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第69話 政府のやり方



「下がってなさい!」


 ラミエルはマルガレーテとヘカテーに向かって叫び、前に出て守ろうとする。マルガレーテは不機嫌そうに、ヘカテーはおどおどしながら背中に隠れる。


「……ふん。お前たちがクラックの新しい手駒? くだらないわね――ちょっと力をもらったくらいで強くなったつもり?」


 舞い降りる。神々しく光の羽が舞い、光点のビロードから姿を現す。

 それは6対の光の羽を生やした華美な恰好をした魔法少女。その姿を見れば、天使以外の形容はない。そして、すさまじい魔力を発している。

 対するラミエルは己の力を畏れている部分もある。この傲慢な魔法少女を、この程度で偉ぶっているの? などと疑問が浮かぶくらいなのだから。ますます魔力が外に漏れないように抑えてしまう。


「あなたは誰? 研究所でも会ったことはないはずだけど」

「当たり前ね。私はあなたとは違う――魔法としては似通ったところがあるけれど、理解度が違う。出力が違う。捨て駒と顔を会わせているはずなどない。魔女に下す鉄槌……『マレウス・マレフィカム』の一人。私は魔法少女『ミカエル』」


 以前にユグドラシルに送った魔法少女の一団など、しょせんは調べ終わった研究対象の中から捨てていいものを見繕っただけだった。

 ちゃんと、”育てた”魔法少女は別にいる。政府に忠誠を誓う、強力な魔法の力を持つ魔法少女が。狂気の領域に足を踏み外すことを強要された、哀れで頑なな魔法少女。

 ティアマトと同等の魔法少女など、その時点でコントロールできない。ゆえに、それより弱い中でも強いのを選んで人を殺させる。そもそも少女の忠誠を誓わせる手段など、それ以外にない。


「そう。じゃあ私のデータも見たことがあるのね。……まあ、戦わないならその方がいいのだけど。あなた、何の用でここまで来たの?」

「くふふ。ええ、戦いになっていたらあなたはすぐに八つ裂きになっていたもの。敵意が無くて安心でしょう。もっとも、そんな平和ボケ顔にまともな戦いができるとは思えないけど」


「……挑発のつもりかもしれないけど、私は別に反論しようとは思わないわ。それよりも、あなたこそ人を殺したことがあるって自慢しているように聞こえる」

「ごめんなさいね。魔法の理解も浅いあなたには、はっきり言ってあげないと分からないかしら。――アハ!」


 敵はケラケラと嗤う。どこかタガが外れているのは明白で、こんな魔法少女の前には1秒だって立っていたくないだろう。

 ラミエルが相手できているのは、単に自分の方が強いという理由だけだ。まあ、後ろに守るべき子が二人居ることもあるけど。


「そう。でもね、あなたが魔法少女を殺したことがあるかなんてどうでもいいのよ。クラックに用事? あいつはいつものごとく出かけてるわ。夜に出直しなさい。それとも、ティアマトに会うつもりでもあるのかしら」

「いいえ。直接会う必要はないわ。でも、どうしましょう……挨拶をするつもりだったのだけど、あなたたちなんかに伝言が務まるかしら。不安だわ、不安だわ――切り裂いて、その血でメッセージを書いた方がいいかも……なんて」


 殺気が膨れ上がる。ニヤニヤとした笑みは狂っている。そう、それが政府の”育て方”なのだから。

 殺したがりで、誰とも手を結べない狂人。でなければ、安心して”使う”ことなどできない。


「やめた方がいいわ。ティアマトを怒らせるわよ」


 しかし、ラミエルはそんな相手にも退かないし敵意で返すこともしない。戦いに価値など見出していない。ただの少女は、殴り合ってものごとを決めたりなどしない。

 それが、この敵には酷く不愉快で――いらだたしい。


「能天気な。――しょせんはクリック・クラックの玩具、戦う力もないのね。でも、そんなんで私の前に出てきたことを後悔するのね」

「やめておきなさい」


「――惰弱なっ! そんなことで守れるとでも?」


 ミカエルが光の玉を生み出して子供たちを狙う。それは凡百の魔法少女では対抗不可能、鉄すら噛み砕く鉄槌の光。


「それがどうしたの? 私はラミエルとは違う。弱虫じゃないもの、敵なら踏み潰してあげるわ」


 その光を、くまのぬいぐるみが踏み潰した。


「な……守られるだけのガキが。こんな、魔力を――ッ!」

「別に守られるだけじゃないわよ。というか、守ったら怒られるからね……謝るなら、今のうちよ」


 驚愕に顔をゆがめたミカエルを、動く素振りすらなかったラミエルが揶揄する。


「貴様、言うに事欠いて。あんな、ガキどもに私の魔法が……!」

「そんなに驚くこと? あなたは子供と侮り、マルガレーテの実力を見誤った。研究所の資料がミスリードを招いたのかもしれないけど、けれどあなたはクラックにもらった力をどうとか言ってたじゃない。資料とは違うと、なぜ考えなかったの」


「ぐぐぐ……!」


 ミカエルが歯噛みする。そんなものは認められない。狂いながらも同じ魔法少女を殺して来たのに……それが、こんな間抜け面にしてやられるなどと。

 ただの勝利ですら生温い。どれほど苦しみを乗り越えたかを考えれば、圧勝でなければ間違っている。血に汚れ、眠れもせずにそのまま夜を越した日々をなんだと思っているのだ。


「貴様達などに――ッ!」


 そして、見つけた。こちらに走ってくるもの……なぜか魔法少女ではないが知ったものか。やつらの味方ならなんでもいい。たやすく引き裂いて、嘲笑ってくれよう。


「クハッ!」

「木之実!? いけない、ここに来ては!」

「……えっ。お姉ちゃん!?」


「間に合うものかよ、貴様ごときの力で!」

「いいえ、間に合わせる。この子を危ない目に遭わせはしない」


 ラミエルが魔法を使う。名前が似ていて、魔法も似ている。ならば、魔法の造詣が深い方が――魔力が強い方が勝つ。

 そして、ラミエルはこの期に及んでも力を抑えていた。なぜなら、戦う意思などない。暴力など遠い世界のものだと自分だけは本気で信じている。ゆえに。


「が……! あぐっ」

「縫い留めます。あなたの光は、私の光を破れない」


 光の十字架がミカエルを貫いて動けなくしている。物質的なものではない、覚醒を得ていないミカエルでは臓腑を抉られれば死ぬしかないのだ。

 ただ、留められて動けない。この光を壊そうと自分も十字架を生み出して叩きつけようと――それは壊れない。


「ラミエル。そいつ、私が相手してたんだけど?」

「木之実に手を出そうとしたんだから、私の相手でしょう。マルガレーテ」


「……むぅ」

「あの、ラミエル。どうするの?」


 そっぽを向いてすねるマルガレーテと、そんなマルガレーテの後ろに隠れるヘカテー。


「ええ、どうする。どうすればいいんでしょうね?」

「お、お姉ちゃん……!」


 困って頭を抱えるラミエル。近づいてくる木之実を抱き上げて、頭を撫でる。


「無事? 大丈夫、あなたのことはお姉ちゃんが守るから家に。いえ、私の後ろの方が良いかしら……?」

「う、うん。……怖かった」

「潰しちゃう?」


「マルガレーテ、やめておきなさい。別に本気で言っている訳でもないのでしょうけど」


 ラミエルがため息を吐く。終わった雰囲気だった。


「――ふざけるな! 私はまだ生きている。お前達を殺すことなんて、簡単……!」

「あなたには何もできないでしょう。こうすれば、いくら光を生み出しても無駄」


 光をドーム状に覆ってしまう。声は通すが、魔法は通さない。政府が作った魔法少女狩りの魔法少女でさえもクラックの足元にも及ばず、ただ多少の知識を分け与えたに過ぎない被保護者にすら勝てなかった。

 それを作るためのリソースはミカエルのためのものだったとは言えないが――しかし、このミカエルを作るために使った金と時間、そして命の数は膨大だ。新しい事業の一つや二つを成功に導けるだけの人員が費やされた。


 もっとも、それだけの無駄は、彼女一人に費やされたわけではないが。それは魔法少女ティアマトの治世を、ひるがえってはクラックの暗躍を挫くため。

 人類の未来のためと称し、ただ己が上に行くための不合理を貫き続ける。


 世界のため、人間のため、人の誇りを貫くため――などと言いながら、悲劇ばかりを積み重ねるのが人間なのだろう。



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