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アイアンナックル/レッド・ラスト  作者: 機乃 遙
赤錆=ヘイズル・ウェザフィールドの場合(1) Side: Red Rust 
7/19

片手袋の女 (2)

 結局、その日自宅に戻ったのは、午前二時過ぎのこと。床についたのは二時半で、起きたのは九時頃。道楽探偵と言えど、気楽な商売ではないのだ。

 朝、わたしは眠い頭をたたき起こすために一杯のブラックコーヒーを注ぎ、仕事に取りかかることにした。ふだんなら朝の一杯は深煎りのキリマンジャロと決めているが、今日はあえてモカにした。理由は明白で、わたしがモカの独特の酸味が苦手だからだ。ふだんなら避けている苦痛も、目覚ましにはちょうどいい。

 琥珀色のスタッキングマグ片手に、わたしは一階の事務所へ降りた。見るべき資料は、昨日のフォグ騒ぎの件だ。

 昨日もすでに目を通したが、やはりロクな情報は載っていなかった。捜査資料というよりも、被害報告と言ったほうがしっくりくるぐらいだ。

 しかし、それでもわたしは資料をスミからスミまで目を通した。なにか手がかりはないか、端から端まで。


 こんなにわたしが血眼になって調べを始めたのには、いくつか理由がある。

 第一に、わたしは道楽探偵である。世間一般の探偵と違い、自分で仕事の内容を選ぶことができる。わたしは、わたし自身のボスなのだ。ゆえにわたしは、仕事を受ける際にいくつかの制約をもうけている。それはヘイズル・ウェザフィールドの法だ。

 しかし、そんなわたしにも否応なしに受けざるを得ない仕事がある。それがラリュング・シティ行政府からの依頼である。ヘイズル・ウェザフィールドの法も、残念ながら行政府の言い分には通用しない。しょせんは、わたしもラリュングの住人に過ぎないのだ。


 しばらくのあいだ、わたしは被害者リストとにらめっこを続けていた。だが、なんら収穫はなかった。

 ここ数日、フォグの出現が頻発しているという話だが、それによる死傷者は二十余人に及ぶ。そのうち失踪したまま行方知らずとなっているのが七人。しかし、その七人には共通点も何も存在しないのだ。年齢、性別、出身、人種、宗教、その他身体的特徴。それがどれも合致しない。無作為に選んでいるにしても、あまりにも滅茶苦茶すぎた。

 ――しかし、犯人は霧の向こうの兵器(フォグ)だ。

 彼らは前世紀の大戦の遺物であり、その根幹に根ざした殺人衝動(プロトコル)に従って動いている。それは本来、敵国のマシン、あるいは人間を破壊するように設定されていた。ゆえにフォグの仕業であるならば、目標にある程度のバイアスがかかるはずなのだ。純粋に無差別な殺人とはならない。

 ――だが、この事件にはそれが何もない。

 わたしはファイルを放りだし、応接間のソファーに寝転がった。モカブレンドのコーヒーは、もうすっかり冷めてしまっていた。


 冷めたモカブレンドは、ドロのような味がした。淹れてくれたニナには失礼だが、やはりコーヒーは熱いうちに飲むに限る。

 そうこうしているときだった。

 コンコンコンッ! と、ドアノッカーを叩く音がした。すぐに二階にいたニナが駆け下りてくる。わたしが出る幕もなかった。というよりも、わたしが玄関へ応対に出ることは滅多にない。それは、少なくともこの事務所にはヘイズル・ウェザフィールドの法が施行されているから、である。

 一つ。この事務所に入り、わたしが仕事を引き受けるのは、女性の依頼人のみ。だからニナが応対に出て、それが女性であるならば、応接間に通す。そういう決まりになっているのだ。

 だが、もちろん決まり事には例外がある。

「ああ、お世話になってます。昨日はお騒がせしてすみませんでした」

 玄関の奥、ニナの小さな体の向こうで頭を下げる男。長いモミアゲが特徴的な彼は、アーロンのマスターだった。


 わたしはバーカウンター脇の応接セットに彼を案内した。昨日の今日でマスターも疲れているはずだろう。だが、彼は職業病だからだろうか。カウンターが気になってしかたないようだった。

「昨日はご迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ありません。これ、つまらないものですけど……」

 そう言って彼がわたしにくれたのは、シングルモルトのウィスキーだった。もちろんこの場で飲むことはなく、それはカウンター奥のウィスキーコレクションに並ぶこととなった。

「別にいいのに、こんな高そうなウィスキー。売り物じゃないの?」

「たしかに、もとは売り物ですけど、大丈夫ですよ。ウェザフィールドさんの苦労にくらべたら……。聞きましたよ、誤認逮捕をされたとかって」

「ええ。おかげさまで今日は寝不足よ」

 わたしは大あくびをして、応接間のコーヒーテーブルのもとに戻った。

 ちょうどそのとき、ニナが二人分のコーヒーを淹れてやってきた。

「ありがとね、ニナ」わたしはコーヒーを受け取りながら。「それよりもマスター。わたしに少しでも情けを感じているなら、ちょっと手伝ってくれないかしら?」

「手伝い、ですか?」

「ええ。といっても、二、三質問したいだけなんだけど」

 書棚のスイッチをオン。空っぽの本棚にホログラムの本が満たされた。

 わたしはその一つを取り上げ、警察資料を開いた。

「実はあのあと、ある事件の捜査に関わることになってね。でも、手がかりが何もないの。あるのは、これだけ」

 紙面を開いたままくるりと回し、マスターに見せた。開かれたページは、件の失踪者一覧だった。

「これは……」

 マスターは言葉を漏らし、目を凝らして架空の紙面を見た。老眼が始まってるのだろう。彼は何度もまぶたをしばたたき、連なる名前を確認した。

「誰か見覚えのある人物はいない? あると、非常にありがたいんだけど」

「そうですねぇ……。一人、それらしい人はいるんですが」

「誰?」

 マスターは指をさし、その名前を示した。

 その人物。エドワード・オブライエン。四十八歳、男性。職業欄には市職員と表記されていた。

「彼はシティ・カウンシルに勤めているんです。公務員の方で、何度かウチに来てくれたことも。最近お会いしないなと思っていたら、誘拐されていたんですね……」

「誘拐、と一口に言えるかどうかは怪しいけれど」

 そうだ。この事件は、フォグが一枚噛んでいる。人間の法が通じる相手ではないと、わたしは知っていた。

「なにか誘拐された原因に心あたりとかある?」

「正直、サッパリですね。私もそこまでオブライエン氏と親しかったわけではないですから。ご家族に聞いたほうがいいかと。……ですが素人目線ながら思うに、やはりシティ・カウンシルの方ですから、犯人は行政府に対して何かしらの意図があって犯行に至ったのではないでしょうか?」

「そうね。オブライエンの失踪一件だけなら、そうだったかもしれない。でも、あいにくそれだけじゃないから困ってるのよ。……すまないわね、マスター。大変な時期だってのに、巻き込んで。ウィスキー、ありがたくいただくわ」

 わたしが微笑みながら答えると、彼は軽く会釈をした。


 それだけ話すと、マスターは忙しそうに事務所を出て行った。だが、彼は最後に一つ、わたしに忠告を残した。

 ニナが玄関を開け、通りに出ようとしたときだ。マスターは思い出したかのように、手をたたいた。

「そうだ、ミス・ウェザフィールド。ひとつ気になっていたことがあるんです」

「気になってたこと?」

「ええ。あなたが誤認逮捕されたという昨日の件です。ウチで食い逃げして、バイクで暴走して、商店街を荒らしていったっていう二人組。その一人が、ずいぶんと奇妙なことを言ってたんです。……ラリュングに来るのは、初めてだと」

「ラリュングに来るのが初めて?」

 オウム返しに問うわたしに、マスターはコクリとうなずいた。

 そんなこと、ありえない。ラリュングは霧で覆われた難民の街。その周囲は、無人兵器がのさばる荒野(ウェイストランド)だ。そんな空間で人間が生き残れるはずはなく、ゆえに百年前、わずかな生き残りたちが霧の中に逃げ込み、ラリュングを生み出した。それが、ラリュングが初めてだと? そんなことはない。霧の外にラリュングのような都市はない。それは、わたしが一番よく知っていた。

「私の聞き間違いでなければ、確かにそう言っていました」

「でも、そんなことはあり得ない……。その二人組は何歳くらいに見えました?」

「すくなくとも、前世紀の大戦を経験したようには見えなかったですね。それに『今年は何年だ?』とか、そんなよくわからないことを口にしてましたよ。あとは……そう、ドルがどうとか。……もしかしたら本当に霧の向こうからきたのかもしれません。もしそうなら、フォグについて何か知っているかもしれません」

「……もしそうなら、ね」

「ええ。まあ、老人の戯言だとでも思ってください。そんなこと、常識的にありえませんからね。それでは、ミス・ウェザフィールド」

 マスターは再び会釈すると、玄関を出てピルグリム・サーカスへと向かっていった。

 わたしは彼の背中を呆然と見つめていたが、実際見透かしていたのは、彼が遭遇したという二人組のほうだったと思う。

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