ビッグ・ディール
ウェザフィールド探偵事務所に戻ってきた鉄腕を待っていたのは、相棒クリスと、男装の少女ニナ。そして、変わり果てた姿のヘイズル・ウェザフィールドだった。
応接間に立ち尽くす彼女は、着崩したドレスシャツに黒のスラックス、赤のネクタイ、そしてレザージャケットという出で立ち。だけどその左腕が明らかに違っていた。彼女の左腕は、いま手袋が外され、腕まくりがされ、そして何より《白銀に光っていた》のだ。
それを見た瞬間、鉄腕はすぐに目の色を変えた。彼女が知りうる限り、こんな義手を持っているのは二つに一つだ。第四帝国か、秘密結社か……。
「……ミス・ウェザフィールド。ハニイを守ってくれて感謝するぜ。でも、一ついいか?」
「いいわよ。でも、わたしもいいかしら。お互いの目的がわかった以上、これ以上隠しごとをするべきではないと思うし。それにお互いに別の街の、別の世界の人間であるならば。必要以上に心配する必要もないと思って」
「そうだな。それはアタシも賛成だ。じゃあ、一つ聞くが――」
鉄腕は上着のポケットから葉巻を取り出す。ヘンリエッタ・Y・チャールズ。甘いポートワインの香りをまき散らして、彼女は紫煙を喫んだ。
「アンタの腕、そりゃどういうことだ」
「偶然ね。わたしも同じ質問よ。あなたの義手、それはどこからもらったもの?」
「さてな。出自不明のオーバーテクノロジーさ。……アタシの回答はこうだ。アンタは?」
「回答とはいえない回答だけど。……それはフォグの技術ではないの?」
「フォグの技術? どういうことだ? そういうアンタの義手は、第四帝国のじゃないのか?」
「第四帝国? なにそれ。わたしのこれは、いわば契約書よ。ミストレスと――あの、赤錆色の巨人を操るためのね」
「は?」
思いがけない言葉に、鉄腕は思わず葉巻を口から落としてしまった。絨毯に燃えカスが落ちる。慌てて鉄腕は葉巻を拾い上げた。
「どういうことだ。アンタは、探偵で……ちょっと待て。それじゃ、あの真っ赤な巨人は……?」
「ミス・ウェザフィールドのだよ」
クリスが割って入った。彼女はどこか自慢げだった。
「ウソだろ……。じゃあ、この街でフォグをぶっ壊してまわる謎のロボットの正体って……?」
「そういうことよ。誰にも秘密にしているけれど。でも、お互いの素性がわかった方が共同戦線を張りやすいでしょ? わたしたちは、お互いに別世界で、お互いにオーバーテクノロジーを宿しあった義手の女……これでハッキリしたわね。……で、わたしの言ってる意味、わかる?」
「半分はな。三行で言ってくれ。アタシはそういう”行間を読む”ってのが苦手なんだ」
「じゃあ、端的に言うけれど。あのフォグは、わたし一人では倒せない。また、あなた一人でも。それはさっきの戦闘でわかったでしょう? なんとか撃退までは持ち込んだけれど。でも、大破したわけではない。完全に破壊されない限り、ヤツはクリスを追ってここにやってくる。……言ってる意味、わかる?」
「三行で」
「わたしにも、あなたにも倒せない。だから、協力するしかない」
「かまわないが。倒す方法なんてあるのか? アンタ、さっきあっという間に転がされてたじゃないか。威勢良く出てきたわりにはよ」
「そうね。それは否定できない。でも、おかげで一つわかったことがあるの。それはきっと、あなたたちがこの街を出て、元の世界に戻る方法ともつながるとおもう。……言ってる意味、わかる?」
「三行で」
鉄腕は繰り返すように言った。赤錆もウンザリした様子で繰り返す。
「つまり、あなたたちがオールドハイトとかいう街に戻る方法と、あの首なしを倒す方法は一緒ってことなのよ」
*
「フレドリック・コールソンは、霧によって現実と異世界がつながると提唱していたんだ」
ドクター・クリス・マイヤーは、我が図書室を演台にして講演会を始めた。聴講するのは、わたしヘイズル・ウェザフィールドと、アンナ・マイヤー。でも、アンナはずいぶん眠そうだった。
「現実と異世界があって。でも、パラレルワールドなんていうのは、自分たちの世界からみた場合の異世界に過ぎなくて。その異世界から見たら、僕らの現実のほうが異世界だったりする。つまり、観測者がすべてを決定するんだ。すべては観測者が必要なんだ。でしょ、ミス・ウェザフィールド?」
「正解。霧の正体は、つまり空間転移装置だけれど。そのシステムの根幹は、『自分以外の観測者を消す』ところにある。観測されないということは、存在しないということだから」
「そして、その『周りからすれば存在しない』という特別な空間を生成することで、二つの世界をつなぎ止めることができる……だよね?」
「ご明察」
わたしはそういって、ニナの淹れてくれたコーヒーを飲んだ。
「つまりどういうことだ? それがどうしてアタシらが家に帰る方法につながる?」
「つまりよ。あのフォグは、もう百年の前に死んだはずの者たちに復讐しているの。そうすることで自分の存在意義を果たそうとしている。そしてその仇敵を無理矢理にでも見つけだすために、あいつは異世界にまで手を伸ばした。そうしてオールドハイトの人間も襲うようになった……言ってる意味、わかる?」
「アイツは、いもしない仇討ちをするために、オールドハイトまで空間転移してきたってことだろ、それぐらいアタシにだって……そうか。じゃあ、アイツを追えば――」
「その霧があなたたちを元の世界に戻してくれる。きっとね」
わたしはソファーから腰を上げる。コーヒーを飲み干し、スツールの端に追いやった。
「だから、共同戦線と行きましょう。アンナ、あのフォグは想像以上に強敵。わたし一人じゃ倒せそうにない。でも、それでもアイツを倒さなくちゃ。それがわたしの仕事だから。そしてアンナ、あなたはフォグの霧を使って元の世界に戻らなくちゃいけない……。協力してヤツを倒さない? いい取引だと思うけど」
「デカい契約だ。でも、それ以外に道はない」
「ええ。やるしかない」
左手を差し出す。わたしの、鋼鉄の左手。握りしめた拳を中空に投げかけた。
「あなたの国じゃこうするって、さっきクリスに聞いたわ。握手じゃなくて、拳を合わせるんだって」
「なんていうか、実にアメリカ的だな。でもまあ、たしかに左手と右手じゃ握手できないしな」
拳を合わせる。
金属と金属が、ゴングのように音を響かせた。




