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カゲロウの丘  作者: 个島
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街燈の虫と我

 怜は,まだあの公園に居た。

日は沈みかけていて,昨日と同じようにヒグラシが鳴いている。ジメジメとした空気が怜の腕や首にまとわりついていた。

開いた文庫本は,しおりから2ページ進んだだけだ。

 暁人はまだ部活をやっているのだろうか。学校に戻って,様子を見てこようか。

怜はそう考えて,踏みとどまる。

暁人がここに来るアテなど微塵もないのだ。暁人が来る気がする,というのは単に自分の思い込みなだけであって,約束もしていなければ確信もしていない。

普通なら,約束していないのなら来るはずがない。自分がいかに自惚れていたのかを思い知らされた。僕は気持ちが悪い。

それに,仮に寄ろうという気持ちがあったとしても,実際に昨日の今日でまたここに来るのは気が引けるかもしれない。

そして何より,僕と違ってあいつは忙しい。

 自然と「自分と違って」という考えが出てきたことに怜は驚いた。

いくら仲良く見えても,所詮は他人なのだ。心が通じ合うということなんてありえない。もしかすると,家族ですらありえないのではないだろうか。

 夕暮れ時でも,日中の暑さは残っていて,怜は汗ばんだ頬をワイシャツの袖で拭った。街燈に虫が集まっている。小さな羽虫のようなものから,大きな蛾も飛んでいる。

習性とはいえど,何を思って光に飛んでいくのだろうか。蟲たちの目にはあの街燈がどう映っているのだろう。僕たちに置き換えると,あの街燈は何に値するのだろう。

たぶん,僕達も無意識のまま,必死に街燈に向かって飛び続けている。

 ふと,睦の顔が思い出された。そして,今日の光景も。

「何してんの?」

後ろから声をかけられたのに気が付き,怜ははっとして振り返った。

 颯太だった。

「何って,本読んでたんだよ。見ればわかるでしょ」怜はまだ暁人を期待していた自分に嫌悪感を覚えた。背中からぞわぞわっとした感覚が全身に広がっていった。

「そうなんだ,目悪くなっちゃうよ?」

颯太の言葉で,本を読むには辺りが暗すぎることに怜は気づいた。

「うん。颯太くんは今帰り?」怜は本を閉じると,慌ててその指摘を受け流した。

「いやー,部活はとっくに終わってたんだけどね」

「いっつも自転車でウロチョロしてるよね。何してるの?」あくまでも,本人はこの言い方に悪気はない。

「う,うろちょろ・・・」颯太が苦笑いした。

「ちょっといろいろあってね!」ニコニコとした笑顔に戻して颯太が返す。

「そっか。活動的だね」

怜は颯太のことは嫌いではなかったが,親しい実感がなかったので少し距離を感じていた。上手い言葉が探せない。自然に振舞おうとすると,ついにべもない言い方になってしまう。

「俺はそれが取り柄だから!」

「そういえば,学校の横を通ったら体育館はまだ明かりが点いてたよ。遅くまで大変だなー」

 怜は颯太のこういうところが好きだった。颯太は相手の求めるものを察知することに長けていて,その上それをあからさまにしない。

もし自分だったら,こうは言えないだろう。きっと「暁人を待っているんだろう」と分かれば,直接的にそれを指摘してしまうに違いない。

読書のくだりでも同じだ。「こんなに暗いのにまともに読めるはずがない」と言っていただろう。もっとひどければ「家で読めば?」とも言うかもしれない。

 颯太は敵を作らない。それが羨ましかった。

 暁人も颯太も,自分には無いものを持っている。それゆえに人気もある。自分が小さく見えた。僕は負け犬だ。そう思った。

また,今日の教室での出来事が思い出された。颯太ならどういう行動をしていただろうかと気になった。

「ふーん,そうなんだ」怜は内心知りたいことを知られて嬉しかったのだが,あえて興味のないように振舞った。

「ちなみに野球場は明かりが消えてたよ!」

「そっか」

どう返せばよいのかわからなかった。相手が喜びそうな反応を考えていたら,テンポが遅れて妙な間があいてしまう。その方が怖くて,つい無意識に素っ気ない返事が出てしまった。

「ごめんごめん。どーでもいいね!・・・じゃー,そろそろ俺は行こうかな」

颯太はそう言いながら,挨拶代わりに軽く右手を挙げて踵を返した。

「僕も行くよ」怜がカバンを担いで颯太に駆け寄った。

怜の予想外の行動に,颯太から「え!?」という声が漏れた。

 怜にとっても,勇気の要る行動だった。

実際,待っているべきかどうかという葛藤と,颯太についていくかどうかという葛藤で揺れ動いていた。

一番望ましいのは,颯太を見送ってから暁人を待つという選択だったが,今日のことを話すにはさすがに遅すぎると思った。

颯太についていくのも,本当は気が引けた。会話が続かないのは分かり切っていたからだ。暁人が居れば,そう思いかけて,また自分の不甲斐なさに気付いた。

 彼を見送ってから少し間をおいて一人で帰るという選択の方が気まずい思いをしなくて済むし魅力的だった。

 ただ,今はとにかく,気を遣ってくれていたであろう颯太に対して,敵意がないということだけでも示したかった。

 それに,少しでも自分を変えたかった。

「一緒に行く」もう一度怜が言った。颯太の反応は,聞こえていなかったからだと思った。

 颯太はただ立ち止まって待っていた。

 案の定,会話が続かずに気まずい思いをすることになった。颯太が色々と話題を振ってくれるのがさらに申し訳なくなる。

結局,自分のエゴに付き合わせる形になってしまったことを悔やんだ。颯太も自転車をわざわざ押して帰るより,乗った方が速かったことだろう。

そこまで気が回らなかったことが情けなかった。颯太ならこんなことはすぐに気付いたはずだ。

「いつも何の本読んでるの?」と,颯太が怜の持つ本を指差して訪ねた。

「神曲」怜が答える。

「しんきょく?」

「うん」

「ふーん,そうなんだ。面白いの?」

「全然」

突然,颯太が声をあげて笑った。

「えー?苦行かよ!」

予想外のリアクションだった。怜の緊張が少しほぐれた気がした。

「苦行かもしれない」怜も笑った。

「読まなきゃいけないの?」

「そんなことはないよ。でも,ちょっと気になったから読んでみようかなって」

「そうなんだ。どう気になったの?」

「これ,作者がダンテ・アリギエーリっていう人なんだけど,ハマってたゲームの主人公がダンテっていう名前でさ・・・」

颯太は相槌を打って聞いている。

「この作者から名前を取ってるらしいんだよね。それで本の内容も主人公のダンテが地獄と煉獄と天国を巡るっていう内容らしくて・・・」

「確かに面白そうだ!」颯太が頷く。

「でも,実際読んでみたら・・・?」颯太が怜の方を見てニヤニヤ笑っている。

「全っ然,面白くない!」怜が熱を込めて言い放つ。

 二人の笑い声が街燈が照らす路地に響いた。

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