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アイアンナックル/レッド・ラスト  作者: 機乃 遙
赤錆=ヘイズル・ウェザフィールドの場合(1) Side: Red Rust 
4/19

面倒な事件は月曜から始まる (1)

 わたしにとって月曜とは、一週間のなかでもっとも憂鬱な日である。それは安息日の翌で、仕事だからということでもあるが。しかしわたしにとっては、どちらかと言えばジンクスのような側面が強い。言うなれば、『面倒な事件は月曜から始まる』。これがわたしのジンクスだ。そしてバッドラックは、例によって今日も訪れた。

 午後九時過ぎ。わたし――ヘイズル・ウェザフィールドは、倒壊したビルを見ていた。ラリュング・シティ・サウス、ゾーン3。エーリング地区。四階立てのビルが二棟、折り重なるようにして倒れている。崩れた鉄骨がかろうじてお互いを支え合って、崩れ落ちるのに耐えていた。微妙なバランスは、まだまだ持ちこたえそうだった。

 こんな奇妙な崩れ方をしているのは、何も爆破解体に失敗したわけではない。すべては、霧のせいだ。ラリュング市警(LCPD)の車両がなす赤い閃光(パトランプ)は、薄もやのなかビルを照らしだしている。

「どうしてあなたは、こういう現場にいつもいるのかしらね」

 わたしの隣で、アジア系の女性がぼつりとつぶやいた。腕組みをして、スーツの内ポケットからタバコを取り出す。

 彼女の名はリリアン・リュウ。ラリュング市警、殺人課の課長だ。わたしはリリーと呼んでいる。わたしと彼女とは、古くからのつきあいだった。

「どうしてここにいるかって? そうね、きっとそれは今日が月曜だからよ」

 わたしはそうつぶやき、周囲を見回した。

 張り巡らされた黄黒のテープ。事件現場の保護が始まり、鑑識が出張っていく。若い刑事たちが白手袋をして、倒壊寸前のビルに向かっていった。

「それ、どういう意味?」

「ただのジンクスよ。気にしないで。……それで、なにがあったの?」

「無人兵器(フォグ)よ。霧の向こうから、無人機が迷い込んだ。巨人はビルを二棟倒壊させてから、突如として消失。行方は不明。この事件でビルにいた会社員五名が死亡。十七名が負傷している。……で、あなたはどうしてここに?」

「調査報告でエーリングにいる依頼人に会いに来ていた。それだけよ。そしたら、たまたまこの災害に出食わした。」

「災害、ね。……それで、あなたここで何が起きたか見ていたわけ?」

「いいえ。ものすごい音を聞いたから、慌てて来てみたのよ。でも手遅れだった。わたしが来たときには、ビルが倒壊して、あたりは霧に包まれていた……。フォグ騒ぎだと知ったのも警察がきてから」

「そう。もっともあなたが早く着いていたところで、この事件を食い止められたわけじゃないけど」

 リリーはそう言ってタバコを吸い終えると、吸い殻を携帯灰皿へ。

「とりあえず、いつものことだけど。言っておくわ、赤錆。あなたの探偵許可証は、『警察の捜査の邪魔をしてもいい』という許可証ではないの。あなたは目撃者だけれど、捜査員ではな。聞きたいことはこれだけ。わかったら、さっさと事務所に戻りなさい。これ以上はあなたが関わることじゃない。……それに、どうせフォグ相手じゃ私たちもどうしようもないのだから」

「相変わらずわたしを煙たがるのね」

「赤錆の女探偵。あんたの悪評はもう聞き飽きたわ」

「あら、依頼人には好評なのだけど」

「警察内部では、あんたに肩入れしようなんてやついないわよ。わかったら、あなたも自分の仕事に戻ることね」

 リリーは手袋をして、現場へ。

 一方でわたしはテープの外へ出て、愛車の待つ路肩に向かった。


     *


 わたしの名は、ヘイズル・ウェザフィールド。霧に覆われた難民の街、ラリュング・シティの私立探偵である。

 夕方、わたしは依頼人への調査報告にラリュング・サウスのエーリング地区へ向かった。その依頼というのは、失踪した者の調査だったわけだが。結局、調査の結果は最悪の報告に終わった。失踪者の死亡が確認されたのである。

 わたしはその旨を依頼人である奥方(ミセス)に説明。泣き崩れる彼女を介抱してから、自宅兼事務所のあるピルグリム・サーカスはセイヴィル・ストリートに戻ろうとした。

 ことが起こったのは、その道中のことだ。わたしはそこで異音に気づき、大急ぎで現場に向かい、そして事故現場で警察に捕まった。もっとも、すぐに開放されたわけであるが。


 リリーから「帰れ」と言われたから、わたしはそのままセイヴィルへと向かうルートに入った。すでに時刻は午後十時を過ぎたところだった。

 愛車である真紅のクラシック・スポーツカー、ブレニムS800を駆り、シティ・セントラル・ウェイをのぼる。カーステレオは、ラリュングFMが流れていた。DJのトマス・エクルバーグが懐かしいロックミュージックを流している。

 わたしはそれに耳を傾けながら、環状交差点(ランダバウト)を通過。ラリュング放送の中央局ビルの横を抜けると、ピルグリム・サーカスの合流地点へ。そこからセイヴィル・ストリート方面に抜けると、自宅まではもうすぐだ。

 華やかな歓楽街の脇を抜け、住宅街の一角に入る。セイヴィル・ストリート九-一四、そこがわたしの自宅だ。

 かつてラリュング図書館の分館だったという建物は、探偵事務所というにはあまりに豪勢すぎる。が、わたしには慣れたものだ。入り口にはしっかりと「ウェザフィールド探偵事務所」の看板がある。

 わたしは事務所隣のガレージへクルマを入れると、裏口から自宅に帰った。一階は応接間兼事務所で、二階が自宅だ。裏口から入り、二階へと続く螺旋階段を駆け上がる。道中、夕飯のいい匂いがしていた。トマトソースの香りだ。

「ただいま、ニナ。遅れてすまなかったわね。今日はトマトソースのパスタかしら?」

 カウンターテーブルの向こう側。キッチンでひょこひょこと燕尾服姿の少女が跳ねていた。

 肩より短いプラチナブロンドに、少年が着るような燕尾服に純白のエプロン。見かけ美少年のように見えるが、彼女ニナ・ウェザフィールドはわたしの養子であり、立派な女性だ。わけあってわたしと同居することになった彼女は、いまではウェザフィールド探偵事務所のお手伝いとして働いている。

「ミートボールのトマトソースだよ。仕事、時間かかったの?」

 ニナは釜からパスタを開け、さらに盛りつける。いっぽう鍋の中では大きな肉団子の入ったトマトソースが煮詰まっていた。

 愛用のレザージャケットをソファーへ投げ、わたしは食卓へ。ネクタイを緩めてから、机上のグラスを手に取った。冷たい水が一杯、わたしはそれを一気に飲み干した。

「まあね。途中でやっかいごとに巻き込まれてね。最悪だわ。そういうのは決まって月曜に起きる。……まあいいわ、はやく食べちゃいましょ。おなかペコペコなの」


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