廿肆 血液経文
少女に会ってから一夜を越えた朝。前の日は少女の家に泊めてもらい、体を十分に休めた。時雨は朝餉を食べながらかっかっか、と笑う。
「それにしても便利だよなぁ、陰陽師ってだけでかなり待遇いいし」
「この家が神事に関わるってこともあるんじゃねぇか?」
なるほど、と氷嵐と時雨は談笑している。昨夜の酒盛りで意気投合し仲良くなったらしい。尤も、酒が苦手な炎雷は早々に部屋に篭って夜遅くまで作業をしていたせいで目の下には立派な隈が見られる。
「炎雷、ちゃんと寝ねぇと体調崩すぞ。この暑さだから余計にやばくねぇか」
「お前いったい何してたんだよ」
「……ホンモノ作り」
「ホンモノ作りぃ? なんだそりゃ」
「内緒」
片側だけ唇の端を吊り上げて不自然に笑う。寝不足で笑顔も作れないようだ。
「炎雷、お前大体の話の筋は立てられてんだろ」
「まぁね。そういう蘆屋の弟子だって分かっちゃいるんでしょ?」
「……まぁ、見当ぐらいはな」
「え、わかってないの俺だけ? それはちょっと疎外感……だが、」
もぐもぐと咀嚼を終えて、箸を置く時雨。ぐぅっと猫のように伸びをしてにっこり笑う。この時雨という男、喜雨に近づくものには刺々しい空気を放つが、根は良すぎるほどいい奴だ。
「元々俺は力ばっかりで頭が良くねぇ落ちこぼれだ。……その分、頭のキれるアンタらがいれば最強だろ?」
炎雷と氷嵐は、珍しくも顔を見合わせくすくすと笑った。
「全く人のいいやつだ」
にたりと笑われても、褒め言葉である。
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「魃と、もう一つ?」
「おそらくだけどね。魃には日照りを起こす他には特に能は無い……言い方が悪いけど。でも、力は大きい。到底人間が相手にできるような代物じゃあない」
「……おいおい、そりゃどういうことだ」
文の家を出て十数分。続く日照りに大粒の汗を浮かべるも、歩みを止められない。炎雷の諭すような声に、氷嵐が怪訝な声を上げる。
「人間じゃ敵わねぇって、俺らが来た意味あんのか?」
「一つ言葉が抜けた。訂正する。……‘人間の力’じゃ勝てない。だからこの‘神様の弟子’を呼んだんだ」
くぃっと眉を上げて、その神様の弟子を見る。
「……のわりには俺、作戦何にも聞かされてないんだが」
「まだ言ってないだけ。そんなに焦るなよ、小蛇」
揶揄する彼女に舌打ちを残しながら、時雨が歩調を速めた。炎雷はにやにや笑いながらその姿を見ている。先ほどの通り、時雨は策の欠片も聞かされていないので、ムッとした顔のまま足元の小さな石を蹴飛ばすだけに終わった。また、炎雷の顔は隈の効果も相まって悪人のように歪んでいる。
氷嵐はその様子を黙って傍観するだけであったが、時雨の蹴飛ばした石ころに目線を移して、双眸を細めた。
「炎雷、見ろ」
「石ころがどうしたの」
「よく見ろ」
「……お前には何か見えるのか」
本当に分からない、と炎雷が首を傾げる。嘘ではなさそうだ。氷嵐は石を拾い上げて、じっくりと観察する。
――――――――血で書かれた経文が、小さな石をびっしりと覆っていた。
「石は見えるんだな」
氷嵐の問いに、こくんと無言で彼女がうなずく。琵琶法師かよ……と時雨が頭をかいた。
「この地方には、こんな小石を使った結界の張り方があったな」
「さすが国一番の鬼払い一族。知識に関しては負けないね」
くつくつと笑い、炎雷が皮肉る。
「国一番なのに実力はお前に及ばなくて悪いな」
「あぁ、よく分かってるじゃない。身の程を知ってるやつは嫌いじゃないよ――――それにしても、相手は思ってたような奴らとは違うらしい」
「そうだな……まぁ、俺らにかかれば一発だろ」
「強気なやつも、嫌いじゃない。ほら、時雨もぼぅっとしてないで行くよ」
「おぅ! ってどこにだよ……」
暑さに参りそうな小蛇――――もとい、時雨は地を這うそれのようにずるずると体を動かした。
「そりゃあ、村の中を三人でマラソンさ。まぁ、陰陽師は術にすがるけどね?」
清々しく笑った彼女の後ろには、すでに術で移動を開始している氷嵐の姿が見られた。
時雨の呟きの「琵琶法師」とは皆さんご存知の「耳なし芳一」です。時代など完全無視してますが、鬼火は一応「何でもありの」世界なので許してやってください。
数奇亭 拝




