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カゲロウの丘  作者: 个島
6/16

S,S,S.

 「夏休みまであとわずかですが,みなさん気を抜かずにしっかりと学校生活を送りましょう」毎日恒例の朝の放送が流れている。その頃には,怜はもうすでに机に突っ伏していた。


 怜の『作戦』の詳細は以下の通りだった。まず初めに問題となるのが登校時間だった。誰からも見つかることなく,一番乗りで教室に辿りつけるのがベストだ。そうなると,校舎が丁度開くくらいのタイミングが最適だと考えられる。

 早くから朝練がある部活は,7時には始めているはずだ。そのため,少なくとも6時30分くらいには校舎が開いているのではないか。と,怜は考えた。そして,6時には家を出た。

 6時30分ちょっと過ぎに怜は学校へとたどり着いた。『作戦』を実行しているせいか,妙に気持ちが昂っていた。まだ仄かに暗い空のもと,校庭の先に見えるくすんだ白い3階建ての建物は,まるで敵の要塞の様にも感じられた。まだ温まりきらない空気が怜の背中を押した。

「僕はスパイだ。MI6の諜報員だ」そんなことを考えながら,敵の目を掻い潜りつつ,標的となる建物に潜入するつもりで生徒玄関へと向かった。

 学ランを着て学生カバンを背負ったスパイは前進する。この制服は防弾・耐火仕様だし,カバンにはスパイの秘密道具がたくさん詰まっているのだ。まあ,僕の立てたプラン通りに動けば,その出番はないだろうけれど。

 そんなことを考えながら玄関へたどり着いた。扉は閉じていて,それだけでは鍵が開いているのか否かが分からなかった。

 しかし,サムターンの部分を覗きこんで閂が出ているかどうかを確認するなどという野暮なことはしない。扉を引いてみて,閂と受座がぶつかる音が立てば作戦失敗。そのまま開けば第一関門突破である。

 怜は,少し緊張しながらステンレス製のドアハンドルに手をかけた。ひんやりとした反応が手のひらに返ってきた。思い切って扉を引くと,扉はすんなりと開いてくれた。

 予想通りに物事が運ばれていくのは気分がよい。癖になりそうだ。ドーパミンやノルアドレナリンが分泌されているというのはこんな状態のことを言うに違いない。怜の表情も微かに笑っている様だった。

 ただ,ここからが重要で校舎内でクラスの人間に出会ってしまえば最悪だ。とくにいじめ加担者側の人間には会いたくない。スパイ映画でも,潜入後の方が重要なのだ。

 そうは言っても,そんな早朝の校舎で生徒に出くわすなどそう簡単にあるはずもなく,教室までの道のりはいとも容易いものであった。しかし,怜は教室へは入らずにその前を通り過ぎていく。彼が向かう先はトイレへだった。

 そして,トイレットペーパーをいくらか拝借しするとポケットに捻じ込み,教室へと戻った。お察しの方もいることだろう。あの死骸をトイレに流してしまおうというのがこの作戦である。

 怜は睦の机の前に立っている。ここからは素早く,静かに,確実に行わなければならなかった。『Swift, Silent, Securely(Deadlyではない)』である。もし睦の机をひっくり返している最中に誰かに見つかりでもすれば,それこそ終わりだ。

 あの光景を思い出し,死骸がどのあたりに落ちて行ったかを思い出しながら机の中を覗き込んだ。

 奥は薄暗いこともあってか,それらしいものは見つからない。

「置き勉はしない派か。僕もしないけど」などとどうでもいいことを思いつつ,わずかに入っている冊子や印刷物を取り出した。

 これほど分かり辛いなら,気付かずに済んだのではという気もしたが,もうここまで行動に移しているので最後までやり遂げたかった。

 再び覗き込むと,奥の隅の方に嫌な雰囲気を醸し出す物体が佇んでいる。

 トイレットペーパーを取り出し,手のひらの上に丁寧に重ねながら置き,それが崩れないように指の間に挟んで持つ。そしてそのまま机に腕ごと突っ込んだ。

「ひっ」と思わず声が出た。

 トイレットペーパー越しからでもあの凶悪な感触が分かった。腕から背中にかけて鳥肌が立つかのような思いをしながらもアレをつまみ出すことに成功した。

 机を傾けて,落ちてきたのをキャッチする方法もあったが,机の中をあれが引きずられながら移動することが想像されたのでやめた。

 掴んだそれを床に置き,急いで机の中身を戻す。床のアレはトイレットペーパーに優しく包まれながら仰向けになっていた。

 怜は,今にも泣き出しそうな仁王像の様な情けない顔になりつつ,床のそれを拾い上げてトイレへ駆け込んだ。もはやスパイ気取りなんてしている余裕はなかった。

 個室へ飛び込むと,すぐさま右手の手のひらに載っているそれを便器へ投げ入れて流した。

 これでもう証拠はなくなった。作戦成功である。

 石鹸をこれでもかと言わんばかりに使って手を洗い,何事も無かったかのように教室へ戻った。

「6時50分。任務完了!」と,つぶやくとそのまま机に突っ伏して寝てしまった。早起きの分の眠気が襲ってきたのだろうか。


 気が付くと,教室は人で溢れかえっていて,ホームルームが始まろうとしていた。


 睦の席には誰も座っていなかった。


 夏休みまであと3日。このまま睦の姿を見ることなく,僕たちは夏休みを迎えるのだろうか。

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