第56話 政治家のお仕事
東京はフォース・インパクト、そしてフィフスの爆心地となり廃墟と化した。起爆せずに終息したものの、発動地点には盛大な花火が上げられた。そしてティアマトのお膝元となればもう駄目だった。
ユグドラシルなどが生える前からそこは廃墟になっていた。人間たちはすでに方々の体で東京から逃げ出していた。
だが、逃げ出したからと言って卑屈になる織田信長ではない。避難先の鎌倉で強権を発動し、魔法少女の力さえ利用して自らの城まで築いて見せた。
もっともそれも逃亡した魔法少女の中でも過激な一派による襲撃により崩れ去った。のだが、3日後にはまた新しく建てている。そして、彼についてくる者達もまた好き勝手に建てるものだから、鎌倉の様相は二目とみられないほどに一変し不夜城と成り果てていた。
鎌倉にはすでにあらゆる娯楽が集っていた。ゴーストタウンとなった東京から、イナゴのように移動してきた。
中でも”表沙汰にできない”娯楽の方が手が早いものだ。なにせ、下々の者が手出しできない娯楽と言うのは、すべからく金になるのだから。
「――で、午前2時にこんなところでお遊びかい? 中々にいいご身分じゃないか……織田信長首相サマよ」
”楽しんでいた”織田首相に、嫌味たらしく声をかけたのはクラックだ。酌をしているのは妙齢の女性、息を呑むほど巨乳な美女だけど。しかし、ステージ上ではティアマトに近い幼女が踊っていた。
それも、胸や股の大切な部分の布地だけが切り取られた恥ずかしい姿で。ここは違法操業のバー、監視の目を逃れて、いや公権力からの特権による〈裏〉の会員制バーだった。法も恐れぬ所業だが、しかし法を作る側が好き勝手やっているのだから。
まあ、その頂点の織田首相は苦虫を噛みつぶしたような顔をしてステージを眺めていたが。
「貴様……クラック!」
柔らかなソファから飛び退き、懐に手を入れる。酒にも、この異様な雰囲気にも飲まれていない。
赤ら顔だと言うのに、素面のような行動力。それを強さというのならそうなのだろう。ビールを何杯飲めるかが偉さの基準なら、彼こそトップに相応しい。
「やめておいた方がいいよ。銃声なんて響かせたら営業妨害じゃないか」
「――」
彼は懐に忍ばせた銃を握ったままクラックを睨む。クラックを撃っても仕方ない。スナイパーライフルで頭をぶちまけても意味がなかったのだ、こんな豆鉄砲では自殺用にしかならない。
「いや、まあ。こんなところでお楽しみの奴も、経営する奴も皆殺しにした方が世界は良くなるかもしれないけど」
「正気か、貴様。こんなところに姿を現して。――おい、何をしている?」
クラックの横にいる女性に声をかける。だが、彼女はあわあわと慌てるばかり。酌をしていた女性も、睨む先を見ては疑問符を浮かべてまあまあと落ち着けようとしている。
まるで織田首相が狂ってしまったかのような反応だけれど。
「うん。僕は姿を現してはいないね。ほら、こんな小さな子の姿は目に毒だろうからね。いや、正気とは皆殺しについての質問かな? おいおい、こんなのは嫌味だろ。本当にそう思ってるならもうやってる。こんなのを潰したところで、もっとエグいのが雨後のタケノコのように生えるだけさ」
「……」
もう一度じろりと睨みつけると、ソファに座りなおして一気に酒を煽った。それを見ていたクラックは馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
もっとも、そのクラックもなぜか肩に乗っているキツネに頬をぐいぐいと押されてステージの方を見ないようにされているという妙な状況なのだけど。織田首相はそんなことにツッコミを入れない。
「ははは。強いねえ、さすがは政治家様だ。ユグドラシルの件では逃げたとはいえ、膝を突き合わせればこうして睨みつけてくるものだから豪胆だ」
「クラックよ。貴様は何をやっている?」
「うん? 何を……ねえ。これのこと? 単に姿と存在感を消してるだけだけど。あの幼女たちに自分の姿を再確認させるような真似はかわいそうというものだ。ああ、その女達はいつまでも戸惑っているようだけど」
「ふん。女どもなどどうでもいい。……そのまま座っていろ。貴様たちに話しかけている訳ではない」
この席の女にとってはホラー案件か、この男が狂ったかのどちらかだ。だが、こんなところに居る女など、事情がある者ばかり。ただ黙して嵐が過ぎ去るのを待つ以外、できるはずもない。
二人は静かに会話を続ける。
「まあ、何をやってるってそれは僕のセリフだよね。僕はティーちゃんから世界を守るっていう使命があるから、こうして君が平穏無事に過ごしている時点でお仕事をやっているんだね。でも、君はこんなところで遊ぶばかりかい? 少しは日本のためにでも働いてくれないかな」
「遊んでいる訳ではない。政界というのは、議論だけで決まるものではないのだからな。人と人の間には繋がりがある――遊びなどと言われる筋合いはない。貴様にはわからぬ、論理の外の世界というものがあるのだ。頭でっかちには分からぬことだろうがな」
「壮大にしたところで、遊ぶ言い訳ではねえ。君たちが結託して御大層に見せかけてるだけだろう? 皆で遊んでいるから仕方ない……だなんて、そんなことをされると”総取り換え”せざるをえなくなる」
「ふん、殺すか? だが、殺すなどと言っても口ばかり。脅しで人を従わせるなど、呆れ果てた傲慢よ。馬鹿な貴様でも、殺すだけではどうしようもないとは理解しているだろうに。ああ、本当に子供たちを救いたいのなら良い方法があるぞ」
「ああ、君に従えばとかそう言う? その取引は、一か月後にまだここが建っていたら君の一族郎党を殺さなきゃならなくなるからやめておいた方がいい。別の場所に似たようなものがあっても皆殺ししなきゃね」
「だから、皆殺しをやめろと言っている! 貴様はどれだけ殺しが好きなのだ!? このような店が存在するのは世間の不安の顕在化だ。魔法少女への不安が高まり、決壊した結果の一つがこれなのだぞ。貴様に責任が無いとは言わせん」
「民の不安は政府の責任だろ? 君の”偉さ”が通じない相手もいると、いい加減に学びたまえ。政府は正しいと、いつまで江戸時代だかの流儀を振りかざすつもりだい?」
「私のことを言っているのではない。お前達の振舞いが――ティアマトの考えの足りなさ。貴様の傲慢な振舞い、ナイトメアの軽率な行動が不安を呼び起こすのだ!」
「君の、だろ? お家芸の隠蔽どころか噂の流布を助長してる。実は君、仕事をする気がないんだ。政治家のやり方がそういうものだと知っている人間に、取引を取りかけても無駄だぞ。口から出るのはでまかせだけと知っているからね」
「……何だと。貴様に言われたくはないな。人々に恐怖を与え、押さえつけることしか知らぬ貴様が――」
「だって、君はやらなかったじゃないか。完全な栄養素を持つ『ハイパーオーツ』の領域をどこかに作っていれば、食料問題なんて解決してたっていうのにさ」
「オーツ。……麦っ! 貴様、そんな……そんなことができるならさっさとやらんかあ!」
織田首相は机に拳を打ち付けて激怒した。
ユグドラシル? 最新技術を用いても中を見通せない、空間が狂ったそんな場所。そこに存在する生態系をハントすればこれから不足する食料を補える……などという世迷い事。
それだけで栄養を満たせるものがあれば、そんな馬鹿げた危険物など必要なかった。
「いや、アニメの話を本気にしないでよ」
「ああ……アニメぇ?」
「だから、こういう話だよ。知らないけど、多分麦なら何かと都合が良いんじゃないかな。アニメでこれなのだから、きちんと考えればいくらでも検討できた。――君は、何も、考えてなかった」
「――ッ!」
ギリ、と織田首相は歯ぎしりする。
屈辱だった。見たくもないものを見て、健康を犠牲にして……弱い人間では一日も持たない激務をやっているのにこの言葉を浴びせられたのでは。
「この遊びが何になるのか知らないけどさ、もっと頭を使って欲しいんだ。いや、この遊女たちとキスしろとかおっぱいで挟んでもらえって話じゃないよ。君らが毛嫌いする論理で、せめて不安を煽る馬鹿の対処くらいはしてくれないかな」
「貴様……!」
銃を抜き、撃った。
「はあ。言葉で返せなくなったら暴力か。別に僕を撃つくらいはいいけれど、魔法少女達への非道な実験を繰り返すようなら本当に関係者を根絶やしにするからね」
「――私には何も関係がないことだな。それこそ、真実を見抜く魔法を持ってきても変わらん」
「そういうやり方を使ってるだけだろう? 考えないだけで頭が悪いわけじゃないからな」
「チ。なんだ――今日はわざわざ嫌味を言いに来たのか?」
言葉は平行線。そもそも互いにどうにかしろと言い合っているだけで、妥協点を探ろうとすらしていないのだから。
互いのことを理解していても、立場が違えば協力など出来ない。自らの勢力のために他者を犠牲にするか、犠牲になるのを容認するかしかないのだから。目の前の敵に貧乏くじを引かせること――それだけが”やるべきこと”である。
「あれ? 別にいつでも殺せるぞって脅しに来た訳じゃなかったはずなんだけどな。やはり僕とお前では相性が悪い。本当は、商談に来たんだ」
クラックはぽん、と手のひらを打ち合わせる。コミカルな動作だが織田首相はビクリとのけぞった。
この店の人間全員をそれで始末できることは知っている。とはいえ、今さらの話だが。
「商談……だと。何のことだ」
「君が北海道に作った豪邸、あれ要らないでしょ? ちょうだい」
疲れたのか、飽きたのかクラックはもう無表情になってしまった。無邪気な振舞を好むクラックであるが、それは演じているだけ。本心の振る舞いではない。
「……対価は?」
「ユグドラシルで色々狩ってきたからあげるよ。第3層に置いてあるから凍ってるよ」
「第3層? 氷?」
「買ってくれない人には教えてあげない。まあ、駄目ならアメリカの大統領にでも買ってもらおう」
ひょい、と手を振った。
彼は頭を抱えた。ユグドラシル産の食料など、喉から手が出るほど欲しいに決まっている。情報は黄金よりも貴重――それがアメリカに渡ると考えたら怖気が走る。やはりコイツは日本の敵なのだと思い知った。
「貴様は、脅ししか交渉ができんのか! いいだろう、好きにしろ!」
「……あは。¥、じゃあもらっていくね。それで第1層と呼んだのは君たちにも見えている草原のことだ。そして第2層は樹海さ。1層にはウサギ、2層にはサル、そして氷に閉ざされた第3層にはマンモスが住んでいる」
「頭が痛くなるな。貴様ら、何を作ったのだという……」
「ああ、それと配送サービスも承るよ。自宅にしとくかい?」
「コンビニで受け取る」
「……いや、入りきらない。まあ駐車場に置いておけばいいか」
交渉を初めて、始めてクラックは呆れの表情を作った。はあ、とため息を吐くと指を鳴らす。
そして、悠然と膝を組んだ。
「それで、なんのつもりであんなものを作ったのかを――」
呑気にあごに手を当てるクラックを見て、こいつはと頭痛を感じて目を閉じると……目を開けた時にはクラックは居なくなっていた。




