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第57話 お引越し拒否



 そして、クラックは手に入れた屋敷を学園跡地に移送した。物理法則もへったくれもないが、これが魔法である。

 さっさと仕事を終えて帰ったのだが。


「ぷく~」

「……zzz。あっ」


 ソファでティアマトが頬を膨らませて、その隣でアリスが眠そうにしていた。真夜中にベッドから抜け出したクラックのことを怒っている。


「ええと……起きたの?」


 抜け出した時には眠っているのは確認したのだけど。

 とはいえ、ティアマトはクラックが居なくなるとすぐに起き出してしまう性質だが。それで無駄に部屋を探しているうちにアリスも起きるといういつもの流れだ。


「どこ行ってたの、クーちゃん。ティアとアーちゃんを放って」

「あはは。……ごめんね、ちょっと野暮用があってね。明日に見せるよ」


「――クティーラちゃん」


 じとりとした目で見つめながら、クラックの上に乗ったキツネに圧をかける。マフラーの振りをしていたクティーラは早々に白旗を振った。


「御母堂は怪しい店に入ったぞ」

「クティーラ!? いや、あれはあいつに会うためでやましいことはないよ。店は何も関係ないとも。……ね」


「クーちゃん」


 見つめる目が涙目になって、クラックの手を掴む。


「いや、違うの。ティーちゃん、信じて。僕は――」


「幼い女子が煽情的な衣装を着て踊る店である」

「せんじょー?」


「いやらしい服を着ていたな」

「クーちゃあん! なんで! なんでティアに言ってくれないの? クーちゃんのためならなんだって着てあげるのに。なんでもしてあげるのに!」


 ぽろぽろと頬を伝って涙がこぼれ、泣き始めた。クラックは罪悪感に顔を蒼くして言い訳する。


「ま、待って……ティーちゃん。誤解だよ、僕は別にそんなものを見に行った訳じゃ――」

(わらわ)がセーブした。汚らわしいものが御母堂の目に写らないようにがんばった」


「そうなの? クティーラちゃん」

「うむ。良い仕事をしたものじゃ」


 クティーラが、キツネの身で器用に腕を組んで胸を張った。


「えへへ、ありがとう。クーちゃんの浮気を見ていてくれて。クティーラちゃんは偉いね」

「当然である」


 腕を組んだままのクティーラを抱き上げて微笑んだ。クラックは人心地ついて安堵のため息を吐く。

 アリスが袖を掴んで首を振る。ティアマトを指差した。


「後でどんな恰好か教えてね。踊るのは苦手だけど、クーちゃんのために頑張るから」

「承知した」


「やめて! ティーちゃんはあんな変態みたいな服なんて着ないで!」

「え……? そう、どんなだったのクティーラちゃん」

「ふむ。あれは……」


「ヤだ! そんなのでティーちゃんを汚されたくない!」

「うーん。クーちゃんがそう言うなら……」


 クラックが幼女のいやらしい姿を見たのか見ていないので大騒ぎ。これが常なのだから、最強の力を持っていても舐められる理由がわかる。

 ティアマトは地球の半分が砕け散るよりもクラックが自分以外の女に夢中になったかどうかの方が大ごとで。

 当事者のクラックとしてもひどく焦る他なくて。クラックはクラックで、そんな恰好のティアマトを想像して涙目になっている。


 だが、そんなことをしていると。


「……ふわ」


 アリスが欠伸をした。ティアマトが安心したようで良かったと、話をほとんど理解していなかったからそんな感想しかもってない。痴話げんかならいい、それは喧嘩するほど仲が良いということだから。


「アリスも、起こしちゃってごめんね。皆で一緒に寝よう」


 三人と一匹でベッドに行き、そして寝息を立て始める。ティアマトは今度こそ離さないと、クラックの手をぎゅっと握りしめていた。




 そして、朝起きて――眠たげにやってきた魔法少女たちと朝食を取る。ちなみに昨夜の騒ぎは知っている。このボロアパートは壁が薄い。


「ああ……そうだ。今日は皆にお知らせがあるんだ」


 クラックがパンと手を合わせ、嬉しそうに言った。


「「お知らせ?」」


 ピクニックと称して酷い仕打ちを受けたヘカテーとマルガレーテが疑いの表情で見てくるけれど、クラックは平然としている。


「うん。これから人数も増えるかもしれないし。ここだと手狭かと思ってね」

「ああ、廃墟のどれかを使うということですか? お掃除……の前にあまり壊れてないのを――」


「チッチッチ。甘いねえ、ラミエル。その辺のものを使うなんて芸がない。せっかくなら、いいのを使いたいだろう」


 ラミエルはクラックの態度にイラっとしたが、それを堪えて優しく問いかける。


「では……どうすると?」

「僕がちょっとイイのをかっぱらって来た。もちろん厳正なる取引の結果でね」


「――は? かっぱらって……ええと」


 ラミエルは困ってティアマトを見る。するとふわりと微笑を返された。クラックがしゃべっているのを機嫌良く見ているだけで、内容は理解してないなコイツと今度は音遠の方を見る。


「まあ、いいんじゃないか」


 音遠は音遠で、ピクニック以降はどうにもやる気がないというか気迫に欠ける雰囲気がある。今も、腑抜けた顔だ。


「まあ、百聞は一見にしかずという言葉もある。皆で新しい家を見に行こうじゃないか」

「へ――ええ。まあ、分かりました」


 お手上げ、と付いて行ったが外に出た時点で驚愕した。むしろ、クラックの部屋に来るために一度外に出ていたのに、それに気付かなかった自分にびっくりした。


 豪邸が増えていた。


 そう、そこは研究所に関連した何かの施設があったはずの場所だ。それは白い……豆腐のような適当な造形だった。

 決して、こんなド派手で誰もが豪邸と聞いて想像するような家ではなかった。


「ク……クラック、これを――あなたが?」

「そうだよ。狩った獲物と交換したの」


「え――いえ。あんなのと?」


 魔法少女とはいえ、少し前までは現代社会に生きていた。幼いヘカテーとマルガレーテはその辺りの感覚を持っていないが、ラミエルだけは大事に持ち続けている。

 だから信じられない。トラック1台分程度の食料と豪邸では、つり合いが取れていないように思える。まあラミエルは土地代がどうのをすっかり忘れているけど。


「あはは。分かってないなあ、ラミエル。市場価値というのは常に変動するものさ。初競りと二匹目のマグロでは天と地の差があるけど、あれはその比じゃない。誰も足を踏み入れたことのないユグドラシルの獲物……むしろ豪邸ごときではつり合いが取れないってものさ。もちろん、”2回目”の価値は地ほど落ちるけどね」


 もちろんそこは世界崩壊のあおりを受けたわけでも、織田首相の失敗でもない。高くなる理由がある――庶民とは縁遠い、その理由が。情報に価値を付ける、などというのを理解できるのは音遠しかいない。


「ええ……そういうものですか。まあ、そうなんでしょうね。あなたが事情通という顔をできるくらいには私たちには知識がありませんし。反論できそうな音遠はあの調子ですし」

「まあ、魔法少女の誰もが人間社会に詳しくないといけない訳でもないし。君たちは僕が世話するからいいんじゃない」


「……」


 ラミエルが複雑な顔をする。いや、実際問題そうなっている。なし崩しにではあるが、クラックに強引に引き込まれたようなものだから責任は取ってもらわないとならない。

 けれど、こんな小さくて悪い顔をした女の子に養ってもらうのはなけなしのプライドが疼いてしまう。まあ、幼女二人を抱える身では恨みがましくジト目を向けるくらいしかできないのだけど。

 そして、その幼女二人は。


「すっごーい」

「わああ、すごいねえ。新しいお部屋、もらえる……」


 普通に感動していた。まあ、今立っているボロアパートの部屋より豪邸の方が百倍いいのは誰でも同じだろう。


「うん。良かったねえ。選んでくるといいよ」


 そして、ティアマトは自分の成果のように胸を張っている。まあクラックもそのことに関して何か言うつもりはないけれど。


「……あれ? ティーちゃんは行かないの?」

「え? ヘカテーちゃんとマルガレーテちゃんはティアがついて行った方がいい?」


 こくりと首をかしげた。そして、クラックは嫌な予感に冷や汗を流す。実はひそかな憧れがあって、こっそり写真集を見てたりなどしていたのだ。


「あの……ティーちゃん。僕たちは?」

「何を言ってるの? クーちゃんのおうちはここだよ?」


 また、行き違いに首をかしげて。ティアマトが気付いて怒りだす。


「まさか――クーちゃんあっちのおうちに行きたいの? だめ! ぜったい、だめ! クーちゃんのおうちはここなの!」


 涙を一杯にためて、だだをこねだした。


「でも……その。あっちの家の方が綺麗だよ? 大きいよ?」

「クーちゃんはティアと一緒に住むのぉぉ!」


 クラックの袖を握りしめて、ぺたんと地べたに座り込んでしまった。意地でも動かないつもりである。

 無理やり引っ張っていくわけにも行かず、クラックは困ってしまった。


「……ラミエル」

「いや、私に何を言えと? ご愁傷さまですね、せっかくいい家を持ってきたのに」


 ふふん、と得意げに返された。たくさん困ればいいのだ、と思う。そもそもこれだってティアマトといちゃついてるだけだし。だいたいこの三人で住めば異界化するのだから、どこでも変わらないだろうとも思う。


「ねえ、アリス。綺麗なお部屋に住みたくない?」

「アリスは、クーママとティーママと、クティーラちゃんと一緒に住めればどこでもいいよ?」


 まったく味方になってくれない。アリスの興味の対象の範囲は狭い、小物だって自分からねだったこともないほどに。


「じゃあ、クティーラは?」

「悪いな、御母堂。母上殿には逆らえん」


「あうう……」


 涙目になって、いじけて座り込んでしまった。そんなクラックをティアマトがよしよしと慰め始めた。

 甘やかすのはティアマトの趣味だが、自分がこうさせたことは分かっていない。


「ええと、じゃあ私たちはお部屋を選びに――って。二人とももう居ない! 待って!」


 ラミエルは姿を消した幼女二人を探して豪邸に飛び込んでいった。


「まあ、俺もあっちの方がいいし……せっかくだから選ばせてもらうとしようか」


 音遠は迷うことなく最上階に足を運ぶ。するとクラック、ティアマト、アリス、クティーラの名が記されたネームプレートがあって、そこに大きく予約と書かれているのを見つけるのだった。


「あれでクラックの奴も未練がましいな」


 そこから最も離れた部屋を陣取るのだった。



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