エピローグ ~ふたりの、これから~
それから季節が一つ変わる頃、魔の城では小さな騒ぎが起きていた。
「魔神王様の気配が……消えた!?」
灼熱王ヴァルカノスが叫んだ。
「落ち着きなさい」
時空王クロノスが静かに言った。
「消えたのではありません。……全ての翼が、砕かれたのです」
沈黙が満ちた。
「つまり……」
「魔神王様は、望み通りになられた。最弱に。ただの赤ちゃんに」
また、沈黙。
そしてヴァルカノスが、静かに言った。
「……よかった」
「……そうですね」
クロノスが頷いた。
「今頃、どこかで元気にしておられるでしょう。あの勇者のそばで」
「……サンダロス、泣くな」
「なっ、泣いてない!!目にゴミが!!」
「砂漠でもないのに」
「う、うるさい!!魔神王様が元気ならそれでいい!!それだけだ!!」
ファンタズマが静かに笑った。
「……ブータの代わりに、新しいぬいぐるみを作ろうかのう。今度はもっと丈夫なやつを」
「……いつか、届けられるといいですね」
「ああ。いつかな」
魔の城に、静かな夜が訪れた。
十二人の魔王たちは、それぞれの神殿で、それぞれの余生を過ごし始めた。
力を失い、普通の存在になりながら。
でも、誰一人、後悔していなかった。
一方、小さな街の小さな家で。
ルージュは机に向かって何かを書いていた。
日記だ。
「今日も平和だった。ベービィちゃんはミルクを飲んで、昼寝して、私のことを困らせた。でも、かわいかった。毎日かわいい。最高」
俺は布団の上で腹ばいになって、その様子を眺めていた。
(困らせた覚えはない。俺はただ、おむつが濡れたことを主張しただけだ)
「明日は街に買い物に行く予定。ベービィちゃんに新しい服を買ってあげたい。あと、ぬいぐるみも」
(ぬいぐるみ……)
俺はその言葉に、少しだけ胸が痛くなった。
ブータのことを思い出したからだ。
でも、その痛みは以前より小さかった。
(……ブータ。俺はちゃんとやっているぞ)
「ベービィちゃん、眠い?」
「ぅ……」
(眠い。非常に眠い。だが、お前の日記の続きが気になる)
「じゃあ一緒に寝よっか」
ルージュが日記を閉じて、俺の隣に横になった。
部屋に月の光が差し込んでいた。
「ねえ、ベービィちゃん」
「ぅ?」
「幸せ?」
俺は少し考えた。
幸せ。
その言葉の意味を、俺はずっと考えてきた気がする。
ブータを抱いた時のあの気持ち。
力を失うたびに感じた不思議な軽さ。
ルージュの腕の中の温かさ。
今この瞬間の、月の光と、隣に眠る友達の気配。
(……幸せだ)
「ぅあ」
「よかった。私も幸せだよ」
ルージュが目を閉じた。
俺も目を閉じた。
最強の魔神王は、もういない。
最弱の赤ちゃんが、ここにいる。
それで、十分だった。
本当に、十分だった。




