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文化系男子部  作者: 華由
第六章 案ずるより産むが易し
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2

 昼食を取り終えてしばらく、水城は火也(かや)と軽音部の部室にいた。

 事の発端は火也の「そうだ! ボクの部室にシンちゃんの描いたキャラデザが置いてあるから、それ見て描けばいいんだよ!」という発言からだった。

 あまりにもキャラクターデザインが描けない火也とヒカルが海斗(かいと)に描いてほしいと頼んだところ、彼は風景画以外の絵を描くことは不可能だと口にした。そして上手に描くための苦肉の策として、シンの絵を真似るということになったのだ。

「いろいろあるんだな……。てか、すげぇインク臭い」

 生まれて初めて入る軽音部の部室は機材や楽器が置いてあり、近くの棚にはコード表や楽譜が並べられている。床にもまだ書きかけの楽譜が散乱していて、それと共にキャラクターを描いた紙も交ざっている。

 火也はその中で女の子が描いてある紙を一枚ずつ拾い集める。

「たくさんあるでしょ? ボクが楽譜を書いたり、歌ってたりしてる間にシンちゃんがここで絵を描くんだ」

 そう言って火也は近くのイスと机を指差した。そこには漫画で使用されるつけペンやインク、ものさしなどが並んでいて、そのテーブルのちょうど後ろに位置する棚には原稿用紙が重ねてある。臭いの原因はここからだった。

 水城は慣れない臭いで麻痺しそうな嗅覚を労わるように、そっと口と鼻を手で覆う。

「よくここで作業できるな、オマエ」

 長時間いるとインクの臭いに頭がくらくらしそうだ。

「そう? でも、ここ使うのってボクとシンちゃんくらいだから充分なスペースだよ?」

 誰も部屋の広さの有無を話しているつもりはない。水城はそう思ったが、それを口にする暇すら与えてもらえず、火也が話題を移す。

「水城君はさ、シンちゃんが嫌い?」

 出し抜けの質問に水城は目を見開いた。そこに映し出された火也の顔は心苦しそうで、水城は視線を床へと落とした。

 散乱した紙が目前いっぱいに広がる。合わさっている楽譜と絵は似ても似つかないはずなのに仲良く並んでいて、水城の視線を一点に集めることを許してはくれない。

 言葉を発さない水城を見て、火也は優しい笑みを浮かべて、彼の目先にある紙を拾った。

「ボクね、廃部になりたくないんだ」

 火也の姿が視界の端に留まる。

「廃部になったらさ、部室もなくなるんでしょ? それはイヤなんだ。音楽が好きだからやっていたいっていうのもあるよ。でも高校生の間はここでやりたいんだ、音楽を」

「そうか」

「うん。実はね、ボクが入部した時にさ、ちょうど他の部員が全員退部しちゃって、ここを一人で使うことになっちゃったんだ。ちょっとショックだった。あー、また一人かって」

 一人というフレーズが自分と重なって、水城は一気に彼の話へと引き込まれた。

 〝ショック〟と彼は言った、一人で作業することを。そして水城もまた同じ。一人で小説を書いて、ほぼ一人で日々を過ごしている。

 ――じゃあ、オレは?

 そう訊きたかった。でも誰に訊けばいいのか分からない。

 水城は黙った。

「ボク、よく転校とかしてたから、あんまり友達とかいなくて。一人でずっと音楽してた。音楽は心を癒してくれる。音楽があれば大丈夫って言い聴かせて。だから今回も大丈夫って思ってた」

 火也が言葉を一回切る。でも水城は何も言わずに、火也の話に耳を傾ける。

「でもね、いつだったかな? そこにシンちゃんが来た。荷物置かせてほしいって。別に断る理由もないからオッケーしたんだ。それから、シンちゃんが荷物を置きに来るたびに話をしたんだ」

 絵を拾う火也の手に力がこもる。

「最初は〝よ!〟っていうすごく短い挨拶だった。でもしばらくした頃だったかな? たまたまボクの歌をシンちゃんが聴いてて、歌が上手いって褒めてくれた。そこから会話がぐっーて広がって、気が付けばシンちゃんがここで絵や漫画を描いてて、二人で仲良く作業するようになった」

 火也の目が細くなる。それが眩しくて、水城も彼につられて目蓋を少し閉じる。

「まったく違う作業してるのに、一緒に作業してる気分で、すごく楽しくて嬉しくて。一人より誰かと一緒に楽しく作業することも良いって知ったんだよ。女々しいって思うかもしれないけど、ボクにとっては大事なことなんだ。だからここを失いたくない」

「……何が言いたいんだ?」

 水城は訊いた。それに応えるため、火也が立ち上がる。

「分かってるよ、こういう言い方はセコイって。でも、それでも、廃部になりたくない」

小柳(こやなぎ)……」

「シンちゃんは短気だしチャラいし、口も悪いし、たまにイラつくこともあるかもしれないけど、でも本当は良い人なんだ。だからさ、シンちゃんと一緒に作業してほしい」

 火也が真っ直ぐと水城を見た。透き通った目は熱くて、女々しさの欠片もないほどの熱を帯びている。

「勝手な話かもしれない。でもね、ボクと水城君と海君とヒカルんと日野ちゃん、シンちゃん。みんなでやったら、きっと楽しいよ」

「自信満々だな、オマエ」

「だって当たり前でしょ。友達と作るんだから楽しいに決まってるよ!」

 さっき訊きたかったこと。その答えがこの先にある、そんな予感が水城の脳をかすめた。それと同時に、彼らと考えることで抱えているシナリオの問題も越えられるかもしれないと、感情が理性的な自尊心をゆっくりと解す。

「だから水城君もシンちゃんと仲良くしてくれないかな?」

 水城は無言で火也から目をそらした。でもその代わりに床に落ちているシンの絵をゆっくりと拾い集めた。その姿を見て火也もまた絵を拾い始める。

 火也はそれ以上、何も言わなかった。


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