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第68話 人と魔法少女



 旅行は日帰りになってしまったところで、次の日。


「さて、君は連れて行ってもらえなかったけど、どんな気分だい? 残念だったかな、それでお姉ちゃんを盗られてしまった気分? 彼女は新しい妹に夢中のようだしね。その辺をどう考えているんだい、妹ちゃん」


 豪邸の一室を与えられ、しかし旅行には連れて行ってもらえなかった”人間”。ラミエルの妹、矢筈木之実は今……音遠に絡まれていた。


「……あの、なんなんですか。あなたはお姉ちゃんの、何ですか?」


 姉を探しに廃墟になった東京にまで足を踏み入れて、そこで野良の魔法少女に襲われたが姉に助けてもらった。経緯などそれだけで、何もわからないも同然だ。

 そのまま迎え入れられたのはいいものの、しかし凄まじい疎外感を感じていた。今音遠が語ったような事情があり、そして姉は遊び回る二人の世話に一杯一杯になっている状況。こんな魔法少女の巣窟の中で一人で居れば不安になっても仕方ない。まあ、一人で放置されても心休まるはずもないが。


「何か。……ふむ、それを聞かれると言葉に困るね。まあ、人間達にしてみれば僕はクラックの仲間で、ゆえに彼女の味方ともなるのだろうけどね――」

「……味方?」


 胡乱気な目で見返す。とてもではないが、音遠の瞳は味方などと信じられるような目ではない。まるで実験動物でも見るかのような目線だ。


「ああ、そうだね。そもそも生徒会はティアマトの味方ではないんだよ。イエローシグナルはあいつを利用するために場を作った。俺もまた彼女とは思惑を別にするが、利用するためなのは同じだな。使い捨てるのもためらいはない」

「――結局、敵ですか?」


 音遠は忍び笑いを漏らす。まるで出来の悪い生徒に言い聞かせるような態度だ。


「敵と味方の二元論とは、子供らしいね。大人になってもそれを掲げるのなら、それはサボっているとしか言えないのだけどね。あの織田信長は二元論に切り分けて、敵の排除などという遊びにしか目が向いていない。国のトップに遊んでいられると困るのだけど、誰もがそんな有様なのだから笑えない」

「……だから、何を」


 音遠はぐいと顔を近づける。木之実は思わずのけぞってしまったが、音遠は逃がさない。韜晦するように、揶揄するように――罪を突きつけるように鋭く切り込んだ。


「君は、現実に悪い奴が居て、そいつを倒せばハッピーエンドになると思っているかい?」

「――お、お姉ちゃん」


 ただの人間でしかない木之実は、姉に助けを求めるしかなかった。

 音遠の言っていることなど、まったくもって分からない。当然だ、彼女はまだまだ子供、最低でも政治への冷笑くらいはたしなみとして身に着けていないと理解することはできない。まず、理解のための知識が足りない。


「だが、君の思っていることは皆思っているんだ。あの織田信長でさえも。――そんなことは”その責任は私のものじゃない”とね。私なんてただ一人の人間なのだから、そんなことはみんなの方でなんとかしてくれとね」

「み、みんな……?」


「皆だよ。自分がやる気はないけど、誰かがやらなきゃいけないことさ。だから、誰も一人として未来について真剣に考えることはなかったんだ。そう、ちゃんとしてない誰かを見つけようとする努力は、ただの無駄だ」

「だ、だからと言って……」


 なにか理不尽に責め立てられているような気がしてきた。何も考えてないお前は駄目だな、と言われている気がして――いや、音遠は実際にお前を含めた全員が駄目だと言っているのだけど。

 しかし、それは責められる理由にはならないはずだ。だって、ここにいる木之実もまたみんなの一人でしかないのだから。


「いや、それが君だけなんだ。無論、理不尽だろう。他の奴らは皆遊んでいるのさ、自分の欲望を綺麗ごとで覆い隠すのに大忙しで暇なんてない。だから、できるとしたら君だけだ」

「私……って。そんなこと、できるわけない……! あなたがやればいいじゃないですか!」


「ああ、すまないね。それはもうやった。だが、俺にはどうにもできないようだ。あのイエローシグナルですら無理だったこと。いや、帰ってきてないということはあいつはまだ諦めてないのかな……」

「え……」


「とにかく、俺には期待しないでくれ。答えを見つけられるとしたら君だけだ。ただの人間でありながら東京に居る君だけが状況を変えられる」

「変える……って、私は何も知りません。テレビで、織田信長って人が王様になったのは知ってます。でも、それ以外のことなんて。歴史だって、学校で習ったけどそんなのはただの暗記で」


「だが、君が答えを出せなければラミエルがすべての責任を負わされる」

「……は?」


 木之実にとっては世界がひっくり返ったような気分にさせられる一言だった。

 今の状況は言うならば通り魔に、よく知らない人に言葉で殴られているだけの状況だった。他の人ができなかったことをお前がしろ、だなんて期待(押し付け)は知ったことではない。

 ただ亀のように丸まって相手が飽きるのを待つだけ。だったのに、姉を出されては無視できない。


「自明だろう? 僕もイエローシグナルも織田信長に期待をかけていたが駄目だった。彼はそんな敵は殺して捨てるだけ。ちょうどいい位置にいるのは、彼女だけなんだよ。ラミエルを生贄にして救世主の十字架に括りつければ、言い訳としては十分だからね」

「生贄!? あなたは、お姉ちゃんをどうするつもりなんですか!」


「俺じゃない。皆とやらがそうするという話だ。なぜなら、人は理由を必要とする生き物だから。彼らが捜すのは改善の手法ではなく、敵だろう。ティアマトに逆らえない以上、敵にできるのはラミエルくらいさ。魔王を倒す勇者の物語が好きだろう?」

「お姉ちゃんは、魔王なんかじゃない。優しくて、温かくて……!」


「それは関係ないんだ。人は魔王を殺したいだけなんだ。より良い明日ではなく、石を投げる相手を探すのが人間だぞ」

「……ッ! そんなこと、あるわけ。国がなんとかしてくれます。でないと、正義なんてどこにもないことになる!」


「正義は人を利用するお題目だよ? ちなみに織田首相は年端も行かない女の子に嫌らしい姿をさせて喜んでたそうだよ。まあ、彼のお気に入りの愛人は妙齢の女ばかりだから、どこぞの誰かの趣味に付き合っただけだろうがね」

「……え? あの、織田首相は日本のトップですよ。女遊びなんて、してるわけないじゃないですか」


「逆に、女遊びもできないのに日本のトップになる意味があるのかい? 操り人形であれば、そんな自由も許されないかもしれないけどね」

「――そんなはず、ない。遊びとか。だって、一番偉い人なのに」


「一番偉いんだから、一番勝手だろう? 偉いんだから尊敬できる人格で居てくれだなんて、偉くない奴だから言えることさ」

「……」


「「――」」


 沈黙が落りた。

 子供とはいえ、こんな言葉で納得するのかといえば――当然、そのバックボーンがある。言葉にできずとも胸中には政府への不信が渦巻いていた。だからこそ畳みかけられて、やはりとなった。

 そう、政府は魔法少女になった姉を奪っていった。誰か分からない相手に告げ口されて、唐突に犯罪者のように護送車の檻で運ばれていった。行方を聞いても、東京の学校で幸せに暮らしているなどと――本人すら信じていない嘘で誤魔化すばかり。

 そんな”悪いやつら”の一番偉い人が欲に塗れた生活を送っていると聞いても、反論する気にはなれない。


「さて、そんな悪いやつらにお姉ちゃんがいずれターゲットにされるのだと、理解できたかな?」

「あなたは、私に何をさせたいの?」


「だから、言っているじゃないか。答えを出してほしい」

「……なんの?」


「さて」

「ふざけないで! 適当なこと言ってるの!? そんな――無責任な」


「誰もが無責任で、無自覚だ。織田信長では駄目だった。君に期待する以外にない」

「そんな。そんなの……! そうだ、鷹海さんなら」


「た……? ああ、君とともに東京に侵入した人間か。あれでは駄目だ、答えなど出せまいよ。それに万が一答えを出そうとも、織田信長の系譜の言うことなど誰も聞かないさ」

「――ッ! でも、私なんかに……」


「皆、情けないことだね」

「そんな、簡単に言われても……!」


「さて。だが、君のお姉ちゃんはさっそく絡まれているようだけど」

「どういうことですか!」


「俺に強がられてもね。そこそこ強くなって勘違いした魔法少女じゃないかな。俺はその辺全然分からないしね」

「――ッ!」


 木之実は走り出す。子供二人が外に遊びに行って、姉はそれを追いかけて行った。家から出るなと言い残されていたのだが。

 見送りながら音遠が呟く。


「残念ながら、この先に待つのはティアマトに縋るだけの人間牧場。自らの力で生きることもできない人間は家畜に堕する。織田信長は、どうやら家畜の王になって牧場主と対等になることを目論んだようだが、愚かだね。あのクラックが家畜の言葉を聞くわけがないのに――」



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