面倒な事件は月曜から始まる (2)
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
わたしは食べ終えると、皿とフォークはそのままに立ち上がった。わたしとて、好きで片づけをほったらかしているのではない。ニナが「へジィが手伝うとよけいに汚れる!」と言うので、渋々ながら家事全般を彼女に任せている。わたしだって心苦しいが、しかたなくなのだ。
ニナがわたしのぶんの食器までキッチンに持って行くと、わたしは階段を下りて一階へと向かった。
わたしの探偵事務所、ウェザフィールド探偵事務所は、かつて図書館だった場所を改装したものだ。よって一階は本棚の立ち並ぶ排架場所となっている。もっとも、それは前世紀、まだここが図書館として機能していたころの話だ。いまでは図書館ん機能はなく、応接室件事務所となっている。
一階の応接間。そこはかつて図書資料の立ち並ぶ場所だった。その名残として空になった本棚が並んでいるが、あいにくそこに書籍はない。あるのはバーカウンターになった貸し出しカウンターと、応接セットになった閲覧席、そして空っぽの本棚だけだ。
わたしは壁のスイッチに触れて、部屋に明かりを灯した。するとまもなく、本棚の中身が満たされた。
それは立体映像によって作られた疑似的な書物たちだ。それらすべてはこのラリュングのネットワーク、あるいはわたしが作成した事件資料に繋がっている。
わたしはその中を探し回ってから、一冊の本を手に取った。それはラリュング市警の捜査資料。それも最新のものだった。
今日起きたくだらない事件のくだらない報告たち。わたしはホログラムのページを繰ってそれを飛ばすと、あるページで手を止めた。言うまでもない、それは今日起きた巨人事件。エーリング地区でのビル倒壊に関する資料だった。
パラパラとそのページをめくってみたが、わたしは拍子抜けしてしまった。というのも、その報告自体がたかだか五ページ前後で終わっていたからだ。現れたというフォグに関する記述はろくになく、あるのは被害状況ばかり。捜査の進捗は、どうにも芳しくないらしい。
「警察の捜査に頼るのは、やっぱり無駄みたいね」
わたしはつぶやき、ため息をついた。捜査をするなら、やはり自分の足を頼りにするしかない。とくにそれがフォグ絡みであるならば。
わたしは本を閉じて棚に戻すと、部屋の明かりを落とした。
「ニナ、ちょっと出てくるわよ!」
二階で洗い物をする彼女に叫ぶ。すぐに「いってらっしゃーい!」という声が返ってきた。
図書室を出て、玄関へ。外套架けからいつもの革ジャンを取り上げると、わたしはピルグリム・サーカスへと出た。
行く場所は決まっている。この手の情報が集まる場所が、この街にはあるのだ。
月曜日の夜、わたしには決まって行く場所がある。それはブルー・マンデーのジンクスを精算するための、いわば願掛けのようなものであり。これもまたジンクスのようなものだった。
ピルグリム・サーカス・ステイションから地下鉄に乗り込み、隣駅のホルソー・ステイションで降りる。それから三分ほど歩いたところにあるのが、パブ・アーロンである。わたしはそこの常連客であり、マスターはラリュングで知る人ぞ知る情報通であった。
わたしがこの店を訪ねる月曜の夜は、決まって客入りはそこそこである。平日の夜だからか、あるいは人気のない裏通りだからか。いつもなら、店の近くは閑散としていて、敷石の詰められた舗道にもチョークボードが寂しげに立っているだけだ。
だが、この日は違った。正直に言うと、わたしはホルソー駅のリデンズパーク口に出たときから、いつもとは何かが違うと、違和感を覚えていた。そして、実際それは当たっていたのだ。
アーロンに続く通りは、めずらしく混みあっていた。それも客がごった返しているというのではない。
集まっていたのは、野次馬連中だった。隣の店か、近くの家から出てきたのか、老若男女がそろいもそろって列をなしている。そしてその将棋倒し目前の群衆の先には、忙しなく動く警官の姿があった。青い制服に、背中にはラリュング市警察の文字。どうやら分署付けのお巡りのようだった。
わたしはおもむろに探偵証を革ジャンの内ポケットから取り出すと、群衆をかき分け、その向こうへ。テープの張り巡らされた現場へと転がり込んだ。
「……ウソでしょ」
おもわず、声が漏れた。
事件現場は、まさしくアーロンそのものだったのだ。店に続く真っ赤な扉にはテープが貼り付けられ、その手前に警官が立ち尽くしていた。
わたしは呆然としつつも、しかし目ではマスターの姿を探していた。このパブのマスターとは、長いつきあいだ。わたしはここの常連であるし、またマスターの顔の広さから事件解決のキッカケに繋がったことは幾度となくあった。彼のことが気にかかったのは、もはや当然だったのだ。
だが、マスターの姿はどこにもない。それどころか、わたしは店先を固める若い巡査を目があってしまったのだ。
そのときの巡査の瞳は、まるでパグがフリスビーを見つけてきたような、そんな目をしていた。そして次の瞬間には、彼は大声をあげてわたしに走り寄ってきたのだ。
「見つけた! おい、逃がさんぞ! 両手をあげて、ひざまづけ」
なんのことか、とわたしは何度も目をしばたたいた。わたしに向けて言っているのか? まさか、そんなはずは――
だが、次の瞬間には巡査がわたしの両腕をつかみ、応援に来たほかの警官が後ろ手で手錠をかけていた。




