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第四話―1

「うわっ!」

突如襲ってきた衝撃に雅哉の体が跳ねる。

[ちゃんと周りに気を配って!]

アルカディアの叱責が頭に響く。

「ごめん!」

謝りながら雅哉は必死にアルカディアを操る。

アルカディアの視界は全包囲数kmに及ぶ。辺りは何もない荒野で牙王が発生させた結界の中と同じく紅い。その紅い世界には今まで倒した妖魔の死体と背後に迫る巨大な影。

[後ろ!]

「分かってる……!」 アルカディアは大地を踏み締め、砲弾の如く前方に飛ぶ。しかしタイミングが遅く、妖魔の爪が背部スラスターを削る。

[痛たっ!]

「ごめん、大丈夫!?」

アルカディアの悲鳴に焦って謝る。

[そんなことより敵!」

背後の妖魔は追撃の魔術を撃つ体制に入っている。

アルカディアはそれに向って両の掌を向け、そこから光球を射出した。

二つの光球は螺旋を描くように回転し、敵の目の前で混じりあい、着弾した瞬間爆発した。

閃光が紅い世界を照らす。

光が収まった後には何も残っていなかった。

[妖魔全体死亡確認。お疲れ様、雅哉。結界を解くよ]

額から流れる汗を拭っていると、脳内にアルカディアとは違う男の声が響いてきた。

「分かりました」

雅哉が答えると同時に世界は姿を変えた。荒野が消え、アルカディアはハンガーの定位置に立っていた。

「ふう……」

それを確認し、雅哉はアルカディアとの視覚同調を解き、張り詰めていた息を吐き出した。


魔術を知ってから一週間が経った。その間義姉やリリアに魔術を教わったり、こうしてアルカディアを訓練を行って過ごしてきた。

さっきのような結界は幻影結界と言い、対象を異世界に引き込み幻影に襲わせるというものだ。幻影なので危険も無く、場所もとらないので訓練にはもってこいの結界といえる。その中でずっと訓練してきているがどうにもうまくいかない。

魔術の方は元来の魔力の高さでなんとかはかどっているのだが。

アルカディアの操作は思考で行う。念じれば動くのだ。

しかし、念じれば動くということはどう動くか想像できなければいけないわけだ。雅哉は運動神経は悪くないが、喧嘩などしたことは一度もない。高度な戦闘行動が想像できないのだ。

なので雅哉はアルカディアに全て任せた方が良いと言うのだが、

『貴方が動かせるようにならないと駄目よ』

義姉もリリアも口を揃えて言うのだ。


(何でなんだろう?)

アルカディアの無機質なコックピットの壁面を見つめ、雅哉は思う。

アルカディアは自分で妖魔を倒せるのに、どうして満足に闘うこともできない自分が操らなければならないのだろう。

幻影結界は傷こそ付きはしないが、痛みはちゃんとくる。アルカディアは傷付く度に悲鳴を上げ、雅哉は無力感と後悔に苛まれるのだ。

「ごめんね、アルカディア。痛い思いばかりさせて」

雅哉は悔恨の情に動かされ、訓練を始めてから毎日言っている台詞を吐く。

[いいんですよ。元はと言えば、一般人である貴方を巻き込んだ私がいけないんです]

そしてアルカディアもいつも通りの受け答え。

「巻き込んだ、か……」

雅哉は小さく呟いた。

そもそもどうしてアルカディアの起動に雅哉が必要なのか。

あの日、死にかけていた雅哉を救い、治療したのはアルカディアだという。ならば、アルカディアは雅哉が乗らなくても動いていたということになる。

しかしリリアはアルカディアの起動には雅哉が必要だと言った。

それを一度聞いて見たが、

[私がベストコンディションで動くのに、貴方の魔力が必要なの]

アルカディアはそう答えた。

だが何か違う気がする。理に適った答えなのだが、何故か他に理由があるように思えてならない。

(僕は知らないことが多すぎる)

魔術という世界の裏に存在する事柄だ。深入りすれば戻れないと、義姉かリリアが口止めをしているのだろうか。

[雅哉さん]

頭に響いた声で思考は中断された。

「なに」

[そろそろ出たほうがいいですよ。リリアさんと里奈さんが心配してます]

「そうだね、じゃよろしく」

雅哉は頷き入ってきたときに通った穴を見上げた。

アルカディアから出る方法は到って簡単。入るとき逆のことをするだけだ。

体を覆う光の膜が輝きを強め、雅哉の体はシートから離れて出入り口の穴にゆっくり浮かび上がっていった。

この瞬間がアルカディアに乗っている時――いや、最近の生活の中で一番心休まる時だ。

入る時のように異常スピードで動くのではなく、ゆったりと上がっていき、まるで高級なソファに座っているかのような感覚もする。

だが、一番の理由はあの心地を最も強く感じるのがこの瞬間だからだ。

誰か愛しい人の側にいるようなそんな心地は、アルカディアに乗っている間少からず感じているが、コックピットに居る時には緊張して、コックピットに向って落ちている時は恐怖の方が勝って浸ることができない。

だから、この瞬間は何も変えがたい雅哉の楽しみだった。



そんな時間も直ぐに終わり、雅哉はハンガーの床に降り立ってアルカディアの荘厳な巨躯を見上げていた。しばらくそうしているとよく分らない素材でできた床を早足で蹴る音が一つと、落ち着いた足音が二つ聞こえた。

ドンと何かが足にぶつかり雅哉は倒れかかるが何とか踏ん張る。

[お疲れ様ー雅哉]

見下ろせばリリアの無邪気な笑みがあった。

「リリア、抱き付くのは仕方ないけどもうちょっと優しくしてくれる?」

[わかったー]

少し困った顔で要求するとリリアは笑顔で頷く。が、恐らくわかって無いだろう。毎日このやり取りは繰り返している。

「ははは、やっぱりモテモテですね。羨ましいですよ」

気さくな笑い声が聞こえそちらを向けば、何故か不満そうな顔した里奈とメガネを掛けて屈託ない笑顔を浮べた男が歩いてくる。

「そんなこと無いですよ竜己りゅうきさん」

雅哉は苦笑を藤堂竜己に向けた。

藤堂竜己は雅哉が魔術を知ってから知り合った初めての男性だ。短く調えられた髪と健康的な肢体で活発な印象を受けたが、彼は運動が苦手らしい。

しかし頭の方は抜群で魔導騎兵計画の科学側のリーダーを務めている。彼は雅哉があった初めての科学側の人物でもあるのだ。

「そんなこと言うと、世の男性から殺されますよ」

笑顔のままそんなことを竜己は口走る。

「そうでしょうか?」

「そうですよ」

竜己は雅哉の問いにわかって無いですねと首を振った。

竜己はいつも笑顔を絶やさない。それは科学者にありがちな他人を見下すものでは無い純粋なものだ。

彼は雅哉のような子供にも礼儀正しく接する。それも相俟って雅哉はこの年齢不詳の男を歳の近い兄のように思っていた。

「それは置いておいて雅ちゃん」

今まで黙っていた里奈が口を開き、雅哉は苦笑を消し里奈に向き直る。

「アルカディアの操縦は一向にうまくならないわね」

「うっ……」

里奈の冷たい声で言われると少しヘコむ。

「やっぱり生身で修行をした方がいいわね」

「そうですね、そっちのほうがいいんでしょうね」

雅哉も強くなりたいのだ。理不尽に奪われる命を守りたい。命を諦めさせたくない。

そのために必要なら何でもしたい。

「それは必要無いですよ」

と竜己が口を出してくる。

「竜己、何で?」

里奈が隣りの竜己を睨み付けるような目で見る。

「雅哉はちゃんと成長してますよ。それは目に見えにくいですが着実に」

「そうでしょうか?」

「ええ」

竜己の言葉に半信半疑で聞き返すと、自信たっぷりに頷いた。

「始めに比べてアルカディアの悲鳴もだいぶ減りましたし、荒いですが魔術も撃てるようになりましたからね」

「そうだけど、早く強くならないと」

里奈の言葉に竜己は、

「何故急がなければいけないんです?アルカディアが出ることなんて、そう無いですよ」

と、当然の如く返す。

聞いた話ではアルカディアが出動するのは牙王級――つまり人の手に負えない――の妖魔が現われた時ぐらいなものらしい。妖魔は世界中にはびこっているらしいが、人の手に負えないものはそう居ないらしい。

だから急ぐ必要は無いのだが、里奈はそれを急かしている。

[私もした方が良いと思うよ]

足に抱き付いたままのリリアもそう言う。

「でも僕は強くなりたいので、お願いします」

そう言い頭を下げる。

「そうですね、急ぎすぎるのもよくありませんが――早いに越したことはありませんからね」

「良いんですか?」

「良いも何も、元々私の許可なんて取る必要は無いですよ」

そう言って竜己は笑う。

「でも体調管理は気をつけて下さいよ。あまり無いとは言え、妖魔はいつ来るか分かりませんから」

「はい」

竜己の注意に頷く。

[じゃいつまでもこんなとこに居ないで、早く帰ろ]

リリアが服の裾を引っ張って言った。

「そうだね」

雅哉はリリアの手を取る。それでこちらの意図を察して竜己と里奈は出口のエレベーターに歩き出した。里奈は冷たい目でリリアを睨み付けて。

[だっこがいいー]

と駄々をこねる子供のようにリリアが言うが雅哉は無視する。

手を繋ぐのでさえあの調子なのだ。だっこなどすればそこが戦場となり、自分の墓場になる。

不満そうな声を上げるリリアを引っ張るようにして義姉達に続こうとした時、背後から視線を感じた。

振り返るとアルカディアの姿がある。

それが寂しげに見えた雅哉は、

「じゃあね、アルカディア」

そう言って手を振り、踵を返してエレベーターに歩き出した。

その傍らでリリアは長い金髪に隠された哀れむような目でアルカディアを見つめていた。


「ところで」

エレベーターの中、雅哉は里奈との間にいるリリアを見下ろした。

[なに?]

何をするでも無く揺れる床を見つめていたリリアは雅哉を見上げた。揺れた前髪の向こうの顔は笑顔だった。

「リリアは喋れ無いのにどうして魔術が使えるの?」

見る者を安らがせる笑みに雅哉も微笑みながら問うと、リリアはその顔を曇らせた。

「あっごめん」

リリアがそれを気にしていることを失念していた雅哉は、慌てて謝る。

[うぅん。雅哉が謝らなくても良いよ。喋れ無いのは仕方ないし……]

そう言ってリリアは笑ったが、明らかに作り物だった。

どうすればいいか分からず雅哉は取り敢えずリリアの絹のような金髪に手を乗せ撫でた。

[うーん、そう思うなら話終わるまでそうしてて]

「うん」

その感触を楽しむように目を閉じたリリアの言葉に雅哉は頷く。里奈が睨んできたが気付かない振りをした。

[魔術の基本は想像だって教えたよね?だから魔術は詠唱しなくても撃てるの。実際強い魔術師は詠唱無しで魔術を撃つの」

「へー、じゃなんで皆詠唱するの?」

「それは行動を伴った方が想像しやすいからだよ。考えるより動け――とは違うけど、動きながら考えろってこと」

少し違うがこれから自分のする訓練と似たようなものだろう。

人間は何かが無ければ想像するもできない。その何かが言葉であり記憶なのだろう。

「と言っても詠唱に言霊を響かせれば魔術の成功率、威力が上がるから出来るだけ詠唱をした方がいいのよ」

里奈が突然口を開いた。

今まで里奈に聞こえていたのは自分の声だけだろうに、リリアの声も聞こえていたかのような里奈の言葉に一瞬戸惑うが、よく見ればリリアは里奈の手の甲にほんの少し指を着けていた。

「じゃあリリアは凄いんだね。喋れ無いのにアルカディアの魔術武装を作ったんだから」

アルカディアに備えられた魔術武装には魂の継承魔術を応用した魔術を使っている。

魂に魔術を刻み付けるには当然その魔術が使えなくてはならない。魔力教科や魔力出力を上げる能力も持つアルカディアだからこその力だろうが、それを踏まえてもあの『セイクリッドブレイズ』を始めとする魔術は強力だ。それを詠唱無しに使うことの出来るリリアはその強い魔術師の範疇に入る実力者といいことだろう。

[そんなこと無いよ、私は特別だから……]

しかし褒められたリリアは辛そうな声を響かせた。撫でられて嬉しそうな顔をしてこちらを見上げていた顔を伏せた。その垂れた前髪に隠された碧眼は泣きそうに歪んでいた。

「どうしたのリリア?僕何かリリアを悲しませるようなこと言った?」

リリアの頭を撫でるのを止め、雅哉は屈んでリリアと目線を合わせる。

[何でも無いよ]

リリアはそう言うが目を合わせればはっきりとその悲しげな顔が見て取れた。

「でも……」

困ったように里奈を見上げると顔を背けられた。

(義姉さんも何か知ってるんだ……)

どうしたと言うのだろうか。

(やっぱり僕は知らないことが多いな……)

だがこれはリリアのプライベートな部分だろう。自分で話してくれるのを待つしかない。

なので雅哉は謝ることはせずリリアの頭を撫でるの再開した。

リリアが伏せていた目を上げる。それに雅哉は笑いかけた。

それを見たリリアは花のように笑い、

[えいっ!]

雅哉の首に抱き付いた。

「リリア!?」

[えへへ」

驚く雅哉をしり目にリリアは悪戯っぽい笑みを里奈に向けた。

当然里奈は憤慨し、

「リリア!」

リリアを引っ張って雅哉から引き離そうとする。

「義姉さん、苦しい……」

リリアは雅哉の首にぶら下がるように抱き付いているので、必然的に雅哉の首が絞まり雅哉は苦悶の声を上げた。

「くっ、リリア……!」

忌々しげにリリアを睨み里奈はリリアから手を放す。それに向って舌をだすリリア。

「あんた……!」

一瞬飛び掛かろうとしたのか腰を屈めた里奈だが、先刻のことを思い出したのか顔しかめて踏みとどまった。

「えっと、義姉さん落ち着いて下さい」

慌てて仲裁に入る。

「雅ちゃんは黙ってなさい。公序良俗は大切なことよ」

ひどく冷たい声で言われて口を噤むしかなった。

「さあリリアこっちにいらっしゃい。少しお話ししましょ」 怪しく手招きする里奈の姿はさながら悪徳商売人のようだ。実際はそれの比では無いが。

リリアは怯えたように抱き付く力を強め、雅哉に密着する。怒りのボルテージをさらに上げる里奈。

「だから義姉さん、落ち着いて下さい!」

恐怖とデジャブを強烈に感じながら、勇気を振り絞って里奈を宥めにかかる。

「雅ちゃんは黙ってて!」

取り付くしまが無かった。

「でもリリアは小さいですし……」

諦めずに雅哉が言うと里奈が固まり、呆れたようにため息を吐いた。

「確かにリリアは小さいけど、貴方より年上よ。忘れたの?」

言われて思い出す。リリアが学校の先輩だということに。

「そうでしたね」

そう呟けば今度はリリアが頬を膨らませた。

[そうだよ。私の方が長く生きてるんだから!]

怒気を孕んだ声が頭に響く。

そうは言っても外見は言うまでも無く、今の怒り顔や無邪気な言動、今のように抱き付いてくる行動など見ていれば年下と思ってしまうのも無理は無い。

今度はリリアを宥めにかかった雅哉を見て、

「そう言えば、なんで雅ちゃんはリリアに敬語使わないの?」

少し落ち着いた声で聞いてきた。

「それは――」

そうしろと頼まれたから。そう答えようとした時、雅哉の頭に疑問が浮かんだ。

(僕はどうやってそれを頼まれたんだ?)

初めてあった時リリアは一人で、何かを書く道具も携帯も無かったはずだ。それなのにどうやって自分はリリアにそれを頼まれたんだろう。

それともう一つ。

(僕はなんでアルカディアに敬語を使ってないんだ?)

雅哉は他人には年下でも敬語を使うようにしている。それを知っているからこそ里奈は先程の質問をしたのだ。なのにアルカディアに対しては、リリアのように頼まれたわけでも無いのに初めから敬語を使って無かった。

不意に少女の笑顔があの不思議な感覚とともに過ぎる。

[雅哉?]

我に帰ればリリアの顔が間近にあった。少し口を突き出せばキス出来るほどに。

「…………」

言葉を放つことも忘れ魅入られたように深い碧眼を見つめた。

[…………]

リリアも雅哉を見つめ、そして顔を近付け――

「こら!」

里奈に首を掴まれて止められた。

「今何しようとした?私の雅ちゃんに」

折角収まった怒りが先程より高まっており、里奈は感情の感じない――されど確実に怒っているとわかる声でリリアに聞いた。

[ふーんだ。雅哉も望んでたもん]

「望んでないわ!」

同様した風も無く言うリリアに里奈は怒気を爆発させた。

言い争いになった二人を見て雅哉はため息を吐き、

「待って下さい義姉さん――後リリア、そろそろ足がキツいんだけど――」

考えるのを後回しにして再三の仲裁に入っていった。

そんな光景を竜己はエレベーターの扉にもたれ掛かり、父のような慈愛に満ちた顔で眺めていた。

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