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第71話 政治の決着



 クラックが悠然と歩を進め、織田首相の頭に足を乗せる。


「さて――これで、諦めの悪い君も敗北を認められるかな? いや、僕としては生徒会を作った時点で勝敗は付いていたと思ったものだけど。それとも、君の車に同乗させてもらったあの時かな。敗者には敗者の勤めを果たしてほしかった」

「――がぐっ。見くびるなよ、いつでも殺せるなどと」


「そう、いつでも殺せる。訳がないと君は甘く見た。そりゃそうだ、人間など灰皿で殴れば死ぬさ。それが浮浪者でも同じだが、働いている者が浮浪者に負けたとか思うことはない。なぜなら、物理的なものと社会的なものは別だからね。僕も、マフィアでもなければ簡単に殺せないと……もちろん魔法ではなく倫理の話でね。殺せないのだと、そう見たのは間違ってない――事実として今も君は生きている」

「あぐっ。はぁ。……そうだ、お前に従う者など誰も居ない。あの恐ろしいティアマトを手中に収めたとて」


 苦し気に喉元を手で抑えながらも言葉を続ける織田首相に、クラックは魔法を解除したとはいえ喉が裂けているのによくやるとお手上げのポーズを取る。


「それは君の成果だろう? 魔法少女をどれだけ殺した? 誰々のせいだと声高に叫びながらやれば、その罪をそいつに被せることができる。人間と言う生き物はそういうもので、その本能を制限するのが法律なのだから。法律側がそうすれば、まあ地獄を生むのは難しくない。……そして、今の日本はもう生きていく気力がない。内戦はなく、静かに衰え行くのはさすがに日本人といったところかな」

「――そんなものは貴様らの」


「僕に責任はない。日本が駄目になった金持ちじゃなくて政治家のせいだろう。まあ、僕が持っているのは金ではなく力だが他人に頼るものでないのは同じ。それをするのは、君を置いて他になく――君は、何も、しなかった」

「ふざ――」


「ああ、悪かったね。確かにふざけたことを言った。君は魔法少女を殺し合わせ、生徒会への毒矢にすることに成功したんだもんね。……大した事業だよ、日本のためになってないことを除けば手放しで賞賛されるべき奇跡だ」

「奇跡ね。先んじて潰されたそれが――」


「いや、今僕はあの子たちを倒したけど、生徒会を無効化することには成功したじゃないか。君はインパクトを甘く見すぎだよ。いや、君は命令する人だから達成するということにあまり知見をもっていないんだね。無理だよ、できることとできないことがある。部下を怒鳴りつけるだだけの立場だと、分からないことかもしれないけど」

「……確かに、奴らの無能さを甘く見ていたことは認めよう。しょせんはガキ、それも女。任務の達成を求めることそのものが、奴らにとっては荷が重かったな。あれらと比べれば、まだお前は有能と言う訳だ」


「おや、調子が戻ってきた? 簡単に治る傷じゃないけど、やっぱり君は人を超えるほどのバイタリティを持っているんだね。普通はしゃべれないし、身体も起こせないよ」

「世辞のつもりか? それとも、奴らがそれを持っていればあるいは――」


「いや、僕は倒せない。インパクトの有無は埋められない。どこまでも君は夢を見るのだね。魔王を前にしても膝を屈しない勇者とでも?」

「痛みに屈して何が人間か……! 魔法少女、人でなしが愚弄するなよ」


 クラックの前で、立つことすらできない彼はしかし烈火の怒りを目に宿して睨み返す。誇りを胸に、諦めない――それは素晴らしい人としての資質だろう。生み出したのは誰も幸せにならない地獄だけど。


「ふむ。だが、母の前でそんな口を利けるかな。――事実、君の命は彼女の魔法に与えられたものだ。……奪ったのが、また別の魔法少女だとしてもね」

「――ッ! 貴様らは、いつまでそんなことで人類を縛る。貴様らは、命を人質に偉ぶっているだけだ。恥を知るがいい!」


「どっちが。まあ、いいさ。君がどういう人間かは見せてもらった。だから強行手段に出ることにしたんだよ」


 クラックがパチリと指を鳴らす。すると、ティアマトがそろりと姿を現した。


「――ティアマト」

「さて、ティーちゃん。話した通りだ。怒ってやれ」


「……クラックぅ!」


 あまりの怒りに拳で床を打ち付ける。


「あっは。ティアマトを収めて調子に乗ってると言ったのは君だろう? この子はいつでも僕の味方だよ」

「……チッ」


「んう?」


 なにやら怒っているらしい彼に、ティアマトは疑問符を浮かべる。とても悪いことをやっていた、と聞いている。詳しい説明はしたのだが、クラックが一生懸命説明しているのを眺めていただけで中身は分かっていない。

 悪いことをしたらしいのに、なんだろうとクラックの背中に隠れる。


「ぐ……うう――。聞け、ティアマト。魔法少女が、人を収めるなど間違っている。そんな支配は認めんのだ。だから」


 満身の力を振り絞って口を開く。死など恐れることはない。なにせ、今まで殺されてないのだからその実感がない。

 そして何より自分の正しさを信じている。我は正義だと信じずして、どうしてここまでできようか。


「めっ」


 だが、ティアマトはぺしりと頭をはたいた。


「………………………………………………は?」


 重苦しい沈黙の中、彼は信じられないと呆れた声を出した。


「いやいや、君さ。君の理想は君のためのもの。君の正義は君を幸せにするためだけのものだ。――それを、物語では私利私欲と呼ぶのだよ」

「――ッ!」


 知ったような口を利かれた。そして何より、通り一片の言葉で否定された屈辱。声にすらならない憤怒を吐き出し、立ち上がる。

 軽く痛めつけられたところに魔法少女の殺し合いに巻き込まれた、その傷は即座に入院しなければならないほどに深い。なにより精神が削られている。


「もう、黙れ……!」


 箸を持つことすら苦しい身体で、あろうことか銃を取り出す。対魔法少女の特性銀の弾丸を装填したそれをクラックに向ける。


「おや、僕か」


 クラックは馬鹿にした笑みで返す。今さらそんなものでと。


「だめっ!」


 ティアマトがかばい、銃火が閃く。


「な……っ! なんだと!?」

「もう! もうもうもう――!」


 まったくの無傷。銃弾など埃を払うように簡単に叩き落とされた。それも当然、それが効くのであれば魔法少女の殺し屋など作らない。


「ぐ。……ううう」


 この段に置いて、とうとう彼は理解するしかなくなった。誇りとか尊厳とか、正義とか。そんなものは関係なくて、今は暴力という絶対的な上下があるだけだった。


「本当にひどいよ。あなたがこんな悪い人だなんておもわなかった」

「……な。ああ――」


 ティアマトがまるでビームでも出そうとするように両手を向けていた。それは、そんなものよりもずっと悪い……


「おしおき、だよ。ちゃんと反省して、おしごともするの。そうじゃないと許してあげないんだから」

「あああ……」


 ガクリと膝が折れた。声も出ない、これはクラックがやった暴力とは訳が違う。体の芯から力が奪われていく。そして、熱いも冷たいも感じなくなっていく。


「ねえ、クーちゃん。これ、けっこう大変だよ。生命っていうのはね、生きてるためにあるの。少ないと眠っちゃうから、口を動かせるようにはならないんだよ」

「ごめんね。でも、こいつはそれくらいしないと働いてくれないから」


「な……ああ――」


「あっ。動いちゃダメだよ。倒れちゃうよ」

「その状態で腕でも折れたら死んでしまうよ。僕は別に、そっちでも構わない。間抜けが阿呆な死に方を晒すなら、さすがに次を使うだけ」


「……」


 そんなことを言われたら怒るはずだが、彼は虚ろな目を向けるだけ。ふらりと倒れて――


「彼にしてやられたという訳だよね。君も、僕も」


 髪の毛をがしりと掴んで止めた彼女は顔見知りだ。ずっと家に立ち寄らなかったイエローシグナル。


「まったく、情けない話よね――あなただって」



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