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カゲロウの丘  作者: 个島
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窮蟻龍を咬む

「よお!」

 暁人が肩を叩きながら声をかけてきた。相変わらず,加減が下手くそなばかりに,少し痛い。

「おはよう」

「どうよ?何かいい案ありそう?」

 さっそく訊ねてきた。怜にとって,今は一番聞きたくない言葉だった。そんな気持ちなど露知らずな暁人は,何となく目を輝かせているようにも見える。

「残念だけど,まだ考えてる」怜は正直に,一番言いたくない言葉で答えた。

「流石の怜さんもお手上げですかねえ」暁人が皮肉交じりに言う。わざとらしく肩をすくめ,首を少し斜めにし,典型的な「悲しみ」の表情を大げさにつくっている。その様子はロバート・デ・ニーロの物真似のようで,怜は場面に相応しくない笑いを堪えるのに必死だった。

「そういうお前はどうなんだよ」怜が平然として訊き返した。

 暁人のこの調子の良さには何かあるのだろうと察した。だが,それを直接ここで訊いてしまうと話が逸れてしまう気がしてしまって嫌だった。

「直接戦うしか思いつかない!」

 なぜこの男はこうも自信に満ちているのか,不思議でたまらなかった。その結論を省みるということはしないのだろうか。

「君みたいなのがアメリカ大統領になるのだけはやめてほしいよ」さっきの返事に対抗するつもりで,怜も思いついた皮肉を口にした。

「ん?なんで大統領?」

 効果はいまひとつのようだ。もちろん,絶対通用するとは思って言ったわけでもなかったが。

 教室も人が増え,だんだんと騒がしくなってきた。

「だって仕方ないだろ?本人が来なきゃ何にもできねえよ」暁人が続けた。

 騒がしさに圧されてか,意識せずとも少し声が大きくなる。

「あと2日だぜ?今日も来なかったら・・・」

「バカ!」暁人がしゃべり終わる前に怜が咄嗟にそれを遮った。

 暁人もそれを察した。

 誰が聞いているのかもわからない中で,睦を連想させる発言をするのは危険だった。

 スクールカーストを維持するための方法の一つに,上位者に貢献するという行動がある。この教室では,反逆者についての情報提供は立派な貢献に値する。それによって自分は敵ではないというアピールもできるのだから一石二鳥だ。カーストの上位に近づきたい人間が使わないはずがない。

「はーい,席につけー」担任教師が入ってきた。ホームルームが始まる。

 熱を帯びていた教室が静かに冷めていく。

 窓の外からアブラゼミの斉唱が聞こえてきた。


 怜が見つめるのはただ一つの空席だった。


 昼休み,珍しく暁人は教室に残った。

 怜の前の席に横向きに腰掛ける。

「朝のあれはあぶなかったな。つい・・・」暁人が口を開いた。

「うん」怜が被せ気味に返事をした。

 教室に残って過ごす生徒も少なくないので,警戒もあって少し落ち着かなかった。

「まあ,大丈夫だよな」

「だといいけど・・・」

 怜には何となく嫌な予感がしていた。

「俺らも混ぜてくれよ」と,視界の外から声が聞こえた。

 怜も暁人も,この言葉が自分たちに向けて発せられているなんて考えたくはなかった。かといって,振り返って確認したくもなかった。

「無視か?」さっき喋った奴とは別人の声だ。

「こいつら”シャシャって”んなァ」これも前の二つとは別の声だ。

 その台詞たちに先に反応したのは暁人だった。

「なんだ?」座ったまま振り向き,そう返した。

 予想通り,木村とその取り巻き達だった。女子もいた。いつも木村にべったりの竹内の隣にいるのは,戸田華恋だった。戸田もよく木村たちと一緒にいる。

「なんだじゃねぇだろ,龍哉が言ったこと聞こえなかったンか?」須崎が眉間をハの字させて言う。

 怜は恐怖に支配されていたが,その顔を見るた瞬間,今朝のロバート・デ・ニーロの物真似が思い出された。絶対に笑ったらいけない場面であることは分かりきっているのに,笑ってはいけないと思えば思うほど押さえがたい笑いが込み上げてきた。不謹慎という状況は笑いに拍車をかけるのだ。

 顔をそっと背けると,唇を噛みしめながら腿に爪を立てて抓り,痛みで誤魔化そうとした。顔は強張り,目は必死さを訴えていたに違いない。その様子は一見,恐怖に怯えているようにも見えたのが幸いしたのだろう。火に油を注ぐ事態には陥らなかった。

「俺らも混ぜろって言ったんだよ」木村が怜の隣の机に腰掛けながら言った。

「何に?」再び暁人が返す。

「テメェとぼけてんじゃねえぞ!」須崎が声を荒げた。

「何の話だよ」暁人は動じなかった。

 暁人にとって,この状況は正直都合がよかった。手を出されれば反撃できる。いじめという文脈から離れるが,打ちのめすことができれば何か変化があると考えていた。

 だが,暁人には木村に手を出した後にどんな危険があるのかという事までは考えられていなかった。あの,いつも頭を支配していた大地に関する噂のことなどすっかり忘れ,応戦することだけしか考えていなかった。

「今朝,何を話してたんだ?」

 木村は冷静だった。薄ら笑いを浮かべてさえいる。

「世間話だよ」暁人が返した。

「テメ,すっとぼけてンじゃねーぞコラァ!」須崎が暁人に顔を近づけて怒鳴る。

「うるせぇな,いちいち怒鳴るな」

 毅然とした暁人の態度に須崎はイラついていた。いくら虎の威を借る狐の状態であっても,虎がまだ臨戦態勢に入っていないので安心して手を出せない。相手があの暁人だからなおさらである。

「あと2日のうちに来るだの来ないだの言ってたんだろ?何のことだ?」木村もこの状況に少しイラついていたようだった。

 木村は口を割らない様子の暁人を見て,手の内を明かしたようだ。怜は勝ったと思った。

「ああ,それは・・・」暁人が答えようとする。

「エアガンだよ。僕がネットで注文したんだ。3日後にサバゲーが・・・」怜が口をはさんだ。

「テメェは黙ってろ」木村が睨んだ。

「しゃしゃんなクソオタクが!」叫びながら須崎が怜の机を蹴りつけた。

「うわー,サバゲーとかキモ・・・」竹内が木村の後ろで呟いた。

「匡斗」木村が須崎を呼ぶと,須崎はすぐに大人しくなった。

「で,エアガンのことを話したら何がまずいんだ?」木村が暁人に訊ねる。

 余計なことは話してくれるなよ,と怜は必死に願った。

「しらねー。本人に訊いてくれ」暁人が返した。

 ナイスパス!怜は内心でガッツポーズをした。

 木村が怜を睨む。

「電動ガンなんだよ。18禁のやつだし,買ったの知られたらまずいと思って」怜が続けた。

「必死に遮るほど大した話じゃねえな」

「あのまま遮らずに喋ってたら,サバゲーのことも言ってただろうから止めたんだよ。中学生で参加してるのバレたら出禁になる」

「隠してたのにごめんな」暁人が話に合わせるようにして合いの手を入れた。

「もうバレたもんはしょうがないよ。それに,学校や親に知られなきゃまだ大丈夫」

「くだらねー茶番はいらねえんだよ。正直に話せ」木村が語気を強めて言った。

「話してるよ」怜は不安になった。木村は実際どこまで知っているのだろうか。

 怜の憶測は,今朝何を話していたのかを訊かれたことから,今朝の会話がばれているというものだ。しかし,もしばれているのが昨日の公園で話した内容で,鎌をかけられているとしたら・・・。

「正直に言わなかったら,どうなるかわかってるよな?」と,木村が脅しをかける。

 怜の不安が大きくなる。駆け引きをせざるを得なくなってしまった。木村が公園の話を知らないという確証を掴みたかったが,余計なことを言うわけにもいかなかった。

 ジリジリとした暑さが遠く感じる。木村の顔も遠ざかっていく気がした。色々と考慮しなきゃいけないことがありすぎて考えがまとまらない。

「悪いけど,その話誰から聞いた?木村君本人が聞いたわけじゃないよね?」これが怜の考えうる最善手だった。

「何でテメエが質問してんだ?」木村は答えなかった。

 こんなに駆け引きできるなら勉強も頑張ればいいのに。怜はそう思った。

「いや,直接聞いてたならこんなに食い違わないなと思って。嘘つかれてるんじゃないの?」

 怜は”貢献”の行動を逆手に取る形にした。もし又聞きなら,情報提供者は木村に嘘の情報を渡した挙句,面倒をかかせたという疑いをかけられることになる。これは公園の件からバレていたとしても通用するし,木村は再びそいつに確認を取らざるを得ない。

 木村本人が聞いていたということはまずないはずだ。彼らはいつものように仲間同士で集まって大声で会話していたのだし,多分聞いていればその時点で脅しをかけてくるはずだ。

「嘘なんかじゃない!」と,声が上がった。

 戸田だった。情報提供者が同席しているとは,非常に運が良かった。

「どんな内容をきいたの?」怜が戸田に質問する。

「勝手に質問してんじゃねーぞ!」木村が怒鳴った。

「テメェ,自分の立場が分かってねえようだな。”次”はお前ってことにもできるんだぞ」

 最悪だ。目をつけられたら終わりなのに,つい熱くなってしまった。木村からそう断言されることは,このクラスの人間にとっては死刑宣告に等しかった。将来自分に起こりうる最悪の事態が次から次へと想像された。鼓動が急激に早くなり,必死に押さえようとしても手足が震えはじめていた。

「ちょっと待ってくれ。どういうことだ?」

 暁人が凄んだ。これに怜は助けられた。味方になる人間が居ることをこの場で知らせることはいじめの予防になりうると思ったからだ。しかもそれが暁人となればそれなりに影響力もある。

「僕も納得できない。本当のことを説明しているだけなのに勝手に疑われているんだから」声が震えていた。暁人の強さが本当に羨ましかった。自分も暴力に正面をきって抗いたい。

「よく分からないけど,嘘に良いように踊らされているだけなんじゃないのか!」怜が木村を言い詰めた。


 最後の一押しだった。自分にできる最小で最大の反撃だった。


「嘘じゃない!ウチ,今朝こいつらが話してたことそのまま伝えただけだし!」もちろん戸田も必死だった。

 それもそのはずである。怜が思うに,いじめは『なかよしグループ』の中で最も行われやすいのだ。集団の団結力を維持するには共通の敵を作り上げるのが一番手っ取り早い。それも,グループメンバーが全員周知している人間で,かつ他の集団に属さない方が都合がよい。

 仮にグループ外の人間を選んだとしでも,そいつはもともとグループの外にいる人間なので自集団の団結力の強化にはあまり影響しないし,もともと他のグループと仲良くやっているのなら尚更意味がない。選ぶなら,排除されてもなおその集団に属したがる人間でなければならないのである。

 そう考えると睦はむしろ特殊な例だった。睦がもともと大人しい性格で内向的であったことや,首謀者がクラスを恐怖で制する木村であったこと,木村が自集団の団結というよりも,単純なストレスのはけ口としていじめを行っていたことなど,多くの不運な要因があったように思える。

「本当だよ!本人が来なきゃどうすることもできないとも言ってたし!銃なら本人っていうのおかしいじゃん!」

 戸田の説明はもっともである。だが,怜にとってはそれも想定内であったし,むしろそれが決定的に欲しい情報だった。

「黙れ戸田ァ!」木村が怒鳴った。

 戸田が涙ぐむ。怜には戸田の気持ちはよく分かったし,もちろん申し訳ない気持ちもあった。その一方で,木村が怒りを露わにする気持ちもよく分かった。木村としては,完全に弁明できる余地を与えないまま,こちらがいじめに言及するようなそぶりを見せるまで脅しをかけたかったに違いない。

 一旦対抗勢力だと認識できれば,彼なりの大義名分を持って制裁することができ,よりクラスにその力を顕示できる。僕は木村に同調する人間にとっては確実にいいターゲットになるだろうし,周りも傍観者に徹しやすいだろう。

 暁人にしても,木村は暁人にわざと手を出させるよう仕向けるだろうし,その結果,大地のように脅されればそれ以降は強く出られない可能性もある。

 だから今はあくまでも決して敵ではなく,必死にその誤解を解こうとしているというスタンスを貫いておきたかった。

「本人っていうのは銃のことじゃなくて,暁人のお兄さんのことだよ。2日後のゲームに暁人と一緒に行こうって話しになってて,暁人はお兄さんからエアガンを借りる予定だったんだよね」

「うん」暁人が相槌をうつ。

 木村も弁明の機会を与えてしまった以上,遮ることができない様だった。むしろ,説明でボロを出すのを待った方がいいと考えたのかもしれない。

「大学生で一人暮らししてるんだけど,夏休みで今日から帰省するってことで持ってきてもらうことになってたんだよね」

「そう。でも急に来れなくなった」内容が読めたのか,暁人がピッタリと辻褄を合わせる。

「昨日の夜に連絡があったんだよね確か。既に県外で合宿中だから郵送もできないとかで。だから僕も丁度新しいの欲しかったことだし,急ぎでネットで注文したってこと」

 一通り,今出た情報についての弁明を装った言い訳が終了した。あとは木村の出方次第だった。まだその前の会話についての情報を持っていれば,それについての言い訳も用意できる。

「もういい。黙れ」木村は面白くなさそうに吐き捨てた。

 もし相手が怜なら,話の真偽を確かめるからそのサバゲーとやらに連れて行けと言うだろう。それも想定していたし,実際にゲームが開催されるという事実もある。

「覚えてろ」木村はそういいながら怜と暁人をそれぞれ睨み,教室を後にした。


 緊張が一気に解け,どっと疲れが襲ってきた。木村を出し抜けたことに対する爽快感はひとしおであったが,我に返ると同時に激しい後悔の波が押し寄せた。

 さっきまでは弁明することだけに集中していたが,冷静になって考えれば,木村にとっての大義名分など,どうでもいい理由で容易く設定できるものなのだ。つまり,目を付けられ,「気に入らない」とされた時点で終わりなのである。

 そう気づいた瞬間には,もう遅いのだけれど。


「なんか複雑な気分だ」怜が呟いた。

「なんで?すっきりしたじゃん」暁人が返す。

「後で何されるかわかんないよ。寺山君みたいなこともありえるかもしれないし」

「ああ,大地ね・・・そうだな」その名を聞き,暁人にも少し恐怖が戻ったようであった。

 少しの沈黙が続いた。おそらく,二人とも同じことを言いたかったに違いない。

 あそこまで言えたなら,もっと直接的に「いじめなんてやめろよ」と言えたんじゃないだろうか,と。

 怜は,保身には必死になれるのに,人の為にその必死さを使えない自分がいることに気が付いた。結局のところ,まだ自分は傍観者の一人でしかないのだ。

「今日は,買い物行かなきゃだからそのまま家に帰るよ」怜が言った。

「わかった」暁人が答えた。

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