第一話:お嬢様学校
今日は中学校の入学式。僕の隣にはしっかりお姉ちゃんがいる。
「まさか、本当についてくるとは…!」
僕はあの日から、少しずつではあるが髪を伸ばし続けている。
お姉ちゃんは、スカートを履いて女子制服に身を包んでいるのにも関わらず案外堂々としている僕を見て、なぜだか少し期待外れな顔をしていた。
「お母様は冬ちゃんに何て?」
できる限りお母さんの声をマネてみながら、僕は先日言われたことをそのまま言う。
「『冬狐が女の子にねェ…それって女子制服着るってこと?うん。似合うんじゃない?バレるかバレないかってスリルもあるわね。別に私は構わないけど。それだけ千冬と離れたくないんでしょ?応援するわ、頑張って!』だってさ。すぐOK出たよ。」
「そっか、私ってお母様に似たのね…」
「お姉ちゃん何か言った?」
「ううん。なんでもない。」
実は僕、お母さんが許してくれた詳しい理由も、服が似合うとかどうとかもよくわからずに喜んだ。もちろん、この先にどんな波乱の生活が待っているかなんてことも知らずに。だってお姉ちゃんと同じ中学に行っていいんでしょ?ってね。
…あ、そうだ。
「そういえばお母さん、なんだかんだお金で解決したらしくて、学校長は僕が男の子だって知ってるみたいだよ。」
「ええっ!?了解してくれる学校長って一体…」
驚いたお姉ちゃんが顎に手を当てて考えている。その点は僕も最初に理解した時はすごく驚いたけど、僕がお姉ちゃんと安心して一緒にいられる状況を作ってくれたのなら、感謝しないとだね。
そのうち、目の先にこれから僕たちの通う中学校の校門が見えてきた。
「あ、お姉ちゃん。ほら、学校そろそろつきそうだよー」
「うん。あ、そうだ冬ちゃん。今から自分のことは私って言わなきゃだめだよ。それと、なるべく私のこともお姉ちゃんじゃなくて千冬って呼んでね。」
「うん、わたし頑張る。あはは、変な感じ〜。って、えっ?お姉ちゃんもダメなの?」
「別にダメじゃないんだけど…冬ちゃんの場合、お姉ちゃんお姉ちゃんって甘えるし、目立ってそのうちバレても困るから。」
「ん〜じゃあ、千冬ちゃん。とか?」
「ちゃんつけるんだ。」
いよいよ僕たちは学校の敷地内へと一歩踏み出した。先輩と思われる人たちが新入生を歓迎して、それぞれの生徒に割り振られたクラスへ案内している。
「ご入学おめでとうございます。こちらがクラス表です。」
上級生に渡された綺麗な桜のイラストが大きく印刷されたプリントを見ると、僕とお姉ちゃんは2人とも1年2組だった。
「やった!ぼっ…わたし、おねえ…千冬ちゃんと同じクラス!…ごめん。これから慣れるようにする…。」
「ううん、無理しないで。僕っ子って女の子もいるから。」
「えっと、真土千冬さんと冬狐さんですね。教室までご案内いたします。」
僕たちの名前を名簿で確認した先輩は、こちらの様子をうかがって校舎の方へゆっくり歩き出す。その後をついて進みながら、最初の失敗にしょげていた僕を見てお姉ちゃんは笑いをこらえていた。
「千冬ちゃん、なんで楽しそうに笑ってるの?」
「べつに。ほら冬ちゃん行くよ?」
僕たちがちょうど校舎の大きな扉前まで来たとき、周りの生徒がざわつきはじめた。校門の前に高級車が止まり、運転席から整った恰好の執事が先に出てくると後部座席のドアを開けるのが遠目に見える。車の中からは、明るい色のロングヘアで背の高い女の子が出てきた。
「あれ、もしかして賀茂宮家のお嬢様じゃない?」
「あら、そうだわ。」
「新入生?この学校にご入学なさると噂では聞いていたけど、まさか本当だったなんて。」
賀茂宮家といえば、とんでもないお金持ちで有名だ。よくニュースに出ているのを目にするし、その時僕のお母さんは何故だか不満そうにテレビを見つめていることだって知ってる。一般の人からも名の知れた大財閥の娘さんなんだっけ。
「ご、ご入学おめでとうございます。」
「ど、どうぞ、こちらへっ。」
どうやら彼女への対応は、上級生でも緊張するようだった。手元のプリントにもう一度視線を落としてみると、『賀茂宮』という名字が僕たちと同じ1年2組の中にあった。
「あ。ねぇ千冬ちゃん。同じクラスに賀茂宮さんの名前があるよ。見て見て。」
「ふふ。私が有名なお嬢様と仲良くなることができたら、普段テレビでは見られないようなあんなことやこんなことしてくれちゃったり…」
「怖いよ千冬ちゃん?」
お姉ちゃんがたまに僕に対しても見せる悪戯っぽい顔で目を細めて、賀茂宮さんが歩く方に視線を移していた。
それにしても、本当にこの学校はお金持ちが多い。周囲を見渡しても、どこかで見たことがあるような人とか、お嬢様であろう慎ましやかな身なりや喋り方の人がたくさんいる。そうなると、僕たちの家も両親の仕事の関係で多少はお金持ちとはいえ、この学校を選べるお姉ちゃんはやっぱりすごいなぁ。
案内してもらった2階の教室に辿り着いて指定された自分の席に座っていても、僕が男の子だと気づかれることはなかった。そしてびっくりなことに、前の席はお姉ちゃん、僕の隣はあの賀茂宮さんである。通学カバンを自分のロッカーに置いたお姉ちゃんは躊躇うことなく、凛とした姿で座っている賀茂宮さんに真っ先に話しかけに行った。
「ごきげんよう。賀茂宮さん、でいいんでしょうか?」
「ごきげんよう。ええ、賀茂宮だけど何かしら。あなたは?」
「私、真土千冬っていいます、はじめまして。そしてあなたの隣に座ってるのが、私の双子の妹だから、私のことは気軽に千冬って呼んでね。」
「…そう。千冬さんね。ごきげんよう。で、妹さんは何て言うの?」
お姉ちゃんの高いコミュニケーション能力のおかげで、2人の間で淡々と自己紹介が進んでいく。お姉ちゃんの妹…あっ、僕か!
「えと!わ、わたしは冬狐です!よろしゅ…っ。」
“妹”とふられて焦った挙句、なんと緊張して噛んでしまった。
「ふふ。冬狐って名前の響きは格好いいのに、なんだか可愛らしい人ね。」
え…かわいいって言われた?今まで高貴で近寄りがたいイメージのあった賀茂宮さんは微かな笑みを浮かべている。どうやら気のせいではなかったようだ。僕、本当は男なのにね?なんだかくすぐったい感じがする。
「それでなんだけど、私たちと是非友達になってもらえませんか?どうぞ、冬ちゃん共々よろしくお願いしたくて。」
会釈をしたお姉ちゃんは、はっとしたように顔を上げると、
「あ、もちろん断ってもいいけど、そうしたら賀茂宮家のお嬢さんが実は意地悪だってテレビ局に…」
と、笑顔で付け足すように言っている。こう言う時のお姉ちゃん、相手が有名人でも容赦なく毒突くなぁ。
「な、なんて事言うのよ。そんなことしなくてもわたくし、あなたたちのことは嫌いじゃないわ。なんだか楽しくなりそうだもの。仲良くしましょう。」
握手を求める彼女はこちらに丁寧に右手を差し出す。賀茂宮さん、思っていたよりずっと優しそうな人で良かった。あまり表情を変えないから、てっきり迷惑だったかと…
「わ〜よかった、ありがとう!流石はご令嬢ね。賀茂宮さん、下の名前は?」
「わたくしは、福生ですわ。」
「じゃあ福ちゃん。」
「福ちゃん!?そのような呼び方は今までされたことないわね…。まぁいいわ。」
お姉ちゃんは友達を名前の上ふた文字で呼ぶのがお気に入りだ。僕も実際、『冬ちゃん』って呼ばれてるし。けれどまさか、賀茂宮さんのことも最初からそう呼ぶとは。
不意を突かれた彼女と一緒に僕も少し驚いた。
「あ、冬狐さんもこれからよろしくね。」
気を取り直して僕の方へ向き直った賀茂宮さんからは、かなり畏まった挨拶を貰ってしまった。
「よろしくお願い…あ、あの。わたしのこと、さんつけなくてもいいですよ!もちろんタメ口で…」
「わかったわ、冬狐ね。」
わっ…!女の子に、しかもあの賀茂宮さんに下の名前で呼ばれるのって、なんか恥ずかしいな。
「冬狐の方も、気を遣って敬語使わなくていいのよ。なんだかずっと緊張してるでしょう?もっと肩の力を抜くといいわ。」
えっ、と思わず短く声に出てしまうと、すぐ側でずっと様子を見ていたお姉ちゃんもくすりと笑っている。確かに新しい環境でガチガチになっていた僕は、言い当てられたことに照れくさくなって頭を掻いた。やっぱり、メディアに引っ張りだこのお嬢様は人の観察力が優れているのだろうか。というか、それだとこのままでは僕の性別もすぐにバレてしまうのでは?と不安になり、一瞬で全身の血が一気に引いていったのが分かる。
「そうそう、よければわたくしのことも福生って呼んでくれて構わないわ。」
「あーえっと…福生ちゃんでもいい?」
「ええもちろん。」
福生ちゃんが嬉しそうに笑ってくれた。友達になってすぐの人を呼び捨てすることが苦手な僕は、お姉ちゃんの時と同様、ちゃん付けで呼ぶことを約束する。
呼び捨ては付き合いの長い男の子の友達と…あとは彼女、とか?って、突然何を考えているんだ僕は!恥ずかしい!
「冬狐、顔が赤い。やっぱり可愛いのね。」
「っ!?」
頭の中で考えていたことが顔にまるっきり出てしまっていたらしい。福生ちゃんの指摘に、僕は慌てて手で顔を覆いそっぽを向いた。あまりジロジロ見られるのは慣れていないので恥ずかしいや。
「あははー、冬ちゃんさっきから表情が豊かだよ。かわいー。」
「ちょっ、千冬ちゃんまでからかわないでよ!」
あと、僕は男の子だからかわいいじゃなくて……流石にかっこいい要素は今の僕にはないか。
「そういえば冬狐は千冬のこともちゃん付けで呼んでるのね。仲の良い双子で、本当に可愛らしいわ。」
「福生ちゃんってばまた可愛いって言ったなー!」
福生ちゃんは、僕をマスコットキャラか何かだと思っているのだろうか。先ほどから何度も繰り返される『かわいい』という言葉に、とにかく照れ隠しで反応するしかない。当の本人は楽しそうに笑い、お姉ちゃんは終始笑顔のまま見守って、時々悪ノリして来るのだった。
そんなこんなで、無事に賀茂宮福生ちゃんと距離を縮めることができた僕と千冬お姉ちゃん。
しばらくは僕の性別もバレる心配がないくらい、福生ちゃんに日常的に可愛いを連呼されながら、僕たち3人は学校生活での毎日を一緒に過ごすくらいの特別仲良しになっていった。




