうなぁ、と、関係ないこと――いや、関係大ありなことか――を考えてしまう。
「じゃ、ここで」
私は一呼吸して続けた。
「えっと、結論から言うと、私、妊娠しました。二ヶ月です」
案の定、慶一さんは固まる。五秒か、十秒して、私をじっと見つめると真剣な顔になった。
「昌さん、もう一度お願いします」
聞き直すほどのことじゃないだろう。まぁいいや、「私……」と言いかけたところで、慶一さんは被せるように言った。
「私と、結婚してくれませんか」
「……はい」
あー、もう一度というのは、そういう意味ね。そういうときは、もう一度申し込みますとか言ってくれた方が……と思った瞬間、私の口は塞がれていた。同時に、多幸感が押し寄せてくる。繋がっているときのそれとは違うけれども、それに負けない多幸感。なぜか分からないけど、涙が流れる。
どれぐらい経ったか、慶一さんは運転席に座り直していた。
ふと我に返って車外を見回す。今の、誰にも見られてないよね。窓はうっすらと曇っているから、よくは見えなかっただろうけど、何があったかは容易に想像できるだろう。
それを想像すると、顔が熱くなる。
「とりあえず、指輪を選びに行こうか」
いやいやいや、それは気が早いって。その前に、両親に挨拶とか、そっちでしょう。
「あ、あともう一つ。私の齢だけど、戸籍上は十九なんです」
私は『設定』を話した。
「私は昌さんの年齢とかは気にしないけど」
「そこは気にしてよ!
慶一さん、高校生に十八禁なことヤったんですよ! しかも実らせちゃったんですよ!
せめて、年齢のことは知っていたという体裁は守って下さいね」
全く、慶一さんはその辺のワキが甘すぎる。これだから恋愛経験が薄い人は……。
「とにかく、今度私の家族に紹介しようと思うけど、今日は君を家まで送ろう。まず、私が君の家族に挨拶をしなくては」
「えっ? 今から?」
慶一さんは無言で頷くと、車の始動スイッチを押す。なんだか古いウィンドウズの起動音を思い出す。
窓の曇りをとるためにエアコンで空気を回してから出発した。
程なく家の前まで着くと、車庫の中には祖父母の車、お母さんの車、そしてなぜか沙耶香さんの車もある。
間の悪いことにオールスターキャストだ。
「た、ただいま」
「お帰り、昌」
凄く気まずい。
「あの、会って欲しい人が居て……」
「昌ちゃーん。早速連れてきたワケね」
「沙耶香さん、なんで、まだ居るんですか?」
「コレを予想してたからじゃない。
大丈夫。隠れてそっと見るだけにするから。私が居たら、彼氏さんも気まずいでしょ」
「『彼氏さん』って、まぁそうだけど。
一応、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも、声をかけてきて」
一分後、ウッキウキの顔でやってくるお祖母ちゃんと、お酒で赤い顔のお祖父ちゃん。
全員を引き連れて玄関に行くと、慶一さんは神妙な表情。
「この度は……」
「お前に娘はやれん!」
お祖父ちゃんが満面の笑みで言う。
「いっぺん言うてみたかった! この台詞」
やっぱりか。
ある程度は予想してたけど『姉さん』ではこういう台詞を言う機会が無かったから。
「早く曾孫の顔を見せて」
二人とも上機嫌だ。多分、お母さんが一番複雑だろう。
挨拶もそこそこに、夕食に突入する。
沙耶香さんだけは別室で食べているようだけど。
なれ初めを根掘り葉掘り。私の失礼な人物評からお腹が空いたの歌。家電量販店でしつこいナンパから助けて貰ったこと……。
そして、沙耶香さんから貰った茶封筒を慶一さんに手渡す。この中に戸籍謄本や診断書の写しが入っている。そこに記載された生年月日が、現在の年齢が十九歳であることを示している。
慶一さんが手に持った書類を、私も感慨深い想いで見つめた。
これを受け取った日に、私は神子としての責務を聞かされたのだ。あのときは、こんな日が来るなんて思ってもいなかった。
「真面目そうな、いい青年じゃないか」
慶一さんを見送った後、お祖父ちゃんは、このときだけは父親の顔で言う。
「でも、いろいろとワキが甘いよ。
よく今まで悪い女に騙されなかったものだと思う」
「そこは、これから昌が躾けていくところね」
お母さん――渚――が言う。心の整理がついたのだろうか。
「ある意味、男なのに身持ちが堅かったのが幸いしたのね」
沙耶香さんは、比売神子として身辺調査もしていたらしい。
「毛並みは良いわね。
高橋慶一 二十九歳。
高校では理系クラス。大学は経済学部。商法となぜか労務に関する分野もかなり勉強している。この辺は将来を見据えてね。
スポーツは水泳だけど、選手としてはぱっとしない成績。
高校、大学ともそれなりには女性の注目を集めていたが、特定の女性と付き合っていたという形跡は無し。ま、この辺は分からないけど。
大学を卒業後、食品会社に五年間在籍し、一昨年度から現在の会社で生産部に所属。今年度から生産技術課に異動」
沙耶香さんが略歴を並べた。
「お相手としては悪くないわね」
その後は、今後について説明を受ける。
私の立場は次席のままだが、しばらくは比売神子様が代行し宗像さんが補佐という形を採ること、私が七月いっぱいで退学すること、等々。
お風呂に入っている間に着信があったようだ。慶一さんだ。
私はかけ直した。
「すみません。お風呂に入っていて、取れませんでした」
「こちらこそ、こんな夜に済まない。
急だけど、明日、私の家族に会ってもらえないだろうか。十時半頃に迎えに行くから、昼食をうちで両親と姉と」
「構いませんよ。でも、服装はどうしましょう?
まだ正装は準備してませんし、いくらなんでも高校の制服でそういう挨拶は……、さすがに具合が悪いですよね」
「一応、年齢のことは話してある。さっきの話の通りだけど。
今更だけど、君が十九歳でよかったよ」
当たり前だ。自分が客観的にどう見られるかを解っていない。
結婚できる年齢でも、それを前提とした関係であっても、周囲りはそうは思わない。と言うより、脚色された解釈をする。
そして、大抵の人はそういう話が大好きなのだ。




